ある少女のお話。

池中 織奈

そして、少女は救われない。

『×××××』





 目の前で、漫画やアニメといった二次元か何かでしか存在しないような髪や目を持つ人間が何かをわめいている。だけど、私にはそれが何を示すのかさっぱりわからない。



 そこは現実では決して見たこともない牢獄と称される檻の中。衛生面に悪そうな薄汚いその場には沢山の私と同年代程度の少女達が溢れていた。



 男は怒ったように私に怒鳴り立て、周りにいる少女たちは怪訝そうに私を見ている。



 どうして、こんなことになったのだろうか。本当によくわからない。

 私は高校生だった。両親がいて友達がいて、充実した高校生活だった。



 それなのに――…、私は目が冷めると森の中に居たのだ。深い森の中。此処が何処だかもさっぱりわからない中で、私は人を探してさまよった。



 そして、たまたま山道を移動していた馬車――、いまどき馬車なんてと現実逃避がしたくなったのも仕方がないと思う。



 此処は何処なのだろうか。わからなかった。でも、人が居るという安心感が欲しくて私は飛び出してしまった。

 でも、それが間違いだったのだ。



 結果として私はつかまってしまった。目の前で怒り立てている男に。



 この場所は人が出ていったり、入ってきたりよくする場所だ。最初は私に話しかけてきた女の子も、私が何も喋らないからと私に話しかけない。見た感じ、多分奴隷商人だったのだ。ちょうど、馬車に乗っていたのは。



 冷静に考えて、此処は私が知っている現代とは違うのだろう、とはわかる。異世界トリップという奴かもしれない。小説の中では、異世界トリップは誰かに保護されたり、逆ハーを築いたりしている。そういうのを見て異世界って憧れるとか確かに思ってたよ。だから悪かったのかな。



『××××!!』



 何を言っているかわからない男の声と共に鞭が振るわれる。ああ、わからない。

 此処は何処なの。お母さん、お父さん…。会いたい、会いたいよ、家族に。家に帰りたい。こんなところ居たくない。

 夢ならいいのに。目が冷めれば、全てが夢だったらいいのに。

 この世界にやってきて、どれだけ時が経ったかわからない。だけど、私はその日、檻から連れ出された。




『××××』




 何を言っているかは理解できないが、私はデブな豪華な服を着たおっさんへと差し出された。

 嫌らしい男の眼つきが怖かった。



 お母さん。

 お父さん。

 助けて、助けて。



 嫌だ、嫌だと思っても、泣いても誰かが助けてくれるわけではない。







 ―――男の、大きな豪邸に連れていかれた私は、男に無理やり押し倒される。初めてだったのに、私は力まかせに、好きでもない男に抱かれたのだ。

 泣き叫べば、ぶたれた。



『×××××!!』



 ああ、何かを怒鳴ってる。そして、暴力をふるう名前さえもわからない、私を買い取った男。



 痛い痛いよ。

 苦しい苦しいよ。

 何で、私がこんな目に合わなきゃいけないの。

 会いたいよ、家に帰りたいよ!! こんな場所嫌なんだ。



 性欲処理にさせられた私だけど、何処かで期待していた。物語の世界みたいに誰かが救ってくれる事がないかなっていう、そんな期待。



 誰か、誰か助けて…。助けて、助けて!! お母さん、お父さんっ。会いたい会いたい。家族に会いたいよ…。



 使用人らしき人達も何かを言っていたけど、さっぱりわからなかった。元々私は高校で習っている英語だって苦手だった。外国語でさえ喋れないのに…、異世界の言葉なんてわかるはずないよ……。



 心配そうに私を見ていた目も、異常なものを見るような目に変わるんだ。ああ、もしかしたらこの世界はひとつの言語で統一されているのかもしれない。



 ワカラナイ、ワカラナイ。何をいっているかさっぱりわからない。



 殴られ、犯され、性欲を吐き出される。きっと買い取った男は、若い女性で性欲処理をしたかっただけなのだ。死なないようにご飯は与えられるけど、そんなものがあってもこの現実は変わらない。



 この世界にやってきて、どれくらいの時間が経ったのか、さっぱりわからない。帰りたい、帰りたい。ねぇ、神様ってものがいるなら、私を帰して…。あの温かい家に帰して。あの温かい学校に帰して。



 家族に会いたい。友達に会いたい。この場所はもう、いやだ。

 誰か、助けて、助けて、助けて――っ。帰りたいよ、帰りたいよ。私はいつも、そうして泣く。






 それからまたしばらくたった。その頃には、もうすっかり泣く事が出来なくなっていた。感情の欠如とも言うのだろうか。ただ、お母さんに、お父さんに、友達に会いたいと何度も何度も願ってた。



 ずっと、ずっと――……。でも、もういいの。わかったから。帰れない事ぐらい理解してるから。



 この残酷な世界に、救いなんて存在しないんだってわかってしまったから。

 この世界に、私を連れてきたのが神様だというならば、私は神様を怨むよ。



 そして――、部屋の中に置かれた花のいけられた花瓶を、私は自分の頭に思いっきり振りかざした。



 この部屋には、あの買い取った男か、食事のための使用人以外ほとんど来ない。朦朧とした意識の中で、床が赤く染まっていくのがわかる。ああ、死ぬな、私とただ冷静に思った。



 ――――お母さんとお父さんに、もう一度会いたかった。



 そんな思いに、久方ぶりに涙を流す。



 ―――そうして、私は死んだ。

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