第500話 F級の僕は、桂木長官が謎の存在Xについて語るのを聞く


6月19日 金曜日15



「モノマフ卿の件が上手くいったのは、精霊王殿の御助力あってこそです。ここはひとつ、精霊王殿の意向を尊重してあげてはどうでしょうか?」


ユーリヤさんの言葉を聞いたオベロンが、ユーリヤさんの方にがばっと向き直った。


「おぬし……意外と良い事を言うでは無いか?」

「お褒めに預かって光栄です」

「ふふん!」


オベロンが満足げな表情になった。


「ユーリヤとか申したな。まあ、人生を共に歩む云々うんぬんはともかく、おぬしがタカシの情婦になる位は応援してや……ウワァヤメ……」


僕は空中でオベロンを掴み取った。


「お前なぁ、喋る前にもう二百回位、その小さな頭の中で内容をよく吟味ぎんみする癖、付けた方がいいぞ?」

「何を言うか? わらわは何も間違った……モガフガ……」


僕はオベロンの口元を塞いでから、改めてユーリヤさんに頭を下げた。


「すみません。こいつがかさがさね、失礼な事を……」


ユーリヤさんが微笑んだ。


「気にしていないので大丈夫です。それに……」


彼女が僕の手の中で暴れているオベロンに、悪戯っぽい視線を向けた。


「この前はけんもほろろだったのに、とりあえず少しは応援してくれそうな感じになって頂けたようですし、私的にはむしろ一歩前進かな、と」


応援とか、一歩前進とか、ナンノハナシカボクニハワカラナイナ。

……

うん。

とりあえず話を元に戻そう。


「え~と、それではちょっと“倉庫”に行ってきますね」

「はい。シードル殿には、タカシさんが明日の夕方まで私用でお出掛けになられた、と伝えておきますので、ゆっくりしてきて下さって結構ですよ」

「すみません……あ、そうだ!」


僕は自分の右耳から『二人の想い(右)』を外して、ユーリヤさんに手渡した。


「僕の留守中、何かありましたら、これでアリアかクリスさんと連絡取って下さい」

「ありがとうございます」



ユーリヤさん、ララノア、ボリスさん、スサンナさん、そしてポメーラさんに見送られる形で、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



真っ暗なボロアパートの部屋の中に戻って来た僕は、部屋の明かりを点けてから、手の中のオベロンを解放してやった。

少し離れた場所にふわふわ移動したオベロンは口を尖らせ、僕に右の人差し指を突き付けて来た。


「おぬし! 毎度毎度、わらわを鷲掴みにするとは、どういう了見じゃ!?」

「それを言うならお前こそ、そのぶっ飛んだ価値観と発言、なんとかしろ」

「ぶっ飛んだとは何という言い草じゃ。わらわのどこがぶっ飛んでおるというのじゃ!?」

「まずその自覚の無さを修正するためにも、この世界の常識から勉強し直す事を強くお勧めするよ」


それはともかく、こいつとここで不毛な言い争いをしていても、話がさっぱり前に進まない。

なおも何か抗議の声を上げているオベロンを無視して、僕はテレビのリモコンに手を伸ばした。


「今からお前に御馳走食べさせてやる相談するから、その間はこれでも視て、大人しく……」


話しながらテレビをけた僕は、思わず画面に釘付けになってしまった。

画面の中では、ちょうど夜9時からのニュースが始まったところであった。



「……お伝えしていますように、富士第一での謎のゲートキーパー消失が、ついに100層に至った事が確認されました……」


メインキャスターが原稿を読み上げる画面の右上には、『謎の存在Xが関与か?』というテロップが表示されている。

スタジオには、見慣れた男女のメインキャスターの他に、あの、全国の均衡調整課を束ねる存在である桂木かつらぎ憲伸けんしん長官がゲストとして呼ばれていた。


女性メインキャスターが、桂木長官第205話に話を振った。


「長官、最初にゲートキーパーの謎の消失が確認されたのは、6月7日の斎原涼子総裁の率いるクラン『蜃気楼ミラージュ』による93層のゲートキーパー、ボティス討伐戦第268話の時でしたよね?」

「そうです。あの時、4日の偵察戦の時には確かに存在していたはずのゲートキーパー、ボティスが、何の痕跡も残さず消滅していた事が確認されました。そしてその後の追加調査によって、94層、95層、そして96層までのゲートキーパー達も時期不明ながらも消失、ないしは存在しない事が判明しました」

「本日午後の政府の発表によりますと、6月15日の時点では、97層のゲートキーパーは、その存在が確認されていた、とありましたが?」


桂木長官がうなずいた。


「クラン『蜃気楼ミラージュ』が、6月15日夕方に97層のゲートキーパーの間に到達し、偵察戦を行いました。ですからこの時点では、97層にゲートキーパー、ベレトが存在する事が確認されていたわけです」

「ですが、翌日の16日には消滅していた……」

「そうです。しかしその時点では、98層への転移ゲートは確認出来たものの、一層入口付近に存在する転移ゲートエレベーターを使用しての98層への直接的進入は不可能でした」

「確か一層の転移ゲートエレベーター、ゲートキーパーが健在な階層へは直接的な転移は不可能、でしたよね?」

「はい。ですから、この時点では、まだ98層のゲートキーパーの間は発見されてはいませんでしたが、ゲートキーパーの存在に関しては、確実視されていました。ところが、6月18日、つまり昨日の朝……正確には午前9時過ぎ、98層への転移ゲートエレベーターによる転移が可能になっている事が確認されました。

「つまり、98層のゲートキーパーも消滅した、と?」

「今までの経緯から類推するならば、そういう事になりますね。そして本日、6月19日朝の時点で、100層への直接転移が可能になっている事も確認されたため、こうして国民の皆さんにお知らせする事になったわけです」


複雑に入り組んだ時系列の説明を捕捉する為であろう。

画面にはフリップが呈示されていた。

そこには今、桂木長官が話した内容が、簡潔にまとめられていた。

って、まあ、僕にとってはその内容に新味しんみは無い。

富士第一で93層以深、100層までのゲートキーパー達を斃して回ったのは、他ならぬ僕達だからだ。


しかし……


話題は、ゲートキーパー達が“なぜ”次々と消失しているのか、に移っていた。


「桂木長官は夕方の会見で、謎の存在Xがゲートキーパー達を斃して回っている、とおっしゃっていましたね?」


桂木長官が、一瞬だけ視線を女性キャスターから外し、彼を正面からとらえているであろう、テレビカメラの方に向けて来た。

ちょうど僕と視線が合う位置に向けられた彼の顔に、かすかな笑みが浮かんだように感じられた。

有り得ないはずの話だけど、その微笑が画面のこちら側にいる僕(だけ)に向けられたもののように感じられて、知らず背筋がざわつく感覚に襲われた。


桂木長官はしかしすぐに視線を女性キャスターに戻すと、彼女に言葉を返した。


「我々均衡調整課は、最も蓋然性の高い可能性として、詳細不明な何者か……この何者かを我々は仮にXと呼称しているわけですが、そのXなる謎の存在が、何らかの目的でゲートキーパー達を斃して回っている、と考えています」

「そのXなる謎の存在について、均衡調整課、或いは政府の方では、どこまで把握出来ているのでしょうか?」

「ですから詳細不明です」


均衡調整課。

ゲートキーパー達を斃して回っている詳細不明の謎の存在X。

(僕の思い違いかもしれないけれど)桂木長官が一瞬見せた微かな笑み。


僕の脳裏に、この前、僕に行動確認への協力を求めてきた時の、四方木さんの言葉第362話が蘇ってきた。



―――私ども、その誰かさんが何の目的でゲートキーパー斃して回っているのか、ご本人が直接説明して下さる気になるまで待つ位の忍耐力は、持ち合わせておりますので。



僕はティーナさんと相談した上で、あえてその言葉に“乗っかる形で”、ベレトを斃す事になった。

もしかして四方木さんが、桂木長官に報告を上げたと言う事だろうか?

しかし以前、四方木さんは僕に関する詳細を、桂木長官には伏せてある、とも話していた第204話けれど……?


「タカシ?」


ふいにオベロンが声を掛けて来た。


「この“てれび”の中の者共は、なぜ神樹の話をしておるのじゃ?」


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