第36話 第二部 第二章 1 作戦会議 






 わたしとルティシアはドキドキしながらクレアが戻ってくるのを待った。


 だが、クレアはなかなか帰ってこない。


 川ははそれほど遠くはなかった。


 話をしているとはいえ、遅すぎる。


 何かあったのではないかと思った。




(まさか、盛り上がって若さが暴走しちゃったとか?)




 わたしは邪な方向に想像力を膨らませる。


 近衛たちが近くにいるのを忘れて、若い二人が盛り上がっているのではないかと心配した。


 さすがにお妃様レース中に他の男といちゃつくのは不味い。




「大丈夫かしら?」




 思わず、呟いた。




「大丈夫ですわ。いざとなれば、近衛の方がついているはずですもの」




 ルティシアが心配しているわたしを励ましてくれる。




(ん?)




 話が噛み合わなくて、私は首を傾げた。


 ルティシアの心配は獣に襲われることだと気づく。




(爛れた大人でごめんなさい)




 わたしは心の中で謝った。


 邪な想像をした自分が恥ずかしくなる。


 反省していると、クレアが戻ってきた。


 わかりやすくニコニコしている。


 上手くいったようだと、わたしとルティシアは胸を撫で下ろした。


 ギルバートは方の従者たちのところに戻り、クレアはわたしたちのところに来る。




「遅くなりました」




 戻るまで時間がかかったことを謝った。


 何をしていたのか問いたかったが、わたしはぐっと我慢する。


 さすがに出歯亀が過ぎると思った。




「いいえ。話し合いは上手くいきましたか?」




 ルティシアが問う。


 クレアは照れた顔をした。


 こくりと小さく頷く。


 恥ずかしそうな顔をした。


 そんな姿がとても微笑ましい。


 可愛らしさに胸がきゅ~っとなった。




「良かったですね」




 わたしは微笑む。




「ありがとうございます。お二人のおかげです」




 クレアは礼を言った。




「わたしたちは何もしていませんわ」




 ルティシアは首を横に振る。


 わたしもルティシアに同意した。




「クレア様が勇気を出したからですよ」




 クレアを讃える。


 クレアはにこっと笑った。


「次は、お二人の番ですね」




 さらりとそう言う。


 恋を勝ち取った女の子は無敵のようだ。


 やる気に満ちている。


 それがすこしわたしには眩しかった。




「そ、そうですね」




 ちょっと言葉を濁す。


 自分の番だと言われて、困惑した。




「そうですよ。マリアンヌ様は優勝しなきゃいけないのですから、頑張らないと」




 ルティシアにも煽られる。


 急に矛先が自分に向けられ、わたしはどぎまぎした。




「頑張って言われても、何を頑張ればいいのか……」




 苦く笑う。


 ゴールに向かう条件さえ、まだ提示されていない。


 ルイスならもう一捻りくらいしてきそうだ。




「せっかくですから、作戦を立てましょう」




 クレアが切り出す。




「作戦?」




 わたしは聞き返した。




「ええ。わたしもルティシア様も王子と結婚するつもりはありませんから、優勝するわけにはいきません。ぜひ、マリアンヌ様に優勝していただきたいのです」




 クレアの言葉にルティシアも頷く。


 結婚するつもりはないときっぱり言われる王子が可哀想に思えてきた。




(ラインハルト、王子様なのにモテていない)




 わたしはちょっと同情する。


 女の子は案外、リアリストだ。


 王子様との結婚を夢見ることはあっても、現実では望まない。


 物語のようにめでたしめでたしでは終わらないことを本能的に知っていた。




(王子様と結婚したシンデレラが幸せになれるとは限らないものね)




 わたしも心の中で同意する。




「ぜひ、協力させてください」




 ルティシアもわたしに力を貸してくれると言った。


 二人の気持ちはとても嬉しい。


 ありがたいとも思った。


 でも凄く後ろめたい。




「それはずるじゃない?」




 わたしは躊躇った。


 正しいことは正しい方法で正しい手順を踏まないと正しくなくなる。


 後でとんでもないしっぺ返しがきそうで怖かった。




「ずるではありません、密約です。策略や密約なんて、これからマリアンヌ様が嫁ぐ王宮にはごろごろ転がっていますよ。このくらいのことで怯んでいては、これから暮らしていけません」




 クレアに諭される。


 わたしよりよほどしっかりしていた。




(というか、そんな策略だらけの王宮で暮らす自信なんてありません)




 わたしは泣き言を言いたくなる。


 だがぐっと堪えた。


 いい年をした大人が、さすがに恥ずかしい。




「それに、これはわたしやルティシア様のためでもあります。わたしたちのためにも、マリアンヌ様には優勝していただきたいのです」




 クレアは言い方を変えてきた。


 わたしの弱いところを突く。


 人の為と言われると、やらなきゃという使命感が芽生えてきた。




「わたしが優勝することがお二人のためにもなるのなら」




 わたしは頷く。




「でも、こんな何もわからない状態で立てられる作戦なんてあるかしら?」




 首を傾げた。




「何もわからないから、順位だけ決めませんか?」




 クレアは提案する。


 後は状況を見て臨機応変にということのようだ。


 確かに順位だけなら、今でも相談できる。




「自分から言い出したことなので、わたしは三番目でいいです。ルティシアさまは二番目にどうぞ」




 わたしが一番であることを前提として、クレアが言った。




「でも、商売のためには少しでも賞金が必要なのではなくて?」




 ルティシアは心配する。


 わたしもそれは気になった。




「それはなんとかなります。むしろ、わたしが商売を始めたらお二人とも贔屓にしてやってください」




 クレアはちゃっかり頼む。


 そういうところは商人らしかった。




「では、その時には必ず贔屓にさせていただきます」




 ルティシアは約束する。




「ええ。わたしも」




 わたしも微笑んだ。




「お二人と出会えて良かった。もし良かったら、これからもお友達でいてください」




 思い切って、頼む。


 お友達になりたかった。




「それはこちらのセリフです。今日、お話できて本当に良かった」




 ルティシアはそう言ってくれる。


 クレアも頷いてくれた。


 二人も友達が出来て、わたしは嬉しくなる。


 安心したら、眠くなった。


 瞼がとても重い。


 昨日、ほとんど寝ていないことを思い出した。


 さすがにニ徹は辛い。




「安心したら、眠くなってきました」




 わたしは正直に言った。




「寝てください。火の番はわたしがしますから」




 ルティシアがそう言ってくれる。




「お言葉に甘えて、いいですか?」




 わたしは素直に好意を受け入れた。




(もう、無理。眠い)




 体育座りした膝の上に顔を伏せる。


 そのまま、眠ってしまった。


 途中で火の番を交代しようと思ったのに、朝まで全く目が覚めなかったらしい。


 そのことに起きてから気づいた。


 日は昇り、完全に夜が明けている。


 慌てて謝ると、二人は笑って許してくれた。








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