第5話 第一章 3 招待状 


 お妃様レースへの招待状が届いたのは、それから三日後のことだった。


 その後も毎日のように、アークとは顔を合わせている。


 わたしもアークも毎日畑に足を運ぶので、当然だ。


 多少気まずい感じがあるが、わりと普通に接している。


 どちらもあの告白のことは持ち出さなかった。


 だが、忘れてはいない。


 アークの方もなかったことにするつもりはないようだ。


 そこに招待状が届く。




「届いたぞっ」




 喜んで父はわたしの部屋にやって来た。


 午前中はたいてい畑にいるが、午後は自分の部屋にいることが多い。


 畑がそんなに広くないので、作業は午前で終わることが多いからだ。


 シエルと一緒に過ごすこともあるし、本を読むこともある。


 時代的に中世ヨーロッパという感じのわりに、この世界は紙が豊富だ。


 比較的、安価で手に入る。


 それでももちろん前世の感覚からすれば十分に高価だ。


 そのため、わたしが持っている本は実用書が多い。


 読書時間を邪魔されて、わたしは父を冷めた目で見た。




「お父様はそんなにわたしを嫁に出したいのですか?」




 ため息をつく。




「当たり前だろう」




 いつになく強い口調が返ってきた。




「娘に自給自足の農民の暮らしをさせたいと思う貴族の親がどこにいる」




 尤もなことを言われて、わたしは言い返せない。


 だが、ここで引いたらお妃様レースに参加することになってしまう。


 それだけは避けたかった。


 その他大勢のわたしには、そんな主役級のイベントはハードルが高すぎる。


 その他大勢はその他大勢らしく、慎ましやかな幸せを目指していた。


 王妃なんて狙うつもりはない。


 第三王子は現国王が一番可愛がっている息子で、次の国王だと言われていた。


 そんな人と結婚するのは、主役の人の仕事だろう。




「貴族の生活が一番幸せだなんて、限らないと思いませんか?」




 静かに父に尋ねた。




「限らないとしても、アリアンヌは貴族だ。貴族が貴族としての幸せを望んで、何が悪い。何か問題があるのか?」




 逆に問われる。




「……ありません」




 わたしは頷くしかなかった。




「とにかく、手紙を開けて中を確認しなさい」




 父はわたしに命じる。


 その時初めて、手紙の宛名がわたしであることに気づいた。


 父宛でないことに少しばかり違和感を覚える。


 普通、この手の手紙は当主である父に届くものだ。




 父の目の前でわたしは手紙を開封する。


 中には招待状と参加証らしきものと、詳細が書かれた紙が入っていた。


 わたしは招待状と参加証をちらりと一瞥しただけで父に手渡す。


 詳細の紙だけは気になったので読んでみた。


 それはなかなか興味深い。


 100人の候補者は初日に半分の50人に絞られるらしい。


 その次の日はさらに半分で25人に。


 その次の日は半分以下の10人に。


 つまり、三日間でお妃様候補は十分の一に減ることになる。


 そして10人に絞られてからが本当のレースのスタートだ。


 だがそのレースの内容についても、どうやって10人に絞るかについても、一切、触れていない。


 詳細は当日、城内にて説明しますとしか書いていなかった。




「……」




 わたしは暫し、無言で詳細の紙を睨む。




「どうした?」




 そんなわたしを父が心配そうに見た。




「これ、本当に本物の招待状なのかしら? 大事なことは何一つ書いていなくて、怪しいのだけれど」




 わたしは眉をしかめる。


 どこか詐欺っぽい。


 怪しさは満々だった。




「本物だよ」




 父は手紙の刻印を確認する。


 蝋で蓋をして、王家の紋章が押してあった。


 それは間違いなくアルス王家の紋章だ。




「こんな怪しい招待状で、参加する人なんているのかしら?」




 わたしは首を傾げる。




「いるんじゃないか? レースに参加する10人まで残ると、洩れなく賞金を貰えたりお妃様になれるかするらしいぞ」




 父は笑った。




「10人全員が?」




 わたしは驚く。


 ずいぶん太っ腹だと思った。




「王子が持てる妃って確か3人までよね?」




 父に確認する。


 王家のことなんてこんな辺境地に住んでいるとほとんど関係はないが、貴族の常識として学んでいた。


 重婚も可能な国なのだなと思ったので、覚えている。


 王様になるとさらに2人増えて5人まで妻を持てた。


 奥さんは1人いるだけでも大変なのに、5人も持つなんて物好きだな~と笑った記憶がある。




「数が合わなくない?」




 わたしがうーんと唸ると、父は招待状をわたしに突きつけた。


 賞金などについて明記してある。


 それによると、レースに参加する10人は順位順に妃になるか賞金を貰って故郷に帰るかを選べるそうだ。


 ちなみに妃を選べるのは3人までで、その枠が埋まったらその後の人は自動的に賞金を受け取って帰ることになる。


 だだし、第一王子の第三妃や、第二王子の第二妃や第三妃として選ばれる可能性があるそうだ。


 その場合、賞金の半額が結納金として実家に支払われるらしい。


 ちなみに第三王子の妃には結納金はない。


 そして賞金は順位によって違った。


 当然、上に行くほど高く設定されてある。




「なかなか上手いこと考えているわね」




 わたしは感心した。




「何がだ?」




 父は不思議そうな顔をする。




「賞金の設定金額についてよ」




 わたしは招待状をとんとんと指先で叩いた。




「1位から3位までは飛びぬけて高いけど、4位以下はわりとリーズナブルな金額になっている。上位3名は妃になるからお金を払う必要がなくて、もしかしたらさらに3名も半額払うだけですむかもしれない。高い参加費を払った豪商の娘が何人いるか知らないけど、黒字になるんじゃないかな?」




 しかも賞金を明記してそれで釣るだけあって、交通費、宿泊費などは全て自腹だ。


 経費がかかっても賞金で清算できますよね?的なニュアンスを感じる。


 実際、10位の賞金でも交通費と宿泊費を払ってもお釣りが出るだろう。


 考えた人はなかなかいい性格をしている。


 ぜひ、顔を見てみたかった。


 だが遠方の我が家から向かうのはかなりリスクがある。




「家の場合は交通費も宿泊費もバカにならないので、10位くらいではやっていられません。そういうことで、参加は見送りでお願いします」




 わたしははっきり、父に断った。




「いや、交通費も宿泊費もかからない」




 父は首を横に振る。




「……」


「……」




 わたしも父も黙り込んで、相手の顔をじっと見た。




「何か、隠していますか?」




 父に尋ねる。




「ああ」




 父は素直に認めた。




「実はお前たちのお祖父様が、マリアンヌとシエルに会いたがっている。ちょうどいい機会なので、お妃様レースに参加するついでに自宅に滞在し、顔を見せろと迎えの馬車を用意し、支度金まで送りつけられた」




 小さく肩を竦める。




「お祖父様が……」




 わたしは黙り込む。


 実は祖父とはずっと疎遠になっていた。


 ほとんど縁を切られていたと言ってもいい。


 理由は単純だ。


 祖父は父との結婚を反対した。


 父はしがない辺境地の男爵だが、母は大公家のお嬢様だ。


 大公とは実質、王に次ぐ国のナンバー2のポジションなので、釣り合いが取れないこと甚だしい。


 だが母が父に惚れてしまった。


 父はそこそこイケメンだ。


 アイドルグループにいたら、センターにはなれなくても前列の端にはいそうな感じがある。


 辺境地の男爵という低いポジションでもそれなりにモテたらしい。


 母はフランス人形さながらの絶世の美少女だったが、そんな自分に言い寄る男には飽き飽きしていた。


 そして自分に声をかけてこない控え目な父に惚れる。


 男爵にとっては大公家のお嬢様なんて高嶺の花過ぎただけだと思うが、とにかく好きになってしまった。


 母はおとなしそうな顔をして、思い込むと暴走するタイプだ。


 付き合ってもいない内にランスロー家に押しかけ、そのまま居座る。


 主役級の人はさすがだ。


 やることが違う。


 大公家に生まれ、美少女に育った母はどう考えても主役の一人だ。


 そんな母に父は絆され、二人は結婚する。


 大公である祖父は母の勝手を怒った。


 二人が駆落ちでもしていれば怒りの矛先は父に向けられただろう。


 しかし今回は父も巻き込まれた被害者だ。


 娘を溺愛していた祖父の怒りはどこにも向ける場所がない。


 結局、ただ縁を切るだけで矛先をおさめるしかなかった。


 それから30年近く。


 祖父から連絡が来たことは一度もない。


 こちらからは、わたしが生まれた時とシエルが生まれた時と母が死にそうな時に三度連絡を入れた。


 だがその三度とも、返信はなかった。


 そんな祖父から連絡が来たらしい。




「突然、どうしたのでしょう?」




 何かあったのかと、心配になった。


 一度も面識はないが、血の繋がった祖父だ。


 まったく愛情がないわけではない。


 心配くらいはした。




「シエルが16歳になったからかもしれない」




 父が呟く。


 弟が母に良く似ていることは貴族社会で有名になっていた。


 16歳になり、シエルも社交界にたまに顔を出す。


 大きな街まで行くのに馬車で半日もかかるため、数は多くないが貴族社会では顔繋ぎも重要な仕事の一つだ。


 今日も欠席出来ない大事なパーティーがあるため、午後の早い時間から馬車に乗って出かけている。


 ちなみに、そういう場合は従者が必要だ。


 いなくても問題はないのだろうが、可愛い弟に何かあったら心配なので、わたしがつけたい。


 我が家は使用人が少ないので、そういう時はアークに従者を頼んでいた。


 アークには3歳の時からわたしがいろいろ教えている。


 貴族の従者ぐらいは勤まるようになっていた。


 何より、見た目がいいのでちゃんとした格好をすると様になる。


 アークには唯一つ、シエルに何かしようとする人間がいたら相手が偉くても構わないから突き飛ばし、シエルを連れて逃げるように言ってあった。


 我慢する必要なんてない。


 いざとなればなんとでもなるだろう。


 それより、シエルに何かある方がわたしは耐えられなかった。


 アークを従者に選んだのもそのためだ。


 貴族の坊ちゃんたちが、農作業で力仕事をしているアークに勝てるわけがない。


 それでも、シエルが可愛いからこそわたしの不安は拭えない。


 貴族には貞操観念が緩い人が多かった。




「もし、お祖父様がシエルに会いたがっているのだとしたら。会わせるべきではありませんか?」




 わたしは真顔で父を見る。




「私もそう思うよ」




 父は頷いた。


 母を溺愛していた祖父なら、母によく似たシエルのことを気に入るだろう。


 大公である祖父の庇護を受ければ、シエルの身はぐっと安全になる。


 男爵の子息と大公の孫では立場が全く違う。


 シエルにとって、またとないチャンスだ。




「お祖父様の誘い、断るわけにはいかないだろう?」




 父は私に聞く。


 それはお妃様レースに参加しろということだ。




「お父様はずるいですね」




 わたしはため息をつく。




「シエルのためになら、わたしが何でもすることをご存知でしょう? お妃様レースに参加するのがシエルのためになるなら、参加しますよ。そしてどうせ参加するなら、10位を目指します。自分の生活資金、獲得して帰ってきますよ」




 覚悟を決めた。




「目指すのは10位なのか? どうせなら、1位を目指しなさい。私はマリアンヌになら出来ると思うよ」




 父は微笑む。




「そういうのはお母様やシエルの役目ですわ。わたしは10位くらいがちょうどいいのです。まあ、賞金的にはもう少し上を狙いたいところですが、それはその時に考えます」




 わたしの言葉に、とりあえず父は納得した。




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