【番外編:聖女の恋】ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!
青星 みづ
第1話 出会い
あの時、あの場所で……私達は出会った。
土砂降りで降り注ぐ雨の中、傘も差さずに立ち竦む彼を見て、自然と体が動いていた。
メルファが彼の元へ近付いて行くと、背後からそっと傘を差し出した。
艶やかな薄紫色の髪が揺れ、彼が後ろを振り返る。
2人の視線が重なった。
メルファはその美しいアメジストの瞳に思わず目を奪われる。
その時間は一瞬だったかもしれない。
でも、メルファには
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
あれからカークの事が頭から離れないメルファは、自然と彼の姿を目で追う様になっていた。
なぜあそこで雨に打たれて立ち尽くしていたのか……。
後ろ姿を見た時、メルファはカークが泣いているのではないかと思った。
でも、振り返ったその瞳には涙はなく、何を考えているのか分からないほど無表情だった。
あの後カークは張り付けた様な笑顔を浮かべると、取り繕った様な言葉を並べてそのまま立ち去っていった。
だがその後、彼を目で追い掛けているといくつか気が付いた事がある。
彼は時折、物思いに更けている事があった。
その表情は暗く、何か思い詰めている様にも見えた。
そして友人達と話す時に見せる本当の笑顔。
いつも冷静で表情があまり変わらないと言われている彼だったが、見ていると決して感情を見せない訳ではないのが分かった。
メルファは入学してから1カ月経った今でもあの時の姿が頭から離れてくれなくて、ついついカークを目で追っていた。
魔力の成績で決められた生徒会にはカークもいた。
今回は王太子がいるという事もあり、1学年が生徒会を務める事になったという話だった。
今年の生徒会室のメンバーは恐らく将来この国を担う事になる側近候補達だ。
そんな中、なぜ自分がそのメンバーに選ばれたのか全く分からないメルファだった。
確かに今年聖なる乙女として選ばれたし、魔力も高いとは言われていた。
本当にそんなに私は魔力が高いのだろうか?
それで選ばれるものなの?
よく分からない。
でも、選ばれたからには無責任に務める訳にはいかない。
立派に貴族として生徒会役員として学園生活を送ってみせるんだから!
そんな決意の下、メルファは忙しい日々を送っていた。
そして現在、生徒会室でカークと2人きりだった。
メルファの心臓がドキドキと早鐘を打ち、手には汗が滲んでいた。
なぜそうなるのか、メルファは自分自身の事なのによく分からなかった。
ただ、この静まり返った空間にいたたまれなくなり、遂にメルファが口を開いた。
「み、皆さん、遅いですね。」
少し声が裏返った。
メルファは恥ずかしくて顔を真っ赤にさせた。
絶対に相手に緊張しているのを気付かれた!
書類に目を落としていたカークはその声に顔を上げると、メルファを見詰めた。
その全てを見透かす様な澄んだ瞳で見詰められ、メルファは更に落ち着かない気持ちになる。
そしてカークがゆっくりと口を開いた。
「……そんなに、私が怖いですか?」
「え?」
「いつも私が近くにいると、あなたは緊張している様ですから。」
その瞳に少し悲しみの色が浮かんでいる様な気がした。
メルファが慌てて否定する。
「そんな事っ……ないです。こ、怖くなんてっ」
むしろ興味深々ですからっ!
と叫びたいのを何とか堪えて、メルファは机に置いてあったお茶を注ごうとティーポットに手を伸ばす。
だが手元を狂わせてしまい倒れそうになったので、メルファが慌ててティーポットを掴んだ。
「熱っ!」
メルファは熱さのあまり思わず叫び手を放すと、ティーポットは床に転がってお茶が零れてしまった。
「大丈夫ですかっ」
カークが慌ててメルファの側に寄ると、その手を掴んだ。
「っ……!」
メルファは言葉にならない動揺で、口があわあわと震えた。
手!
手がっ……!
ユリゲル様の手がっ!
私、今手汗がひどいのに、は、恥ずかしいっ。
メルファは思わずその手を振り払うと、自分に回復魔法を施した。
そして苦笑いをしながら言った。
「私は回復魔法が得意なんです。だから心配無用ですから。すみません、零してしまって……直ぐに片付けますね。」
そうして立ち上がり、拭く物を取りに行こうとするとカークが言った。
「あなたは……私の事が嫌いですか?」
その言葉に驚いて、思わず彼を振り返った。
「そ、そんな事ありません。」
「遠慮はいりません。正直に言っていただければ、なるべく話し掛けない様にします。私の事を苦手だと思う人は少なくないですから、あなたが私を嫌いだと言ったとしても、私は何とも思いませんよ。」
カークが無表情でそう告げるので、メルファは言葉に詰まってしまった。
私が嫌いだと言っても何とも思わない。
つまり、私の事なんてどうでもいい存在なんだ……。
なぜか急に胸が痛んで苦しくなった。
息が上手くできない。
すると自然と涙が溢れて、一雫の涙が零れた。
メルファは慌てて涙を拭うと、彼の視線に耐え切れなくなり立ち去ろうとした。
だが、カークがそれを許さなかった。
カークはメルファの手を掴んで引き留める。
「どうして……涙を流すのですか?」
顔を逸らしたままメルファが答えた。
「泣いてませんっ。これは、目に何か入っただけです。」
カークはメルファの手を放す事なくしばらく黙って見詰めていたが、やがて口を開いた。
「そうですか……。なら、よく見せてください。」
カークがそう言って強く手を引いたので、メルファの体がカークの元へと引き寄せられた。
そしてカークの両手がメルファの頬を包み込むと、カークの顔が触れそうなほど近づいてきた。
メルファは大きな瞳を更に見開いて、宝石の様に輝く美しい瞳を凝視する。
あまりの近さに頭の中がひどく混乱して、眩暈を覚えた。
「……特に何か入っている様には見えないですね。」
カークが言った言葉でメルファはようやく我に返ると、強く胸を押して彼の両手から逃れた。
そして咎める様に言った。
「カ、カーク様っ」
「何でしょう?」
「じょ、女性に対して近すぎると思いますっ」
「そうですか?」
彼は首を傾げながらも、瞳にからかう様な色が滲んでいた。
その視線にメルファが気が付くと、声を荒げて言った。
「私を、からかったんですねっ!」
その言葉に、カークが声を出して笑った。
突然のカークの笑い声にメルファは目を見張って驚いた。
彼が笑っているなんてっ!
いつもほとんど感情を見せない彼が笑っているのを見たのは、もちろんこれが初めてだった。
「すみません、フランツェル嬢。あなたがあまりに私の事を意識している様でしたので、つい出来心で。」
「っ!」
怒りや羞恥心で、メルファは頭が沸騰していくのが分かった。
そんなメルファを見詰めながら、カークはふと目じりを細めて優しい瞳になった。
「こんな事をするのは……あなただけです。」
その言葉にメルファの頭がドッカンと暴発した。
どういう事?!
それって……いやいや、またからかわれているのかもしれない。
ダメだ!
これで顔を真っ赤にして動揺すれば、彼の思う壺よっ。
ま、負けないっ!
何に張り合っているのかよく分かっていないメルファだったが、何とか気持ちを落ち着けて睨む様にカークを見ると言った。
「自意識過剰ですからっ。ただ雨の時の様子が気になっただけです!でも、その調子なら全然心配する必要なかったみたいですねっ。心配して損しました!」
メルファは雨の出来事に触れてはいけないと気遣っていたが、敢えて彼に嫌味に聞こえる様に言ってやった。
だがカークはその言葉にフッと優しい笑みを浮かべる。
「心配してくれていたんですね。嬉しいです。」
予想外の返答に、メルファは声を詰まらせる。
なんでそうなるの!
そうじゃない、そうじゃないから!
でもメルファはこれ以上言ってもカークに勝てる気がしない。
「もういいです!」
メルファはそう言い放ち、踵を返すとカークを背にして歩き出した。
すると後ろから声を殺して笑っている気配を感じた。
まさか、あんな人だと思わなかった!
もっと大人びた人だと思っていたのにっ。
もう……ほんと知らないっ!
メルファはカークを無視する事に決め、拭く物を求めて部屋を後にした。
でも、彼女は知らない。
完全にカークに弄ばれている事を。
そして、何よりカークすら知らなかった一面を引き出していた事を……。
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