第598話 F級の僕は、頼博文の“説得”を受ける


6月24日 火曜日E4-10



ゆっくりと歩き始めた僕達に、頼博文ライポゥウェンが呼びかけてきた。


「中村隆君。曹悠然ツァオヨウランと彼女から渡された品々を私達に引き渡して欲しい。君の強さはよく知っている。我々としても、出来れば強硬手段には出たくない」


壁まではあと10m弱。

僕は素早く床に視線を這わせてみた。

そして今いる場所から数m程離れた場所にキラリと光るオロバスのメダルを見つける事に成功した。


「【影分身】……」


【影】が1体、滑るように出現し、そのメダルを拾い上げると僕の所に戻って来た。

その間、頼博文に特に変わった動きは見られない。

僕は慎重に壁に近付きつつ、曹悠然に囁いた。


「ところであそこに立っている……ライさん……でしたっけ? 彼の能力を教えてもらっておいてもいいですか?」

「彼は自身が発する特殊な“声”、或いは自身が演奏する楽器の音色に、対象に対して様々な効果を及ぼす事の出来る魔力を織り込む事が出来ます。具体的には“声”や音色で、相手を幻惑の檻に閉じ込めたり、技能スキルや魔法の発動を妨害したり、耐性の無い相手を即死させたり……とにかく、おおよそ考えられるありとあらゆる現象を引き起こす事が可能です」


それは……

さすがはS級というだけはあるけれど、かなり厄介な能力なのでは?

もし彼がその特殊な“声”を今、僕達に対して使用してきたら……


彼女がそっと微笑んだ。


「ですがご安心下さい。彼の能力は、私の能力と極めて相性が悪いのです」

「相性が悪い?」

「詳しい説明は省きますが、私があなたを能力で支援し続けている限り、彼の“声”も音色も、あなたには決して届きません」



話している内に、トンネルの断面第593話と同じ、高さ約8m、幅約15mの壁が大きく近付いてきた。

壁は何かの金属で出来ているらしく、鈍く無機質な輝きを放っている。

左右の隅にはそれぞれ1カ所ずつ、人が出入り出来そうな扉が設置されているのが見える。

しかし壁まで距離にして5m程まで近付いても、頼博文は何の行動も起こさず、ただ、僕達の様子を眺めているだけ。

その事に軽い違和感を抱いたけれど、とにかく僕は彼女との打ち合わせ通り、彼を少し“挑発”してみる事にした。

挑発に乗って、頼博文が壁の向こう側に控えているであろう彼の仲間達をこちらに雪崩れ込ませてくれれば、その隙を突いて、僕達が逆に壁の向こう側に侵入出来るチャンスが生まれる。


「それにしてもさすがですね。秘密裏にこんな凄い施設を作れるのに、裏ではテロリストと繋がっているなんて」


数m先に立つ頼博文が、わざとらしく嘆息した。


「なるほど。曹悠然が君にそう話した、という事だね?」

「彼女から聞いたというより、僕の個人的な感想なんですが」


何の前触れも無く、いきなり自動で障壁シールドが発動した。

そして障壁シールドの外を……



―――バリバリバリ……



あの雷撃の嵐が再び埋め尽くしていく。


孫浩然ハオラン=スンのアバターによる攻撃!

もしかして、図星を突かれて開き直った!?


しかしその雷撃はほんの1~2秒で再び消え去った。

戸惑っていると、頼博文が口を開いた。


「つまりこの雷撃もテロリスト孫浩然の能力による攻撃だ。曹悠然は君にそう伝えたのだろ?」


僕は頼博文を睨みつけた。


「……ご存知とは思いますが、僕はこの雷撃の嵐を一度、日本のダンジョン田町第十で経験済みです。そしてその時、孫浩然ハオラン=スンのアバターにされていた男性を取り押さえ――本当は『エレンの腕輪』のMP補充のため、僕が【異世界転移】している間にティーナさんが取り押さえてくれたんだけど――ました。彼女の言葉が無くとも、あなたがテロリスト孫浩然操り人形アバターを“同伴”しているのは明白ですよね?」


頼博文が、壁の上部を指差した。

釣られて視線を向けると、そこには巨大な電極のような装置が取り付けられている事に気が付いた。


「今の雷撃、実際はこの場所に無断で近付こうとする者に対し、自動で発動される防御機構によるものだ。テロリスト孫浩然の能力やアバターとは何の関係も無い」


……本当だろうか?


頼博文が冷ややかな雰囲気になった。


「中村隆君。君はここ4日間、特別に友諠ゆうぎを結んでいるはずの複数の人物……例えば、関谷詩織やエマ=ブラウンといった女性達と一度も連絡を取れてはいない。違うかね?」

「それは……」


そもそもこの“潜入破壊大作戦”そのものが、僕に生じている“異常事態”――理由不明に【異世界転移】出来なくなり、曹悠然が死ぬと、これも理由不明に過去のある時点へと強制的に巻き戻る――解消のためのもので、エマティーナさんはともかく、関谷さんを最初から巻きもむつもりは無かったわけで。

しかしもちろん、そんな話をここで馬鹿正直に持ち出すわけにはいかない。


言い淀んでいると、頼博文が畳みかけてきた。


「曹悠然の協力者であり、同じく『七宗罪QZZ』の構成員の一人、呉沐陽ウームーヤンが手配した貨物船……」


ウーさんの名前が出たからだろう。

隣で身を固くして僕に寄り添っている曹悠然の身体がぴくっとねた。

それに気付いたらしい頼博文が、口の端を僅かに歪めながら話を続けた。


「船内にテレビやインターネットといった、おおよそ外部の情報を取得出来そうな媒体は何一つ設置されていなかっただろ?」


僕はあの貨物船での船旅を思い返してみた。

頼博文の言葉通り、確かにテレビ等は設置されてはいなかったけれど、その理由について、彼女は孫浩然ハオラン=スン対策だという事を示唆していた。


「曹悠然が君をどう言いくるめたのかは正確には分からないが、事実として君はこの4日間、外部との接触を一切断たれた状況下にあった。しかも君自身にその不自然さを気付かせない形で」


言われてみればその通りだけど……


「老婆心ながら忠告するが、これは私やそこの女のように、諜報にたずさわる者にとっては古典的な手法だよ。正確な情報を遮断して、対象にり込みたい情報のみに接する事が出来るように誘導して、しかもその誘導者は対象と運命共同体のごとく振舞って見せる……」


頼博文がふところからスマホを取り出した。

それを右手で掲げて見せながら言葉を続けた。


「曹悠然と彼女が君に託した品々をこちらに引き渡すと約束してくれるなら、今ここで君の望む人物と電話で繋いであげよう。その者と会話を交わし、私とそこの女とどちらが正しいのか、君自身で判断してはどうかね?」


これは……?

ブラフカマを掛けてる

それとも本当に頼博文は『七宗罪QZZ』と無関係?

しかしもし頼博文が『七宗罪QZZ』と無関係なら、曹悠然こそが……

あ、いやいや、そう僕に思わせる事こそ、この男の思うツボなのでは?


とにもかくにも、僕は彼女を信じると決めたのだ。


隣から彼女が囁いてきた。


「中村さん。ライは元々、こうした交渉事の達人です。それに正直に告白すれば、あなたの裏切りを恐れる余り、あなたから外部との連絡手段を全て取り上げたのも事実です。ですからあなたが彼の言葉に動かされても、私にはそれを止める権利は有りません。ですがこれだけはお願いします。もし私をここで切り捨てるという判断をするとしても……つまり私がここで命を落としたとしても、そしてその際、あなたが巻き戻るかどうかに関わらず、この世界のこれ以上の混乱を食い止めるため、どうかあの黒い四角垂ピラミッドだけは破壊して下さい」


彼女の身体は小刻みに震えていた。

僕は彼女に囁きを返した。


「仲間を呼んでもいいですか?」


彼女が一瞬、キョトンとした雰囲気になった。


「仲間?」


しかしすぐに優しい表情になった。


「では、通信機、お返ししますね」


彼女が自分の荷物の中から『ティーナの無線機』を取り出した。

だけど僕はそれを手でそっと制した。

代わりにインベントリを呼び出し、そこから見た目も大きさもルービックキューブそっくりな黒い立方体――『ティーナの重力波発生装置』――を取り出した。

この装置、3日前第571話に一度、彼女には見せている。

ただ、説明を相当“端折はしょった”けれど。


「これ、本当は僕にとって切り札ともいえる、最も信頼出来る仲間をここへ呼び出せる装置なんです」



――◇―――◇―――◇――



次回、期待の“彼女”が満を持して登場!?


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