第573話 F級の僕は、曹悠然とO府に向かう


6月21日 日曜日E13



「……今あなたが成すべき事は、目の前の数人の命を救う事では無く、一刻も早く事態を収拾し、この世界の混乱を止める事のはずです」


彼女の話を聞いている内に、僕の心も少し落ち着きを取り戻してきた。


先程いきなり突っ込んできた大型トレーラー。

状況から類推すれば、単なる“事故”では無く、曹悠然ツァオヨウラン、或いは僕と曹悠然ツァオヨウラン両方を狙った“攻撃”だった可能性は高い。

だとすれば、たとえ人助けの為といえども、あの場に留まり続けていれば、連続して攻撃されていたかもしれず、それはつまり、まだ生きていたはずの負傷者達に、文字通り致命的な結果をもたらしたかもしれないわけで……


そんな事を考えていると、ふいに曹悠然ツァオヨウランの表情が和らいだ。


「とはいえ、私はあなたの“情け”により救われました。一応、お礼は言わせて下さい」


どうやら彼女は、僕が展開した障壁シールドによって自分の命が救われた、と感じてくれているようだ。

しかし実際は、僕はあの時、能動的に障壁シールドを展開して彼女を護る事は出来なかった。

彼女が今、無傷なのは、彼女自身の機転で、僕との距離をゼロにしたお陰で、『エレンの腕輪』による自動防御の恩恵を“ついでに”受けられただけなのだが。


そんな事は知る由も無いであろう彼女が言葉を続けた。


「とりあえず、ここから移動しなければなりません」


確かに彼女の言う通り、いつまでもこんな林の中に留まっていても仕方ない。


「分かりました。それで、そうさんは先程、車でどこへ向かおうとしていたのですか?」

「実は、O府の北新地へ向かおうとしていました」

「北新地? もしかして、そこにそうさんの話していた『七宗罪QZZ』の関連施設があるって事ですか?」


しかし彼女は首を横に振った。


「違います。そこにいるのは、私が信頼出来る数少ない友人の一人です」

「中国の方ですか?」

「詳細は伏せさせて下さい。ですが信頼出来る人物である事は、私が保証します」


つまり僕の事は、まだそこまでは“信頼”してもらえていないって事なのだろう。

まあ当然と言えば当然とは思うけれど。


「では今から北新地に向かうって事でいいですか?」


彼女が少し難しい顔になった。


「そうしたいのですが……」

「どうしました?」

「問題はどうやって行くか、です」

「それなら、電車で……」


言いかけて、僕はある可能性に思い当たった。


「移動途中で再度攻撃される可能性が有る?」


彼女がうなずいた。


出租車タクシーを使った方が、まだ危険性は低いかもしれません」


僕は今更ながらの事を聞いてみた。


「素朴な疑問なのですが、『七宗罪QZZ』は、どうやって僕達を監視していたのでしょうか?」


彼女が少しキョトンとした表情になった。


「それは……中村さんの方が良く知っているのでは? そもそも私の車が監視されている事を教えてくれたのは中村さん、あなたでしたよね?」


まあ形の上ではそうかもしれないけれど。


「すみません。僕はただ、今までの“巻き戻り”の中で、そうさんの車が監視されていたと仮定しないと説明のつかない状況に何度も遭遇したので、そうお話しただけです。本当に監視されているか、もしそうだとすれば、どうやってという点に関しては、残念ながら分かりません」


3回目、そして恐らく1回目と2回目も、曹悠然ツァオヨウランの命を奪った拳銃男は、彼女を“僕のアパートの前で”待ち伏せていた。

4回目、僕と曹悠然ツァオヨウランが乗った車を狙い撃ちするかの如く、切れた高圧電線が襲い掛かって来た。

そして5回目も、僕と曹悠然ツァオヨウランが乗った車のカーナビが突然火を噴き、彼女が車外に出た瞬間、狙いすましたかの如く殺された。

いずれの場合も、少なくとも曹悠然ツァオヨウランの車が何らかの方法で監視されていた、と考えないと説明が付かないはず。


彼女が言葉を返してきた。


「なるほど……とはいえ実際、今もこうして攻撃された大型トレーラーわけですし、私の車が元々監視されていたのはほぼ間違い無いでしょう。実際の監視に当たっては、衛星、GPS機能付きの装置、上空から無人機ドローンを使用する等、様々な手段が考えられます。問題は、私自身が監視されているかどうか、ですね……」


なおも何かを考えている雰囲気の彼女を見ている内に、僕は突飛も無い案を思い付いた。

そしておずおずとその“思い付き”を口にしてみた。


「え~と、実はですね。僕は姿を隠すスキルも持っているんですよ」

「姿を隠せる技能スキル?」

「はい。こんな感じで……」


話ながら僕はスキル【隠密】を発動した。

たちまち僕自身の姿が周囲に溶け込んで行くのが感じられた。


彼女が大きく目を見開くのが見えた。


僕はスキル【隠密】の発動を停止してから言葉を続けた。


「で、このスキルを使用すると、僕の荷物も一緒に周囲の人々からは見えなくなるんですよ」

「……続けて下さい」

「それで、実はこれは何回か試したので確実なのですが……」


話しながら、僕はインベントリを呼び出した。

そしてそこから、いささか懐かしさを覚える麻袋を取り出した。


「この麻袋の中に曹さんが入って、それを僕が手に持った状態でこのスキルを使えば、僕達の姿を周囲から覆い隠す事が出来るんですよ」

「……つまり、その状態で北新地に向かう、という事ですか?」


心なしか、彼女は少し嫌そうな顔をしている。

多分、今一つ信用しきれていない僕に、自分が“袋詰め”にされる、というのが、その表情の原因だとは思うけれど。


「そうなんですけど、具体的には、信号待ちしているO府方面に向かうトラックの荷台とかに、こっそり乗り込んでしまえば、そんなに苦労しなくてもO府に向かえるんじゃないかな~と……どうですか?」


我ながら良い案だと思うんだけど。

【隠密】状態を維持するには、1秒間にMPを1消費第66話する必要がある。

しかし僕は今、頭に巻いている『エレンのバンダナ』の効果で、MPを1秒間に1ずつ自動回復第182話出来る状態にある。

つまり【影分身】やら他のスキルを発動しなければ、僕は半永久的に【隠密】状態を維持出来る計算だ。


問題は、彼女が大人しく麻袋に入ってくれるかどうかだけど……


曹悠然ツァオヨウランが目を閉じた。

数秒後、再び目を開けた彼女が、言葉を返してきた。


「……分かりました。それでお願い出来ますか?」



30分後、【隠密】状態の僕は大きな麻袋を抱えて、O府方面に向かう中型のトラックの荷台の上で、積まれた資材にもたれかかるようにして座っていた。

トラックは、N県とO府とを結ぶ自動車専用道路を走っていた。

路面は当然ながら舗装されているけれど、本来、人が座る事を考慮していないはずの荷台の座り心地は、正直良くない。

時折突き上げるようにガッタンガッタン揺れる中、僕は麻袋の中に、もう何度目かになる声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


麻袋の中から、曹悠然ツァオヨウランのくぐもった声が返ってきた。


「大丈夫です。今、どの辺ですか?」

「今は……」


トラックはちょうど、県境の山を貫くトンネルへと入って行く所だった。


「もうすぐO府に入りますよ」



さらに1時間後。

都合2回、トラックを“乗り換えた”僕達は、北新地を徒歩圏内に収める場所で、最後のトラックを下りる事が出来た。

西日が、道行く人々を含めて周囲全てを茜色に染め上げていた。

その平和な日常を横目で見ながら、僕は【隠密】状態のまま、曹悠然ツァオヨウランが入った大きな麻袋を抱えて近くの公園まで歩いて行った。

幸い今の所、特に何事も無く順調だ。

そのまま公園内に設置されている多目的トイレに入った僕は、麻袋を下ろしてからスキル【隠密】を停止した。

麻袋から曹悠然ツァオヨウランが這い出してきた。


「お疲れ様」


僕の声掛けに、黙礼を返してきた後、彼女が問い掛けてきた。


「ここはどの辺りになりますか?」

「北新地の駅からは南に大体歩いて10分位の場所です」

「そうですか……」


彼女は少しの間、考える素振りを見せた後、自分の左腕を僕の右腕に絡めて来た。


「では案内しますので、友人の所に向かいましょう」

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