第592話 F級の僕は、再び船上の人となる


6月24日 火曜日E4-4



1時間後、僕と曹悠然ツァオヨウランは、いかにも年季の入っていそうな中型の貨物船に乗り込んでいた。

もちろん“乗り込んだ”とは言っても、実際は【隠密】状態で勝手に無賃乗船しちゃったって事だけど。

今の時刻は、北京時間で午前10時を過ぎたところ。

曹悠然ツァオヨウランが事前に調べたところによると、順調なら、つまり途中で“不測の”事態が発生しなければって事だけど、とにかく夜には秦皇島に入港出来るらしい。

後部甲板に設置された機器類の物陰に二人で並んで腰を下ろした後、曹悠然ツァオヨウランが改めてこれから僕達がどう動くべきかについての相談を持ち掛けてきた。


「研究所含めて、地上の構造物への侵入は比較的容易です。しかし問題は、そこからどう地下に向かうかです」


この旅路の最終目的地、秦皇島経済技術開発区に建つ研究所は、曹悠然ツァオヨウランもたびたび訪れた事がある――最深部に存在する黒い四角垂ピラミッドを創造したのは、他ならぬ彼女自身だ――そうで、建物のセキュリティーや構造などに関しては、熟知しているのだという。

夜間は一応施錠されるものの、国家安全部MSS職員に支給されている既製品のIDカードを使用すれば、誰でも簡単に解除出来るそうだ。


「でもその研究所の地下に、厳重に秘匿されている巨大施設が存在するんですよね? その入り口部分なのに、そんな簡単に入る事が出来て大丈夫なんですか?」

「大丈夫です」


曹悠然ツァオヨウランが澄まし顔で言葉を返してきた。


「元々、研究所自体は装飾見せかけですから」

「見せかけ?」

「張りぼて、飾り、好きな日本語に言い換えて頂いても構いませんよ。つまり、地下の最重要機密施設を覆い隠す以外の役割は与えられていないという事です。地下に通じるエレベーターの存在も、研究所の職員達には知らされてはいません」


どうやら、地下施設に関連する区画は、何らかの方法で隠されているって事らしい。


「話を戻しますが、研究所内、地下施設に通じる电梯エレベーターが存在する場所に到達するためには、特殊な安全设施セキュリティーが施された扉を、合計3カ所通過する必要があります」

「曹さんはそのセキュリティーを解除出来る?」

「正確な表現をすれば、解除の仕方は知っています。ただし“敵”は昨夜の時点で、私達が秦皇島に向かおうとしている事をはっきりと認識出来たはずです。そして恐らく私達の意図、つまり私達が黒い四角垂ピラミッドを破壊しようとしている事にも気付いているはずです。“敵”にとっても、あの黒い四角垂ピラミッドは非常に重要な意味を持っています。ですから彼等は当然ながら、私達が地下に向かう、もっと直接的な表現を使えば、黒い四角垂ピラミッドに近付こうとするのを全力で阻止しようとしてくるはずです」

「つまり途中、激しい戦闘を覚悟しないといけないって事ですよね」


対人戦は出来れば避けたいけれど、目的異常事態の解消達成の為には好き嫌いは言っていられない。

まあ、立ち塞がる相手を強引に排除するだけなら、【影】やら『ガーゴイルの彫像』やらを駆使すれば、死人は避けられるんじゃないだろうか。

そして黒い四角垂ピラミッドの破壊に成功して、僕に生じている異常事態を解消出来れば、当然ながらオベロンとの繋がりも回復するだろうし、最悪、あいつオベロンの力を使って転移で逃走する事も可能だろう。

その後はティーナさんと連絡取って、曹悠然ツァオヨウランとウームーヤン(本当に拘束されているなら救出して)の安全を確保して……


そんな事を考えていると、曹悠然ツァオヨウランが少し意外な言葉を返してきた。


彼等“敵”は全力で私達の意図をくじこうとはするはずですが、研究所の建物そのものが吹き飛ぶような派手な戦いは絶対に避けたいとも考えているはずです。元々、大した研究が行われていない“はず”の研究所で、そんな“大事故”が発生すれば、必ず人目を引いてしまいます。そうなれば研究所自体に何らかの疑惑の目が向けられ、結果、外部の人間に地下施設の存在を気付かれてしまうかもしれませんから」


なるほど。


「という事は、結構、僕達には有利?」


話を聞く限り、相手“敵”は全力を出せ無さそうな……


しかし曹悠然ツァオヨウランは首を横に振った。


「そうとも言い切れません」


そして僕に試すような視線を向けてきた。


「中村さん。登美ヶ丘第三ダンジョンで私の同僚裏切者達から襲撃された時の事、覚えていますか?」


僕はうなずいた。


「もちろん覚えていますよ」


思えば今回のこの旅路、あの時第565話曹悠然ツァオヨウランに“救出拉致?”された瞬間、始まったとも言えるわけで。


「あの時、平衡感覚に障害が発生していなかったですか?」


言われてみれば……

僕は改めて3日前の登美ヶ丘第三ダンジョンでの出来事を思い返してみた。

襲撃者達は最初、針状の物体で僕を攻撃してきて、それが無効と分かると車から飛び出してきて……


周囲の情景全てが軟体動物のようにグニャグニャにしなっており、地面の上に両手をついて、這いつくばる事しか出来なくなっていた。


「彼等があなたに対して使用したのは、非常に指向性の高い超音波を発する事の出来る音響兵器の一種です」

「音響兵器?」

「はい。特定の周波数の超音波は、人間の内耳に作用して、平衡感覚を狂わせる事が出来ます。哈瓦那ハバナ症候群についてはご存知ないですか?」


ハバナ症候群。

確か数年前、つまりまだ僕達の世界がこんな風に変えられる前、アメリカの大使館員とかが原因不明の頭痛や耳鳴りに悩まされた“怪現象”だったはず。

結局、はっきりとした原因は分からず仕舞いになっていたと思うんだけど、彼女が今、この話を持ち出してくるという事は、その時も同じような“音響兵器”が使用されたって事なのだろうか?


「中村さんが展開出来る障壁シールドの詳しい性能については分かりませんが、少なくとも、そうした非致死的な攻撃手段は、防御不可能なのではないでしょうか?」


言われてみればそうかもしれない。

障壁シールドが自動展開される状況下でも、割と頻繁に幻惑の檻に閉じ込められるし、実際、登美ヶ丘第三ダンジョン前の駐車場では、平衡感覚に問題が生じて、結果的に行動を封じられてしまっていた。


「 “敵”は恐らく強力な攻撃手段を用いて私達と正面切って戦うのではなく、そうした“からめ手”を使用して、私達の意図をくじきに掛かる公算が大だと思います」


それは非常に厄介な話だ。

とは言え……


「地下施設に向かうには、その研究所を通らざるを得ないんですよね?」


曹悠然ツァオヨウランは少しの間考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。


「実は……地下施設に入る事が出来る路线ルートは、もう一つ存在します」

「研究所を通らずに地下施設にアクセス可能って事ですか?」


曹悠然ツァオヨウランうなずいた。


「地下に衝突型加速器を建造する際、機材等の搬入路として掘削された隧道トンネルが、今も保养メンテナンス用に残されています」


彼女の話によれば、研究所から数百m程の場所に、京西ジンシー物流集団という中国でも有数の物流関係の会社が、一大物流センターを設けているらしい。

そこには中国全土に張り巡らされた物流網につながる巨大な倉庫群が立ち並んでいる……


「倉庫の一つは、研究所と同じく装飾見せかけです。内部には、先程お話ししました地下施設に繋がる隧道トンネルが隠されています。ただし……」


曹悠然ツァオヨウランが口ごもりつつ、言葉を続けた。


「こちらもやはり“敵”により厳重に管理されているはずです。そして残念ながら、私はその場所について、基本規格スペック以上の詳しい情報を持ち合わせておりません」


これは難しい選択だ。

一方のルートは、少なくとも曹悠然ツァオヨウランの道案内は期待出来るけれど、同時に、相手は僕の弱点をついた攻撃を仕掛けてくる可能性大。

そしてもう一方のルートは、曹悠然ツァオヨウランの道案内は期待出来ず、というより、そもそも情報が少なすぎる。

とりあえずそのトンネルについて、曹悠然ツァオヨウランが知っている範囲内の話だけでも聞き出してみよう。


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