虹を見にいこう 第14話「花、雪、月と缶チューハイ」

なか

Chap.14-1

 年が明けた一月半ば。成人の日も過ぎていよいよお正月気分も終了だと、誰もがため息混じりに新しい年の日常を受け入れ始めた頃。その事件は再発した。

「ただいま」

 と家に帰ってくると、リリコさんがひとり、リビングでほおけた顔をして突っ立っていた。リリコさんも帰宅したばかりのようで、週末金曜の夜なのに、スーツ姿のままだった。いつもならバッチリ女装して、夜の町に繰り出していてもおかしくない時間だ。

「どうしたんです?」

 ビジネスカバンを足元に置いて、ネクタイを緩めた。

「これ、玄関の郵便受けに直接入ってたのよね……何かしら?」

 リリコさんは、僕に向けて真っ白な封筒をかざした。ひと目で、あ……と思う。心当たりのある封筒だった。

「宛名もないし、これじゃ誰に届いたものかもわからないじゃない。そもそも何で玄関ドアに直接入ってたのかしら? 普通ならロビーの郵便受けに届くはずでしょ。マンションの住人じゃないと中まで入れないんだから。まあ、中身を確認するしかないか。宛名がわからないんだもの。しょうがないわよね?」

 疑問点を上げながら、リリコさんが封を開けようとする。

「や、ちょっと、危ないですよ!」

「危ない?」

 怪訝けげんな顔をされる。シマッタと思ったが既に遅かった。リリコさんは僕の方へぐいっと身を寄せて来た。

「危ないってどーいうこと。一平、あんた何か知ってるんでしょ? この封筒のこと」

 こうなってしまったら、リリコさんに隠し事はできない。仕方なく脅迫状のことを打ち明けた。去年、チャビの入院後、しばらくして同じような宛名のない手紙が投函されたことを。不用意に開けた僕は、仕込まれていたカミソリで指を切ってしまった。チャビにつきまとっていたストーカー男を疑い正体を追ったが、脅迫状の犯人ではなかった。僕とユウキはその事実をタカさんやリリコさんには隠していたのだった。

「そんな大事なこと……何で黙ってたの」

「チャビが入院して、いろいろとあったばかりだったので。余計な心配をかけたくなかったんです」

 問い詰められて、消え入りそうな声になる。

 チャビの退院の目処はまだたっていない。一度悪くなってしまった検査数値は、なかなか良くならないようだった。ただ、チャビ自身は治療にとても前向きになっていて、一時、家に帰りたくないと言っていたことを考えれば、ホッとしていた。ここで無理をしても何の得もない。入院費はかさむが、タカさんがいろいろ手続きをしてくれたおかげで、公的補助も受けられている。いざとなったら、みんなでカンパしようというユウキの提案にも異論はなかった。

 あれからユウキはちょくちょくチャビの見舞いに行っているようだ。犬猿の仲だった二人だが、今回のことを通して、ユウキもいろいろと思うことがあったのだろう。

 ギクシャクとしてしまった僕らの関係が、チャビのことをキッカケに、少しずつ変化を始めていた。リリコさんへの気まずい思いも、多少僕の中で棚上げしてる部分もありながら、僕が避けたりしなければ以前と変わりなくこうして話せている。もっとも、ユウキは引っ越し先をまだ探しているし、タカさんのことだって何も解決していないけれど――。

「気に入らない」

「はい?」

 リリコさんの様子にたじろぐ。わなわなと怒りのオーラが見えた。

「文句があるなら、面と向かって言いなさいってのよ。こんな手紙をよこして、陰湿きわまっているわ。自分の正体を隠して、安全に誰かを攻撃しようなんて、虫ずが走るし……フェアじゃない」

 その剣幕に、ただコクコクと肯くしかない。

 封筒を確認すると、やはり前回と同じようにカミソリの刃が仕込まれていた。とりあえず勢い余ってリリコさんが開けてしまう前で良かった。

「あったまきた! もう、こうなったらこっちから乗りこんでやろうじゃない。遠距離攻撃には近接戦闘で応戦よ」

「どこに乗りこむっていうですか?」

「考えるまでもないでしょ。こんな陰湿な嫌がらせをするオンナ、あいつしかいないんだから」

 オンナ?

「何ボサッとしてんの。一平も一緒に行くのよ!」


 ◇


 リリコさんの後を追って、新宿二丁目に足を向けていた。

 まだ時間が早いせいか、週末にしては思ったほど人通りもない。二丁目の中心、仲通りを横断する時に、若い子達がオープンテラスのある店からはみ出してキャーキャーと騒いでいるのを見かけたが、この町が本格的に賑わうのはまだまだこれからだろう。

 リリコさんは運動神経がいい。スカートやハイヒールではなく、スーツにコートを羽織った身軽な男装姿のリリコさんには、追いつくのがやっと。背が高いので歩幅だって大きい。何処に向かっているのか聞く暇もない。仲通りから二本、四ツ谷方面に外れた路地に立つテナントビルに、リリコさんは駆けこんで行った。

 すぐ後に続いたつもりだったが、リリコさんの姿を見失う。階段を駆け上がった気配がある。このビルのどこかの店に向かったのだろうが、さすがに当てのないまま、店の扉を端から順に開けてまわるワケにもいかないし。

 途方に暮れてビルのエントランスを見渡した。ゲイバーと思われる看板が壁にずらっと並んでいる。その中、ピンクの背景に『ワイルドピギー』と書かれた店名に目がとまった。

 この店は確か……。

 おぼろげな記憶をたぐり寄せながら、階段を上って行った。

 ビルの四階で、ワイルドピギーはすぐに見つかった。店の中からリリコさんと誰かが言い争う声が聞こえて、ビンゴ! と心の中で叫び、僕は飛びこんでいた。


Chap.14-2へ続く(明日18:00頃更新)

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