色と少年
なるこ葉
第1話
「色と少年」
あるところに色を盗まれた少年がいました。
色が盗まれた日から、少年の目は変わってしまいました。
口に入れるものは全て不気味で、食べるのも一苦労。
誰とも話さず、誰とも目も合わさず生きていました。
ある日、少年は怖い夢を見ました。
家にいるのが怖くなり、久しぶりに外に出ました。
上を見上げると、今にも吸い込まれそうな闇。
下を見ると、泥のように闇がまとわりつきます。
少年は目を閉じて、うずくまりました。
「こんな世界、もういやだ!!」
少年の声は色のある世界の人は誰も聞こえません。
「いやだ!いやだ!いやだ!!」
ふと目を開けると、何かが足元に転がってきました。
「なにこれ?」
少年はそれを拾い上げました。
すると、指先がじんじんする感じがしました。
「拾ってくれてありがとう」
声の方を見ると、三つ編みの少女がかごを持って立っていました。
少年がきょとんとしていると、少女はにっこり笑いました。
「落としちゃって。あなたが拾ってくれてよかった」
少年は立ち上がり、少女に拾ったものを渡しました。
少年の指から離れた瞬間、黒いものは真っ赤なりんごに変わりました。
色のない少年には何かはわかりません。
歩きだそうとすると、少女に手を掴まれました。
「待って!これはお礼よ」
少女は少年の手を取り、イチゴを一つ乗せました。
少年は少女の笑顔を見つめた後、手に持ってるものを見ました。
「あか」
少年の目がだんだんきらきらと輝いていきます。
「そうね。きれいな赤よ」
少年はイチゴを口に放り込みました。
もぐもぐと動かしているうちに、涙がこぼれてきました。
「なぜ泣いてるの?」
「おいしい」
こんなにおいしいものを食べたのはいつぶりだろう。
少年は涙をごしごしこすりました。
すると、目の前を通った女性のワンピースに目を奪われました。
「あか」
となりの花屋のバラも、果物やさんのリンゴも。
「あか、あかだ」
目に色が映ったのです。
「変なの!赤は赤よ」
少年ははっとしました。
「僕の声が聞こえるの?」
「ええ、聞こえるわよ」
胸が熱くなり、また泣き出してしまいました。
「泣き虫さんね」
少女はハンカチを取り出して、少年の顔を拭いてあげました。
「私、もう行かなきゃ。またね」
ハンカチを少年に渡し、行ってしまいました。
もう一度目を開けると、世界から色はなくなっていました。
「どうして……」
ハンカチを握りしめ、少年は家に帰って行きました。
それから少年は少女に会うため、毎日外に出ました。
いつ会ってもいいように、ハンカチを持って、磨いた靴を履いて。
「あの子に会えば、また色が見えるかもしれない」
少女の笑顔、イチゴの味、色のある世界。
少年は忘れられませんでした。
ある日、いつも通り少女を探していると、
「おい」
と、声が聞こえました。
見上げると、青年が少年を見下ろしてました。
「毎日ここで何してんだ?」
少年は自分に話しかけられたことに驚き、思わず走り出しました。
「待てって!」
青年は追いかけてきて、少年の腕を掴みました。
「何か探してんのか?」
少年は首を縦に振りました。
「手伝ってやるよ。お前、毎日必死に探してるから気になってたんだ」
少年はようやく、青年の顔を見ました。
青年はにかっと笑っていて、まぶしく感じました。
思わず目を閉じました。もう一度開くと、目の前に真っ青な空が広がってました。
「うわあ……」
思わず声が漏れました。
目の前に広がる、どこまでも青い空。
その美しさに目を奪われてしまいました。
「どうした?」
少年は、ようやく言葉を発しました。
「昔色を盗まれたんだ」
「色を?」
「でも、今、見えるんだ。空の色」
話ながら涙が溢れてきました。
青年は少年の頭をぽんっと撫ぜました。
「じゃあ、おれの色、分けてやるよ」
青年はそう言うと、少年のおでこに指を当てました。
頭がふわふわして、暖かいものが流れ込んできます。
少年の目に、青が戻ったのです。
「あ、ありがとう」
少年は袖で涙を拭きました。
「ハンカチ、使わないのか?」
「これは借りたものなんだ。これを返すためにここにきてるんだ」
ハンカチを握りしめ、空を見上げました。
「よし、手伝ってやるよ!」
少年の手を握り、青年は歩きだしました。
「どうして」
「ん?」
「どうして助けてくれるの?」
「お前、困ってたから」
青年はそう言って笑いました。
「困ってるやつ助けるのは当たり前だろ?」
それから青年は少年をあちこち連れて行きました。
色を盗まれたことを話して、たくさんの人が少年に色を分けてくれました。
少年はどんどん瞳に輝きを取り戻していきました。
「色のある世界って、こんなにまぶしくてきれいなんだ」
少年は久しぶりに楽しくなってきました。
日が暮れて、外は夕焼け空になりました。
空を見上げていると、心地いい光に包まれている気持ちになりました。
「今日は遅いから、もう帰ろう。また明日な」
青年はそう言って去っていきました。
少年も色がある家に帰りました。
色のある食事はなんともいえぬ美味しさでした。
眠りにつき、色のある夢を見ていました。
しかし、突然黒い波が襲ってきたのです。
目を開けると、色はまたなくなっていました。
「うわあああああああ」
少年は叫びながら家を飛び出しました。
夜の闇は特に深く、少年は飲み込まれてしまいました。
朝になると、町の人が集まっていました。
真っ黒になった少年がぐったりと道に倒れていたのです。
青年は少年を見て、泣き叫びました。
「ごめん、助けてやれなかった」
泣き声を聞いて、かごを持った少女が現れました。
少年が持ってるハンカチを見て、少女は驚きました。
「ずっと待っててくれたの?」
少女は涙を流しながら、かごから花を取り出しました。
黄色、緑、紫、ピンク、オレンジ、青。
少年の周りに一つ一つ、並べていきました。
最後に赤い花を少年の胸元に置きました。
すると、少年の胸元に花の色が映り出しました。
「色が!」
青年はみんなに呼びかけ、たくさんの花を集めてもらいました。
「たくさんの色をこの子に!」
みんなどんどん花を集め、あっというまに少年の周りには美しい花畑ができました。
すると、少年の体に色が戻り始めました。
「色をなくさないで!もうこの子から色を盗まないで!」
少女は必死に祈りました。
少年の体がぱっと光に包まれて、ゆっくり起き上がりました。
「よかった!」
少女は少年を抱きしめました。
少年は少女に笑いかけて、抱きしめ返しました。
「これ、ありがとう」
そう言った少年の顔は真っ赤で、みんなでたくさん笑いました。
この日から、少年の世界から色がなくなることは、二度とありませんでした。
色と少年 なるこ葉 @mandr
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