第5話 なりゆき魔物討伐
薬草採取が終わってギルドに戻ろうとした時、蜘蛛の魔物を三体も引き連れた冒険者が森の外へ逃げ出そうとしていた。
確か街に魔物を連れて行く様な行為は冒険者証の剥奪じゃなかったっけ?
せめて森の中で撒いてから街へ逃げるべきだが、パニック状態でその余裕は無さそうだ。
身体の大きな蜘蛛なので木々に阻まれている為、冒険者達は逃げられるだろう。
しかし街まで魔物を引き連れて行ったら大騒ぎである。
とりあえず氷の壁を作り出して魔物を閉じ込めた、冒険者達はそれに気づかず悲鳴を上げながら街へと逃げて行ってしまった。
魔物は氷の牢獄で暴れているが、私の魔力によって創り出されたものなのでドラゴンでもない限り壊せないだろう。
「どうしようか…」
デス・スパイダーか…、出遭ったら死ぬと言われる毒持ちだけど、その毒も錬成によって薬になるし糸も丈夫で防具用インナーとして高値で取り引きされてるから素材としてゲットしていこうかな。
そんな事を考えていると、震える手が私のローブを握り締めている事に気付いた。
そしてその震える手にそっと手を重ねる。
「大丈夫だよ、折角だからレベル上げて行こうか」
アランにニッコリと優しく微笑みかけたが、アランは顔色を失っていた。
この世界では魔物を倒した時に溢れる魔素を取り込む事でレベルが上がる。
魔素は魔物を攻撃した時に触れた者の魔力に反応して放出されるので、討伐に関係した者だけが恩恵に与れるというものだ。
魔力自体は生きている者なら魔法を使えない者でも必ず持っているので、物理でも魔法でも攻撃して討伐すれば俗に言う経験値となる。
私は初めからチートだったのに、この千年魔物から素材を手に入れる為に殺…討伐してきたからえらい事になっている。
回復や付与魔法をアタッカーに掛けると、その魔力の残滓を纏った攻撃であれば回復役にも魔素が流れる仕組みになっている。
なので戦闘中に手を出さず、終わってから回復するとレベルが上がる事は無い。
氷の牢獄に居るデス・スパイダー達に結界魔法で動きを完全に封じた。
正確に言えば胴体の上部を曝け出し、脚や頭を結界でガッチリ固定している状態だ。
私のローブを握り締めたまま固まっているアランと一緒に転移魔法で胴体の上に移動した。
アランは足元の感触や視界が変わった事に対して数度瞬きして辺りを見回す。
「え? は!? 蜘蛛の上…ッ!? ひぃっ!」
尻餅をついてへたり込んだが、そこがデス・スパイダーの胴体という事を思い出したのか、すぐに立ち上がって私に縋り付いた。
「大丈夫、結界で動けなくしてるから。 背中側には縦長に心臓があるからそこをさっきのナイフでサクーッとやればいいだけだから」
しゃがんで刺すべきところを指し示して促すと、震える手でサバイバルナイフを両手で逆手に持ち、突き刺した。
目を閉じて全力でやったせいか、とても斬れ味の良いナイフのせいで両肘まで傷口に埋まり、返り血塗れになってしまった。
「えぇ!? こんなにあっさり…。 凄い…」
呆然と呟いてズチュッと水っぽい音を立てて腕を引き抜くと、片手をナイフから離して握ったり開いたりしている。
「嘘みたいにレベルが上がってるのがわかる…」
私は膝をついたままのアランの肩に手を置き言った。
「次行ってみよー!」
デス・スパイダーはまだ二体いるからね、再び転移魔法で次の獲物の背中に移動して全て討伐を済ませた。
「どう? 今ならここから飛び降りても大丈夫じゃないかな?」
デス・スパイダーの背中から地面までは大体三メートル程だ、さっきまでのアランならヘタをすれば骨折してしまっただろう。
「自分で降りてみる! えいっ!」
かけ声と共に飛び降りると軽やかに着地した。
それはそうだろう、さっきまでレベルが三だったのが今は二十四まで上がっている。
これがパワーレベリングというやつか…。
空間収納にデス・スパイダー三体を放り込んで食事をする事にする。
本当はお昼は戻って家で食べる予定だったけど、予定外の出来事でギルドで解体や買い取り交渉をしていたら遅くなりそうだし。
急に消えたデス・スパイダーにアランがびっくりしていたので空間収納というモノがあると教えておいた。
レアなので習得できなくても落ち込まない様にという事も。
マジックバックから取り出すフリで創造の神力をつかって朝食と同じ材料でロールサンドを創り出した。
材料が同じなら今朝準備したと言えば信じるだろう。
「遅くなりそうだから先に食事にしようか」
「わぁい! ありがとう!」
防水シートを広げて座り、浄化の魔法で返り血や汚れをキレイにしてロールサンドを頬張った。
アランはレベルが上がった事や私の魔法について興奮しながら話しつつ食事を済ませてフードを被り直す。
見習い冒険者がレベルだけならベテランの一歩手前のレベルにいきなりなったのだから気持ちはわからなくもない。
ちょうど森を抜けた時に三十人程の騎士団の一行が現れ、声を掛けられた。
「そこの者! デス・スパイダーが出たと報告があった来たのだが見なかったか!?」
どうやら先程の冒険者達は街の入り口で報告したらしい、騎士団が討伐隊として派遣された様だ。
「冒険者が引き連れてたデス・スパイダー三体なら討伐済みだよ、無駄足で申し訳ないけど」
言って通り過ぎようとすると、隊長らしき人が騎馬で通せんぼしてきた。
眉間から鼻の頭まで隠れるタイプの兜を被っているから顔はわからないが、一人だけ鎧のデザインが微妙に違っている。
「その言葉、信じていいのか? 誰が討伐したんだ? または証明できるか?」
面倒臭い…、思わず半目になってしまう、見てないとか言えば良かったかな…。
ふぅ、とため息を吐いて空間収納から一体だけデス・スパイダーを取り出す。
いきなり現れた巨大な蜘蛛に馬達が驚いて嘶き、騎士達は慌てて宥める。
通せんぼしていた騎士は呆然とデス・スパイダーを見上げていた、馬はよく訓練されているのか他の馬の様に動揺していなかった。
「コレがそのデス・スパイダーだよ。 あと二体も出すべき?」
「おいっ! お前! 隊長に向かって何だその口の利き方は!」
驚いた事を誤魔化す様に、通せんぼしていた隊長の隣に居た騎士が怒鳴りつけてきた。
冒険者は舐められちゃいけないから基本的に誰であれタメ口が普通なんだけど。
「いい、冒険者なら普通の事だ。 一応残りも見せてくれ」
隊長は怒鳴った騎士を嗜め、残りも出す様に促したので更に二体取り出した。
「見事だな、全て一撃か。 街に戻って詳しく話を聞かせて欲しいがいいか?」
だが断る!って言いたい。
「それは強制? 面倒はゴメンだから、できれば早く家に帰りたいんだ」
ちょっとゴネてみた、これで帰っていいなら儲け物だし。
隊長は少し考え込んでいたので、その間にデス・スパイダーを空間収納に戻した。
「いや、強制ではない。 ならば街で会った時にでも一杯奢るから武勇伝を聞かせてくれ、其方程の強者ならいくらでも語れるだろう?」
考えが纏まったのか、開放してくれる様だ。
しかし話は聞きたいらしく、ニヤリと笑って誘われた。
「そんな兜被ってちゃ顔も見えないし、名前も知らないから会ってもわからないと思うよ」
できるだけアランがローブの陰に隠れる様にしつつ、ヒョイと肩を竦めて歩き出した。
「待ってくれ」
振り返ると隊長は兜を脱いでいた、オレンジの髪に琥珀色の瞳をした二十代後半に見える精悍な顔つきをした男だった。
「私はセドリック・ド・ロルジュだ、其方の名は?」
どうやらマトモな人の様だ、貴族だが融通もきく様だし。
街で会うかどうかわからないけど、もしも会えたら縁があるって事でしょ。
そう思ってパサリとフードを脱いで顔を見せる。
「カミーユだ」
ニコリと笑みを交わし、フードを被り直して街へと向かう。
歩いて行く私達を騎士団は騎馬で追い抜いて街へと戻って行った。
騎士団が街の門を潜った五分後、私とアランも門で冒険者証を見せて街へと入る。
その時前方から驚きの声が上がった。
「嘘だろう!? Gランクの見習いだと!?」
声のする方を見ると、先程のセドリックがそこに居た。
目が合うとにっこり笑ってこう言った。
「街で会ったから一杯奢るぞ」
そう来たか…。
今、私はチベットスナギツネと同じ表情をしている自信がある。
「悪いが今からギルドへ報告と買い取りを頼まなきゃいけないんだ」
「じゃあ、終わるまで待とうじゃないか、ついて行くよ」
「好きにすればいい」
街の外での言葉遣いは仕事用だったのか、さっきよりも砕けた物言いだと思いながらも呆れてため息を吐くと先程も聞いた怒鳴り声が聞こえた。
「おい! お前! 隊長に対して何て態度なんだ! 隊長は貴族様だぞ!」
「やめろ、マルク」
「すまない、どうしてもついて来ると聞かなくてな」
「隊長さんは大変だね」
マルクと呼ばれた銀緑の髪に翡翠の様な青味掛かった緑の目をした十代後半らしき青年を見てニヤリと笑ってやった。
口惜しさと羞恥で顔を赤くしているが、隊長に肩を押さえられているので怒鳴るのを我慢している様だった、ちょっと意地悪だったかな?
ギルドで依頼達成の報告をして無事に見習いを卒業してFランクになり、デス・スパイダーの解体と買い取りを依頼したら凄く驚かれた。
解体場でデス・スパイダーを取り出し、解体費用を差し引いた代金を受け取ってギルドを出ると、対照的な表情をして待つ二人の騎士が居た。
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