1.Would like to be better than now...

1-1


今日は四月六日。

新入生にとっては新たな学校生活の一日目となり、在校生にとっては新たな学年の一日目となる。

この辺には河津桜が咲くので入学式の頃には全て散っていたが、新入生の作る晴々しい空気は、桜などを必要としなかった。

残念ながら蓮也は旧二年生なので入学式はなく、新入生の晴々しい空気の中にはいなかったが、最高学年になるということもあって、いつもとは違う空気の中にいた。

一人で学校に続く道を歩いていると後ろから急に声をかけられた。

「よっ蓮也」

話しかけてきたのは小学校の頃からの友達の天童昴。

身長は173cmとかなり高めで髪はかなり短い。本人はサッカー部だからと言って年中ヘアバンドを巻いているが昴以外にヘアバンドを巻いている人は見たことがない。

服装は学校指定のジャージで、昴以外にもほぼ全員がジャージを着ている。一応学ランの制服でも良いのだが、体育の時に着替えるのが面倒だったり、ダサいだったりで皆ジャージを着ていて、一年の中で制服を着るのは数回しかない。

蓮也達の小学校、というよりこの中学校に入学してくる四つの小学校はそれぞれ一クラスしかない小さな学校で、中学校も三クラスしかない。その分、小学校の頃の友情というのは強くて、部活もクラスも違う友達と遊びにいく事も多々ある。

蓮也と昴もそのうちも一人で、クラスは違えど、ほぼ毎日言葉を交わしている。

「おはよー蓮也君」

「げ、また夫婦で登校?」

声をかけてきたのは昴と同じ小学校で昴と同じクラスで昴の幼馴染みで昴の彼女の雨宮渚。

身長は昴とあまり変わらない170cm程で、髪はロングでおそらく校則違反であろう茶髪。

ちなみに蓮也はショートが好みだ。

蓮也とも、昴とまではいかないが小学校の頃から仲が良く、挨拶程度なら何も気にすることなく言葉を交わすことができる。

「わりーかよ。リア充の特権だっつーの。あ、今日半日だし帰りにマックよらね?」

「あーいいや。めんどくさい。彼女と行ってれば?」

「お願い!ポテト奢るから!」

「L?」

「分かったL奢るから!」

「乗った」

こんなやり取りはもう二十回目位で、昴に彼女ができてからは断るようにしているがポテトのLがあるなら話は別だ。

「いやー、今年こそ同じクラスになれるといいな」

「まぁなんだかんだ中学上がってから一回もなってないしね。けどとりあえずは雨宮さんと同じになるのを願えば?」

「まぁそれもそうだな」

「んじゃあとで」


1-2


蓮也の学校のクラス分けはとりあえず去年と同じクラスに行ってそこで担任から新たなクラスが発表されるタイプ。

といっても、他の学校のクラス分けシステムは一切知らないが。

クラスに入ると、春休みぶりに顔を見た皆が、来年も一緒が良いだとか、志望校はどこにするだとかの話をしている。

「もう受験生か…」

席についてそんなことを考えていると学級委員だった鈴木美香が話しかけてきた。

彼女とは通っている塾が同じで、それなりに話す機会があった。

「おはよう。蓮也君ちょっと、その鞄、どかしてもらっても良いかな?」

「おはようございます。鞄?あぁ美香さん隣の席でしたね」

「もー、隣の席の人忘れるなんて、よっぽど記憶力がないんじゃないの?」

「あ、いや、この席って二ヶ月位しかなかったじゃないですか」

「それでも…」

何か言いたそうだったが、それを遮るように朝活開始のチャイムがなった。

「おーい、号令誰だー?」

号令係も久しぶりの学校で仕事を忘れていたのか、担任に呼ばれてやっと号令がかかった。

「あ、すんません。起立、気をつけ、礼、」

「「「お願いしまーす」」」

「着席」

久しぶりの挨拶であったが、蓮也を含めたクラスの息はピッタリだった。

二年間も同じ挨拶をしていたからなのか、みんな体に染み付いているのだと思う。

「いきなりだが、新しいクラスを発表するぞー。黒板に紙貼るからそれみてとっとと新しいクラスいってくれー」

皆が黒板に新しいクラスを見に行くのに合わせて僕も見に行った。

「三年二組か…」

クラスが分かったのでとりあえず荷物を取りに席へ戻った。

「蓮也君何組だった?」

「二組です」

「おぉ!じゃあ三年間同じだね!」

「あれ、そうでしたっけ?」

三年間同じということは、今年も同じクラスなのだろうか。

それよりも、一年生の頃同じクラスだったかどうかが全く思い出せない。

「まぁいいや!今年もよろしく!」

「早く新しいクラスに移動しろー」

担任に急かされるままに新しいクラスに移動するとそこには昴の姿があった。

「おぉ蓮也!やっと同じクラスだな!」

「そっちの彼女さんは?」

「へっへー!それがまたおんなじだったんだよ」

顔が喜びで満ち溢れている。よっぽど嬉しかったのだろう。

昴は、小学校の頃から思いを拗らせていてやっとの思いで去年告白した。

さらにまた同じクラスなのだから嬉しいに決まってる。

「どうも!このクラスの担任をもつ住吉優奈です!この学年の担任をもつのは初めてなのでまだ不馴れなところもありますが一年間よろしくお願いします!」

理科を教えている粋の良い先生が担任になった。

「とりあえず今日は教科書だけ配って解散になります!あ、あと明日学級委員を決めるので興味のある人は考えておいてください!」

教科書が配られて、用意してあった名前ペンを取り出す。

この名前を書く瞬間は妙に緊張する。

小学校の頃はお母さんに書いてもらっていたから何も考えてなかったが、いざ書くとなると、一年分の勉強のモチベーションを背負っている気がする。

そんなことを考えながら名前を書いていると今度は進路希望調査と書かれた紙が渡された。

「えー、いま配った紙はみんなの中学校を卒業してからの進路を書いてもらう紙です。まだ決まっていない人も、とりあえず何か書いておいてください」

何か、とはなんだろうか。

蓮也はまだ行きたい高校など決まっていなかったのでとりあえず、高校に入学するとだけ書いておいた。

この四浦市では、公立の高校を受験するのが普通で、併願として私立校を受けることが多い。

そんな事くらいは蓮也も知っていたが、そもそも高校の事などこれまで考えたこともなかった。

一年生の頃から行われていた進路学習はなんとなく聞き流して、穴埋めプリントを埋めているだけだった。

「それじゃあ進路希望調査回収しまーす」

進路希望調査を回収したあとはそのまま下校だった。

一人で帰ろうとしていると、昴に呼び止められた。

「おい、マック行くって約束だろ?」

「校則的に一回家帰らなきゃ」

「真面目だなぁ」

「一人で先にマック行っとけば?」

「いいよ、お前んちついてく」


1-3


「ただいま」

「おかえり、あら、昴くんきてたの?」

「お邪魔してます」

後ろに昴がいるのはこの後一緒にマックにいくから。

一度家に帰りたいという蓮也の要望に答えてくれたのだ。

学校からマックまでは約2km。

そこからさらに2kmの所に蓮也の家があるのだから下校途中によりたくなるのも分かる。

それでも蓮也は校則を侵してまで娯楽を手に入れるのには抵抗があってこうして一度帰ってしまう。

「もうマックにでかけてくるから」

そういって財布を盗った蓮也は玄関を開ける。

「家でゆっくりしていけば良いのに」

「いいよ。もういくね」

「遅くなるまえには…」

話を全て聞く前に蓮也は家を出ていってしまった。

「じゃあ、そういうことなんで、俺も行ってきます。お邪魔しました。」

「蓮也をよろしくねぇ」

そういって昴も家を出ると、二人はさっき通った海沿いの道を今度は逆方向から通った。

この四浦海岸はかなりの観光スポットで、夏になると大勢の人で賑わう。

最近では砂浜にハウスをたててライブもやったりしている。

「にしてもこの海、本当に汚いよなー」

「あぁ、地元の人は好んで入ろうとは思わないよね」

「こんな汚い海で毎年バカ騒ぎしている人達は楽しいのかね?」

「遊泳のできる海が少ない所から来てるっぽいから海にはいるのが新鮮で楽しいんじゃない?」

蓮也も本当の所は良く分かっていなかったが、適当に理由をつけておいた。

「それってどこよ」

「東京とか」

「あーあそこはまず空気が汚いもんな、空気が。それに比べたらこの海なんて…」

昴の都会への嫉妬が始まった所で、目的地であるマックについた。

「ご注文はいかがになさいますか?」

「あ、えっと、ポテトのL二つとスマイル一つ!」

先に席についていた蓮也は、昴の無茶ぶりにもきちんと対応しているマッククルーに関心しながら、昴を待っていた。

「ごめん、おまたせ。混んでるから商品はテーブルまで持ってきてくれるってさ」

「お前店員に迷惑かけんなよ」

「良いじゃん、yuotuberだってやってるし」

「あれも迷惑だろ」

「まぁそうだな」

こんな下らない話をできるのは蓮也からしたら昴くらいなものだ。 

「ポテトLサイズ二つお待たせしましたー」

ポテトが届いてから、話は余計にはかどって、新しい担任はどうだとか、さっきのクルーがかわいいだとか、部活の話だとか。

そんな話をしていると、昴が突然変なことを聞いてきた。

「蓮也ってさ、俺に彼女ができたって聞いたときどう思った?」

「なんだよ急に」

本当に突然だったので、蓮也も動揺している。

「あ、いや、変な意味はねぇぞ?」

「正直、怖かったよ。俺中学校入って部活も入らなかったし、そもそも友達作る気なかったし、昴以外に遊ぼうと思ったこともなかったし。何より俺、本当になんとなく生活してたから、色々頑張ってる昴が羨ましくて…」

正直なんでここまで本音を話してしまったのかは蓮也にも分からなかった。

「そっか、ごめんな」

「ううん。いまこうして遊んでくれてるだけで全然大丈夫」

「ありがと。それでって言ったら何なんだけどさ、クラスに楠木いたよな。ほら、小学校のころ好きだっていってたやつ。まだ好きなの?」

楠木文香。

小学校からの同級生で蓮也の初恋相手。

中学校になってからは話してすらいなかったけど果たしてまだ好きという感情はあるのだろうか。

その答えは案外簡単に返ってきた。

「うん。あの時から思いは変わってないよ」

「うしゃ!んじゃあ決まりだな!」

「え、何が?」

蓮也には昴がなんのことを言っているのかまるでわからなかった。

「デートだよデート。それもダブルのやつな」

説明をされても、蓮也はまだ分からなかった。

「だから、渚が楠木と仲良いからお前と俺と渚と楠木四人でデートしようってんの。まさかデートの意味くらい分かるよな?」

昴に詳しく説明されてようやく理解をすることができた。

だがそれを頭が受け付けない。

「まぁいいや。あとでLINEする。んじゃバイバイ」

「あ、まっ…」

蓮也が昴を呼び止める前に昴は帰ってしまった。

急ぎの用でもあったのだろうか。

それとも単なる嫌がらせだろうか。

だが、そんなことを考えている余裕など蓮也の中にはなくて、ある一つの事だけが蓮也のあたまのストレージを埋め尽くしていた。

「デートって、あのデートだよな…」

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