あなたが一歩進んだせいでこの世界は100年飛ぶ

ちびまるフォイ

ヤバめおじさんは世界の守護神

「あの……なんで四つん這いで歩いているんですか」


「ほっといてくれ! 私はこの世界を守っているんだ!」


ヤバイやつということは見た目でもわかったが、

面白半分で声をかけたのは間違いだったと確信した。


「それじゃ失礼します……」


「待て若人よ! そんなに私が二本の足で歩くのが見たいのか!」


「いや見たいというわけでは……」


「私の前に手を出したまえ」


体の前に手を出すと、四つん這いおっさんは立ち上がってハイタッチ。

それから嬉しそうに立ち上がって、歩き去ってしまった。


「ハイタッチの意味は!?」


おっさんが去った夕日に向かって叫んでも遅かった。

時間を見ようとスマホを開くと年数表示がバグっていた。


「にっ、2120年!?」


ネットを見ても2120年と100年進んでいる。

あのハイタッチで進んだのか。


驚きのあまりよろついて後ろに一歩下がった。

目の前で年数表示が「2220年」に切り替わる。


もう一度、足を上げて、ふたたび地面につける。


「2320年」に切り替わった。


「い、一歩ごとに100年進んでる……」


そのことに気づくともう動けなくなった。


この状態で家に帰ったら1000年以上の時間が流れかねない。

俺の住んでいるボロアパートなんてとっくに壊されているだろう。


このまま木のように棒立ちで生涯を終えるなんてまっぴらだ。


「もしもし? タクシー会社ですか? タクシーを1台お願いします!

 いいえ、近くに停めるのではなく俺の目の前まで来てください!

 俺が一歩も地面を踏むことなくタクシーに乗車できる距離まで!!」


タクシー運転手はヤバめの客が来たと警戒心を顔に出にしながらもやってきた。

けして地面に触れないように乗車する。

タクシーで足をつけても時間は進まなかった。


「……やっぱり。地面じゃないと100年進まないのか」


「お客さん、どこまで行くんですか?」


「町の中心部まで! 将来、あらゆる研究の中心地となるような場所へ!」


「抽象的ですね……。とりあえず都会へ行きます」


タクシーは町の中心で止まった。

降りて両足をつけると200年進んだ。


「すっげぇ……! ここが中心地……!」


科学技術はますます進んで見慣れない建物が立ち並ぶ。

行き交う人は俺の服装の時代錯誤ぶりに時代劇の撮影かと聞いてきた。


「それより、この町で一番科学技術が進んでいる場所はどこですか! 大切な用があるんです!」


「そりゃあっちのサイエンス研究所が一番だよ」


「ありがとうございます! それじゃそこまでおぶってください!」

「なんで!?」


おぶさりながら研究所にやってきた。

そこにいる研究員に自分の1歩で100年進む力を説明した。


「というわけです。おぶさりながら失礼ですが、俺を治してください。

 もとの時代に戻れなくとも、この世界では普通に暮らしたいんです」


「わかりました。それではあなたから能力を失くすために協力しましょう。

 こちらのベッドに寝てください」


ベッドに寝かされるとあれやこれやの機械がつながれて解析が行われた。


「実に不思議ですね。あなたの一歩で100年進む。

 しかし、あなたは歳を取らないとは」


「それが最大の悲劇ですよ……」


「未来を見てみた感想はどうですか?」


「俺は古い人間ですからどうも馴染めなくって……。

 でも未来だからこそ、こうして優れた科学技術で治療してもらえるんですね」


「終わりましたよ」


「……あの、終わったんですか? なんか足の感覚がないんですけど」


科学者たちはにやりと笑った。


「どれだけ科学技術が進んでも我々では時間を進めることなどできない。

 しかし君は一歩歩くだけで時間を進めるそうじゃないか。

 こんなに貴重で便利な力を治療するなんて科学への損失だ」


「だ、だましたな!!」


「大丈夫、たいしたことはしてない。

 我々のボタンで君の足を好き勝手制御できるようになっただけだ。

 君はタイムマシンとなったのだよ」


科学者たちはコールドスリープ装置を俺以外の人数分用意した。


「それでは我々は100年後まで眠ることにしよう。

 私達がここへ入ったら100年進めてくれたまえ」


コールドスリープ装置の蓋が閉じる。

体に埋め込まれた電極が勝手に動かしてくる。


ベッドから起き出して片足だけをチョンと地面に触れた。


一瞬だけまばゆい光に目をつむった。

次に目を開けたときにはもう研究所などなかった。


「こ……ここは……!?」


悪い科学者が眠っていたコールドスリープ装置もなくなっていた。

研究所は跡形もなく消えており、高い建築物もない。

周囲一帯はガレキの山となり赤黒い光がそこかしこから漏れていた。


「これが100年後……」


大規模な戦争が起きたのか、隕石がぶち落ちてきたのか、異星人の攻撃なのか。

原因はわからないがすでに町は復旧できない状態。


次の100年後には、と望みをかけて片足をおろした。


100年後も同じ風景が続いていた。


「もう一度!」


100年後、ガレキはグズグズになって土に還り始めている。

もうどこにも人の活気など無い。


もう100年。

もう100年。


その場で足踏みして100年ごとに周囲の変化を確かめる。

もうどこにも人間の痕跡などなくなっていた。


未来に来ているはずなのに、原始へと戻っている気分になる。

この先どれだけ時間を進めても永遠に一人だろう。


その事実を知ったとき、どうして自分が生きているのかわからなくなる。


これからどこへ行こうとも、時間が進むので同じ場所には戻れない。

治してくれる人も、癒やしてくれる動物とも一歩歩けばもう出会えない。


「もういいや……こんな世界……」


その場で運動会の行進でもするように足踏みを始めた。

めまぐるしく周りの風景は変化してゆく。


このまま地球がなくなるときまで時間を進めてやる。

そのまま自分の人生を終えてやる。


足踏みはどんどんスピードを上げてゆく。

アスリートのモモ上げのようになったときバランスを崩して後ろに倒れてしまった。


「うあっ! っとと!」


とっさに出した両手で背中からモロに地面へ倒れることを防いだ。

そのとき、目の前に生い茂っていた木がどういうわけか苗木へと戻っている。


自分の中で生まれた疑問を確かめるために一度立ち上がると、

地面にそっと片手をつけた。


今度は苗木はなくなり、周囲の木々は高さが低くなっている。

それはまるで……。


「時間が……戻ってる!?」


両手を使って地面を叩きまくる。

みるみる俺の周りの時間は戻り始める。


木々が生い茂っていた未来から、荒廃した未来、そして科学技術の未来へとさかのぼってゆく。


「まだだ! もっともっと戻ってやる!」


さらに地面に何度も手をうちつけた。

ついに俺の時代へと戻ることが出来た。


見慣れた建造物に自分と同じ時代の服装。

それを見たとき、まるで実家のような安らぎを感じた。


「ああ……もう一歩たりとも、この時代から離れるものか……!」




◇◇◇



ある日、私が公園を歩いているとヤバめのおじさんがいた。


右手右足をあげて地面につける。

左手左足をあげて地面につける。


そうしながら四つん這いで進んでいるのだ。


「あのぅ……いったい、なにをやっているんですか?」


私は心配して声をかけると、ヤバめのおじさんは叫んだ。



「ほっといてくれ! 俺はこの時代に生きたいんだ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが一歩進んだせいでこの世界は100年飛ぶ ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ