本当のところは
ホッと一息ついたところで
「じゃ、じゃあ、そろそろ解散でいいか?」
といまだ赤みの残る顔でシュウ君が提案する。
「うんいいよー」
明るく返して、何気なく、立ち去るついでに思いつきを要求してみた。
「あ、出来れば授業受けてよ。前の席に人いないと気になるから」
すると、シュウ君は本を手に取りながら
「ああ。そっか。今のあんたの席は俺の後ろだもんな」
それなら出席してもいいかなあ、と呟いた。
……うーん、いままでの違和感を全部突っ込むチャンスかなー?
「ねえ、シュウ君。なんでわたしの席知ってるの? シュウ君が教室にいる所、今の席になって見たことないのに。あとさ、屋上でもさっきまでの会話でも、わたしのこと知ってる風だったよね?」
今さらながら引っ掛かってた質問をぶつけると、ギクリと彼の肩が揺れた……いや、隠す気あったの?! 聞いて欲しいのかと思って聞いたのに!
わたしの聞くまで帰らない、という好奇心が透けて見えたのか
「……タチバナは覚えてないみたいだから言いづらいんだけどさ。俺、去年の四月末くらいにあんたに会って救われたんだよ」
と彼は苦笑しながらこちらを向いた。
は? 金髪と会話した記憶ないけど……
よほど間抜けな顔をしていたのだろう、シュウ君はクスクスと笑いだしてしまった。
「ホントに覚えてないんだなー。まあそうじゃなけりゃ朝思い出せてただろうしな」
ちょっと長い話になるぜ、と彼は前置きして、口を開いた。
「俺さ、中学のとき、いじめられてたんだよ。ああ、いじめって言っても、せいぜい無視とかかわいいモンだったんだけど……あ、いや、ときどき物がなくなってたな」
なかなか衝撃的な出だしだな。
「そんな感じだったから、もちろんともだちなんていなくてさ、いつも一人だった。みんな楽しそうなのに俺だけ一人って結構キツいんだよなー。だから高校ではメッチャともだちつくろうって思ってた」
シュウ君は、少し遠い目をしながら本を撫でる。
「でさ、ちょっとバカな高校なら同じ中学のヤツもいないだろうし、アタマ軽い方がなんのしがらみもなくともだちになってくれそうって考えて入学したんだよ。なのに」
……かなり失礼かつナメたこと言ってくれるな。腹立つー。
「全然話しかけられなくて! 勉強できると敬遠されるんだなー」
イラッとするなあ! やれやれなんてジェスチャーするな! 自慢か! そりゃあ勉強できて顔もよかったら話しかけにくいわ!
「悲しくてムシャクシャして。本持って、授業サボって屋上行ったんだ……思いだせねえ?」
えー、話の流れからするとここでわたしと会うんだろうけど、まったくわからない。
そこらへんの時期、友人に本心言って絶交されたせいで荒れてたんだよなあ。でも、なんか説教した記憶はあるんだよね。暗そうな子に、ガツっと青臭い話を語った恥ずかしい記憶。
わたしは頭をひねるが、金髪でイケメンなヤンキーに屋上で会ったことなんて今日の朝しかない。
記憶を掘り起こして思い出せたのは……あの頃から仮面かぶり始めたということのみ。
「んー、続けてみて。がんばって思い出すから」
シュウ君は軽く苦笑して、また語り出す。
「屋上には先客がいた。あれすっごくビックリしたんだよなー。俺は優等生だったから授業サボるなんて初めてしたのに、ソイツは当たり前みたいに、ボーっと空眺めてたから」
「……待って、優等生ってことは黒髪だったの?」
「もちろん」
「……あああ! あのときの、前髪長い根暗な男子生徒か!」
いきなりの悲鳴にシュウ君はギョッとしたようだが、わたしは羞恥に悶えるのに忙しい。
分かりやすい黒歴史だよ!
上から目線でベラベラと説教したのがよみがえる。
友人から絶交されたわたしは落ち込んで、なにもする気がおこらず、天気がよかったからサボってたのだ。そうしてたら本を持ったいかにもな子が来て、愚痴言って、ついでに説教もした気がする。
「思い出したみたいだが……大丈夫か?」
「大丈夫じゃない! 恥ずかしい! 初対面の人に愚痴を言った上に偉そうに語った記憶なんて消したい!」
わあっと叫びながら顔を覆う。全身が熱い。
「え、恥ずかしいのか? 俺はアレで救われたんだが」
はあ? うーん、わたしの記憶と違うのかな? そんな大層なことは言ってないと思うけど。
「ちょ、ちょっと思い出させて。あんまり覚えてないから都度補完してね……えーっと、屋上に来たシュウ君に、わたしが『立ち入り禁止だよ』って言った、よね?」
おそるおそる話し始めると、ニヤッと笑ったシュウ君が本を置き、芝居がかった口調で言った。
「『あんたもここにいるじゃん』って俺は言い返して近づいた」
「えっと『空がきれいだからいいかなって思ったの』……?」
「合ってる。一年前なのによく覚えてんな……あんたがそう真顔で言ったから、俺は動揺して正直に『俺もです』って言った」
「わたしはそれが面白くて。笑いながら名乗ったけど、たしかシュウ君は名前言わなかったよね?」
「そう。俺は自分がいじめられっ子だとバレたら会話してくれないかもって考えて、黙ってた。そしたらあんたはちょっと感動したみたいな表情をして『暗そうな見た目のとおり、自己紹介しないんだね!』って叫んだ」
わたしはニヤニヤしてるシュウ君から視線をそらす。
「俺は直接、しかも本心からです、みたいな声音で暗いって言われたのは初めてだったから絶句した。んで、そのあと思わず笑ってしまって、そんな俺をあんたは不思議そうに見つめたあと、しまった! って顔をした」
「……あのとき友人に思ったこと言って絶交されたあとだったから、マズいこと言った、とは認識できたんだよね……そして、わたしは確か、やさぐれた気持ちのまま『正直者がバカをみるなんて間違ってる』『わたしはウソを吐きたくない』ってシュウ君に吐き捨てた」
「『でも、人と関わるならしょうがないんじゃないのか?』『そうだ、そんなに自分にウソを吐くのがイヤなら、仮面をかぶった気分でさ、他人になりきっちゃえばいいんじゃないか』」
……そうだ。そう言われて、いいアイデアだと思ってわたしは実行した。それはすごくラクで、わたしに合ってた。六月頃には他人に対して仮面ごしに話すことが普通になってきて、“わたし”を知らなかったクラスメイトたちとすっかり馴染めた。一年経つ頃にはそれを始めたのがいつか、なにからの影響なのか忘れるくらいに。
「わたしは、それならできるかもって考えて、お礼を言った、感謝した」
「感謝された。すっげえうれしかったんだぜ? 他人に喜ばれたのなんて久しぶりだったから。んで『友達いないの? まあ、そんなに暗そうな見た目ならねー』ってあんたがニコニコ言うから、俺は腹立つよりも呆れて、素直になって『どうしたら明るい見た目になる?』って聞いた」
……あああ。あの返答で今のシュウ君があるのか……どんよりと口を開く。
「……『そうだなあ。その長い前髪切って、金髪にしたら? まず外見からだよ!』『あとはー、人前で本を読むのを控えるとか。変わりたいなら強くなってみるとか?』『あはは、金髪でケンカ強いとかなったらヤンキーみたいだね』……」
「うん、あんたはそう言ったな」
こくこくと頷いていたシュウ君だが、おもむろにわたしの方を見て慌てだした。
「いや、それを真に受けたのは俺の方だから! あんたが冗談交じりで言ってたのには気づいてた! 自分のせいだ、みたいな真っ青な顔するな!」
大雨に降られたような気分のわたしの肩がガクガク揺さぶられる。
「変わろうって思えたのはあんたのおかげだし、この見た目になったおかげでケンカ友達はたくさんできたから! すごく楽しい人生送ってるから!」
「うん、大丈夫……酔うからやめて。さすがに現状全部がわたしのせいとは言わないし言えないよ。今日のお昼、楽しそうにしてたのはシュウ君ががんばって変わった結果でしょ?」
ピタリと揺らすのを止めたシュウ君が、ちょっと赤くなった顔を隠すように自分の口元に拳を当て、少し離れる。
「うん、そう……こんな感じに、あんたが優しくしてくれた。変わるきっかけをくれて、そのおかげで俺は救われた」
……冷静になって考えると、わたしが仮面かぶりだしたのはシュウ君のおかげで、シュウ君がヤンキーになったのはわたしの影響なのか。ヘンな感じだ。
「あ、さっきから思ってたんだけど、朝と同じような会話してたんだね」
ふと思いついたことを言ってみると、
「そうだな。本の話も前と一緒だった」
と彼は笑った。
「本の話は覚えてない。なんて言ったの?」
「んー。俺が悩み相談が終わった後に、なんとなく『この本どう思う?』って聞いたら『ふわっとした質問! 会話下手か!』『強いて言うなら眠くなりそうだし、凶器になるんじゃないかな』って真顔で言ってた」
「へー……」
まあ、一年じゃそんなに人は変わらないってことなのかな。
イメージチェンジを果たした金髪のヤンキーは、実はずっとともだちを欲しがってて。仮面を完璧にかぶれてると思ってたわたしは、結局は本音で話せる人を探してる。
「救ってくれてありがとう、タチバナ」
彼はつぶやき、照れたように頬を掻く。
「わたしこそ“わたし”を認めてくれてありがとう」
わたしも小さくささやいて、微笑む。
そろそろ帰ろうと踵を返して歩き出すと、わたしの背中に声がかかった。
「なあ! ……また、こうやって話してくれるか?」
「えー、あんまり本心で他人と喋りたくないなー」
「え?!」
「だってウソつきってバレたくないから」
くるりとシュウ君の方を向いて眉をひそめてみせると、慌てたように彼は両手を振った。動揺が面白くて少し笑ってしまうが、彼が口を開く前に言い足す。
「なのにシュウ君とは仮面無しで話したいんだよねー。でも本心を言って絶好されるような以前の二の舞になりたくないしー」
混乱したのか、固まってしまったシュウ君に“わたし”はいたずらっぽい顔を作って笑いかける。
「だから。仮面を外す練習台になってくれるなら話そう?」
彼は強ばりをといて苦笑する。
「俺でいいなら、いや」
ちょっと考えこむように黙ったあとわたしに手を差しのべた。
「高校デビューのさみしがりヤンキーっていう人間でいいなら」
思わず吹き出して、笑いながら手を伸ばす。
「こっちこそ、ウソつきな仮面人間だけどね!」
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