第35話 第二部 第一章 6 恋の話をしよう 2




 ルティシアは侯爵家の令嬢だそうだ。


 幼馴染の男の子がいて、いい感じらしい。


 だが彼の家の爵位は子爵だ。


 二つも格上の家から嫁を貰うのは難しい。


 だがそれでも彼は頑張った。


 ルティシアの父親に結婚を申し込む。


 しかしその話はルティシアのところに届くこともなかった。


 子爵家に嫁にやるつもりはないと父親が断る。


 貴族の結婚は親が決めるのがほとんどだ。


 本人の意思を確認されることはまずない。




「他にいい縁談があったの?」




 わたしの質問にルティシアは首を横に振る。




「あったかも知れませんが、父はわたしを王子に嫁がせたいんです」




 ルティシアは19歳で、王子と同い年だそうだ。


 チャンスはあると侯爵は考えたのだろう。


 その気持ちはわからないでもなかった。


 ルティシアはどこに嫁に出しても恥ずかしくない淑女だ。


 どうせなら王子の嫁にと親ならば考えるかもしれない。




「王子様が結婚されるまで、父は諦められないようです。他の方に嫁がずにすんだのは幸いですけど、未だに彼の申し出は受けてもらえません」




 クレアは悲しげな顔をした。


 幼馴染の彼は断られても諦めずにプロポーズを繰り返しているらしい。




(気骨のある素敵な彼じゃない?)




 わたしはちょっときゅんとした。




「その彼はどんな人なの?」




 野次馬根性丸出しで、尋ねる。


 ぜひ一度、会ってみたいと思った。




「それが……。お二人とも、お会いしています」




 ルティシアはなんとも言い難そうに囁く。


 わたしとクレアは互いの顔を見た。




「いつかしら?」




 ルティシアに尋ねる。




「その……。理由はよくわからないのですが、何故か彼は第三王子様のふりをして、お妃様レースで挨拶をしたり、宝箱の鍵を開けたりしているのです」




 ルティシアは困惑した顔をわたしたちに向けた。




「え?」




 クレアは目を丸くする。


 わたしも別の意味で驚いた。




(駄目じゃん、ルイス。ばれているじゃん)




 わたしは心の中でルイスに突っ込む。


 王子が偽者であることに気づいている人がやはりいた。




「あの王子様、偽者なんですか?」




 クレアは声を潜めて聞いた。


 こくりとルティシアは頷く。




「カツラを被っていて、確かに王子様に似ています。でもあれは彼です。私にはわかります」




 恋する乙女は断言した。


 わたしは二人に本当のことを話すべきかどうか迷う。


 勝手に暴露するのは躊躇われたが、二人が正直に話してくれたのに嘘をつくのは忍びなかった。


 何より、王子が偽者であることはすでにばれている。




「実はわたしもあそこにいた第三王子が偽者なのは知っていました。もっと言えば、本物の王子がどこにいたのかも知っています」




 小声で打ち明けた。


 クレアとルティシアは驚く。


 王子が参加者の一人としてレースに参加していたことを話した。




「……」


「……」




 二人は黙り込む。


 さすがに予想外だったようだ。




「間近で参加者を見てみたかったらしいので、悪気はないと思います」




 わたしは思わずフォローする。


 王子を悪く思わないで欲しかった。


 しかし、二人が黙り込んだ理由は違ったらしい。




「マリアンヌ様は何故、それを知っているんですか?」




 クレアに突っ込まれた。


 わたしが知っていることの方に違和感を覚えるらしい。




(それはそうか)




 参加者であるわたしが知っているのは確かに不自然だ。


 疑問は尤もだと思う。


 わたしは少し躊躇いながら、昨日、正体を明かされたことを話した。


 流れで、プロポーズされたことまで打ち明ける。


 それは二人が王子との結婚を望んでいないことがわかっているから、話した。


 もし、二人が王子との結婚を望んでいたら絶対に言えなかっただろう。


 二人に嘘をつかずにすんでほっとした。




「あら」




 ルティシアはにこっと笑う。


 楽しげな顔をした。




「まあ」




 クレアも目をきらきらさせる。


 いつの世も女の子は恋バナが好きなようだ。




「おめでとうございます」




 ルティシアは小声で祝福してくれる。


 従者たちには聞こえないよう、気を遣ったようだ。




「めでたい……かしら?」




 わたしは首を傾げる。


 二人の顔を見た。




「わたしね、実はよくわからないの」




 ため息を一つつく。




「何をですか?」




 ルティシアは身を乗り出して聞いてきた。


 クレアも興味津々な顔をする。




「弟はわたしが女装した王子に一目惚れをしたというけれど、わたしには好きの違いがよくわからないの。自分の感情が友情なのか、家族への情愛なのか、愛なのか。どうやって違いを見つけるの? そもそも、何が違うの?」




 誰かに聞いてみたいと思っていた質問を二人にぶつけた。


 こんなことが聞けるのは女友達しかいない。




「違い……ですか?」




 ルティシアは困った顔をした。


 少し考え込む。




「人それぞれじゃないでしょうか。たぶん、正解なんてどこにもないんです。わたしはランスといると楽しいし、安心できるし、ずっと側にいて欲しいなと思います。でも、みんながみんなそういう恋をするわけではないと思うんです。恋の形なんて一人一人がみんな違うのかもしれません」




 ルティシアの言葉は正論だが、彼の名前がランスということしかわたしにはわからなかった。




「クレア様は? ギルバートはクレア様にとってどんな存在なんですか?」




 クレアにも聞く。




「わたしとギルバートはそんな……」




 クレアは慌てた。


 付き合っているわけではないらしい。


 だがわたしとルティシアにじっと見つめられると、クレアは何かを諦めた顔をした。


 好きなことを認める。


 だがギルバートは告白もしてくれないそうだ。


 ギルバートは本人も両親も兄弟も、みんなクレアの父親のところで働いているらしい。




(それは言えないかも)




 わたしはちょっとギルバートに同情した。


 自分のせいで家族みんなが路頭に迷うかもしれないのだ。


 気を遣うのは当たり前かもしれない。


 クレアが自分の店を持とうと思っているのは、もしかしたらギルバートの家族のためでもあるのかもしれないと思った。


 自分の店で、彼らを雇えるように。




「好かれていると思っていたんです。小さい頃は嫁にもらってやるとか言っていたのに、いざそういう年になったら急に距離を取られるようになって。正直、ギルバートの気持ちがわからなくなりました」




 クレアはため息をつく。


 悲しげな顔をした。




(ギルバート~!!)




 わたしは心の中で叫ぶ。


 好きな女の子に悲しい顔をさせるなんて、どんな理由があったって男としては駄目だろう。


 直ぐそこにいるギルバートを殴りそうになった。


 だがそれが余計なお世話であることは自分でもわかっている。




「そういう話、するなら今じゃないですか?」




 怒りで熱くなっているわたしと違って、ルティシアは冷静だ。


 建設的な意見を出す。




「え?」




 クレアは戸惑った。




「今、ここにはわたしたち6人しかいません。二人きりで話をするチャンスです。自分が思っていることを相手に伝え、相手の思いを聞けるのは今日しかないかもしれませんよ」




 ルティシアの言葉にうんうんとわたしも頷く。


 さすが恋する乙女は違うと思った。


 先走ってギルバートを殴りそうになっていた自分をわたしは反省する。




(なんかもう、主役って感じ)




 ルティシアから後光が見えた。


 自分がその他大勢のガヤだと感じる。




「コップを持って、二人で川まで水を汲みに行ったら? 喉が渇いたといえばついて来てくれるわよ」




 わたしはクレアに勧めた。


 迷うクレアを追い立てる。




「わかりました。行って来ます。はっきりさせてきます」




 クレアは覚悟を決めた。


 ギルバートを連れて、川に向かう。


 ギルバートは獣避けに火がついた薪を一本、松明のように手に持った。




「上手くいくといいわね」




 二人の後姿を見送りながら、わたしは呟く。




「きっと大丈夫」




 そう言うルティシアの手は祈るように握られていた。





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