第563話 F級の僕は、ティーナさんと計画を練る


6月21日 日曜日E3



登美ヶ丘第三ダンジョンは、開発中の新興住宅地のハズレに位置する竹林の近くに生じたC級ダンジョンだ。

中規模の広さで、内部はポイズンリザードのような主に爬虫類系のC級――イスディフイ風に言えば、レベル40~50の――モンスターが徘徊している。

僕が到着した時、駐車場とその周辺に、他の人の気配は無かった。

僕は駐車場の隅にスクーターを止めると、そのまま揺らめく陽炎のような時空の歪み――ゲート――を通過してダンジョン内部に足を踏み入れた。

内部は、壁も床も天井も素焼きレンガのような素材で構成されていた。

このダンジョンも地球に生じている他のダンジョン同様、入ってすぐの場所はやや広めのホールのような空間になっていた。

そして薄暗いながらも、壁や天井が発する燐光によって、行動に支障をきたさない程度の明るさは確保されていた。



さてと……



僕は今の状況を再確認してみた。


今まで僕は5回の“巻き戻り”現象を“体験”して来た。


1回目は、部屋で鈴木が来るのを待っていた時、耳慣れない破裂音を耳にして、ティーナさんと一緒に玄関に向かった所で“巻き戻った”。

2回目は、部屋で鈴木が来るのを待っていた時、拳銃の発射音を耳にして、ティーナさんと一緒に玄関に向かった所で“巻き戻った”。

3回目は、部屋で鈴木が来るのを待っていた時、拳銃の発射音を耳にする前に、ティーナさんを残して部屋の外に出たら、不審な黒い車から出て来た小柄な人物が、拳銃の発射音の直後、頭を吹き飛ばされて殺される場面で巻き戻った。

4回目は、曹悠然ツァオヨウランの車でどこかに向けて走行中、高圧電線が突然千切れ飛ぶという“不慮の事故”が発生して、曹悠然ツァオヨウランが車ごと爆殺されるのを目撃した場面で巻き戻った。

5回目は、やはり曹悠然ツァオヨウランの車でどこかに向けて走行中、カーナビが突然火を噴き、緊急停車した曹悠然ツァオヨウランが車外に出た瞬間、頭を半分吹き飛ばされて殺されるのを目撃した場面で巻き戻った。


少なくとも、過去5回の経験から、そして曹悠然ツァオヨウランの、特に5回目の言動から、彼女とその死がこの“巻き戻り”現象を引き起こしているのは、ほぼ間違いないはずだ。

彼女はいずれの場合も、直接僕に会いに来ていた。

そして僕と二人きりなら、この現象に関する何らかの事項について、僕に説明する用意がある事を示唆していた。

いずれの場合も、彼女は恐らく孫浩然ハオラン=スン率いる『七宗罪QZZ』の手で殺されている。

ならばそれを阻止して、なんとか彼女と二人きり――と彼女が思える状態も含めて――になり、彼女が僕に伝えようとしていた何らかの事項を聞き出さないといけない。

そうすれば、もし万一、今後再び“巻き戻り”現象が発生したとしても、対処の難易度を大幅に下げる事が出来るはずだ。


そのためまず、僕はスマホに聞き耳を立てている――と書いて、当然、“盗聴”とフリガナを振るわけだけど――はずの孫浩然ハオラン=スンに、不自然に思われない形で曹悠然ツァオヨウランを呼び出す必要があった。

だから僕は、あえてスマホで曹悠然ツァオヨウランに僕の“予定”を伝え、そのままスマホでダンジョンの予約まで済ませたのだ。

こうする事で、孫浩然ハオラン=スン、そして曹悠然ツァオヨウランは、僕が今の時間帯、登美ヶ丘第三ダンジョンにもぐっている事、そして午後3時過ぎにダンジョンから出て来る予定である事が伝わったはず。


前回、曹悠然ツァオヨウランは僕の事を、臨機応変の対応力に欠けると評していた。

だからこそ、僕のスマホを使用した一連の行動に何か裏があるとは考えないだろう。

僕はあえて、ダンジョン終わったら連絡する、と曹悠然ツァオヨウランに伝えたけれど、彼女の今までの行動から類推すると、彼女は僕に直接会うため、必ず午後3時過ぎにはここへやってくるはず。

そしてそれに合わせて、恐らく孫浩然ハオラン=スン率いる『七宗罪QZZ』も動くはず。



頭の中で今の状況を反芻した僕は、改めて右耳に装着している『ティーナの無線機』を使用した。


「ティーナ」


待ち構えていたように、ティーナさんの囁きが返ってきた。


『Takashi、もうdungeonの中?』

「そうだよ」


話しながら、僕はインベントリを呼び出した。

そして収納してあった『ティーナの重力波発生装置』を取り出した。


「そろそろ来れそう?」

『All good! 準備出来たわよ』


僕は『ティーナの重力波発生装置』にMP10を込めてみた。

装置がほのかに発光して数秒後、すぐ傍の空間が渦を巻いて歪みだし、すっかり見慣れたワームホールが出現した。

そして謎の留学生エマに扮したティーナさんが、登美ヶ丘第三ダンジョンの中へと降り立った。

彼女は銀色の戦闘服を身に着け、大きなキャリーバッグを一つ手にしていた。


「お待たせ」


彼女が見せてくれたキャリーバッグの中には、分解された2機のドローンと映像を中継出来るノートパソコンが収められていた。


「で、今何が起こっているのか、改めて説明してもらえるのよね」



それからたっぷり30分程かけて、僕は都合、5回分の“巻き戻り”現象についてと、現在の状況とについてティーナさんに説明した。


「……そんなわけで、まずティーナにお願いしたいのは、曹悠然ツァオヨウランに気付かれる事無く、彼女を警護する事なんだ。具体的には、僕はダンジョン内部に留まっているから、ティーナだけ光学迷彩で姿を隠した状態で、ダンジョン外の竹林かどこか、とにかく駐車場が見える場所で待機していて欲しい。ついでにドローンで空から周囲の状況も警戒。曹悠然ツァオヨウランが現れたら……って、多分、車に乗って来ると思うけど、不審な黒い車がこのダンジョンの駐車場に向かってきたら、無線機で僕に知らせて。その後、彼女が車から出る瞬間、もし狙撃、或いは攻撃されたら、時間を停めるか障壁シールドでその攻撃を妨害するか……とにかく、彼女が殺されないようにして欲しい。僕の方は、彼女が実際、ここへやってきたらダンジョンから出て彼女を出迎えて、そのまま一度このダンジョン内に彼女を呼び込んで、ここで話を聞こうと思う。ここなら、孫浩然ハオラン=スン、或いは『七宗罪QZZ』の構成員が、ティーナも把握していない転移能力を隠し持っていない限り、出入り口のゲートを見張るだけで、内部の安全は確保出来るでしょ? で、僕の方は、エレンの衣のフードで頭を覆っておけば、右耳に装着した無線機を見咎みとがめられる事も無いと思うから、逐次、彼女の話は無線機を使ってティーナにも伝える事が出来ると思う」


どうだろう?

我ながらなかなかの妙案だと思うのだけど。


ティーナさんが感心したような雰囲気になった。


「Takashiにしては考えたじゃない」

「そりゃまあ、5回も繰り返しているからね」


願わくは、今が“巻き戻り”前提の6回目にはなりませんように。


ティーナさんがやや悪戯っぽい笑顔になった。


「その案、少し修正加えてもいいかしら?」

「修正って?」

曹悠然caó yōu ránをこのdungeonの中に誘引出来たら、私も直ちに合流して二人で彼女を拘束する。拘束って言っても、私が彼女の時間を停めれば、彼女に気付かれる事は無いはずよ。その上で、握手で記憶を覗いてしまえば、数秒で全てを終わらせる事が出来る。もっとも、彼女の魔防の数値第319話が高ければ、記憶は覗けないかもしれないけれど。その場合、gateはあなたの【影】で見張らせて、私は光学迷彩使って姿を隠しておけば、すぐ傍で彼女の観察も出来るし、逐次、無線機を介して、彼女への質問事項もadvice出来るわよ?」


なるほど。

さすがはティーナさんだ。

確かにそっちの方が、よりスムーズに曹悠然から情報を聞き出せるかも。



こうして僕達は、ティーナさんの修正案に従って動く事になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る