第494話 F級の僕は、ユーリヤさんにどぎまぎする


6月19日 金曜日9



オベロンの話によると、彼女が“視た”軍勢は州都リディアとここトゥマの街の丁度中間地点あたり、街道脇で食事を取っているのだという。

数は約3,000。

オベロンの言葉を借りれば、“エラそうな”軍旗が何本もひるがえっているのが“視える”らしい。


ユーリヤさんが微笑みを浮かべたまま、オベロンに問い掛けた。


「軍旗の意匠いしょう(※デザイン)は分かりますか?」

「ふん! なんでわらわがおぬし如き……ウワァヤメ!」


オベロンの羽根を引っ張る手に力を入れると、オベロンが涙目になった。

知らない人が見れば、極悪人が可憐な妖精少女をいたぶっている図になっているような気がしないでも無いが、ここは、いちいちユーリヤさんに失礼な態度を取るオベロンが悪い、と割り切るしかない。


ユーリヤさんが再び微笑みを浮かべたまま、問い掛けた。


「それで、軍旗の意匠いしょうは分かりますか?」

「意匠は……」


オベロンがしぶしぶ説明し始めた。


「双頭の龍が1本の剣を真ん中に蜷局とぐろを巻き合っておる」

「旗に飾り房はついていますか?」

「……ついておる」

「色は黄色で数は二つ?」

「……そうじゃ」

「やはり……」


ユーリヤさんが何かに納得したような顔になった。

そして、その場の人々に声を掛けた。


「どうやら、モノマフ卿自ら軍を率いてこちらに向けて南下中……といった所のようですね。精霊王殿の“視た”通りであれば、こちらの偵察隊の方で確認が取れるのは、早くて今夕という事になりそうです」


僕は心に浮かんだ疑問を口にしてみた。


「ユーリヤさんは、その軍勢を率いているのがモノマフ卿本人だと、どうして思われたのですか?」

「帝国軍では、率いる将の身分を、軍旗に取り付けられた飾り房で示す習わしが有ります。黄色の飾り房二つは、州総督モノマフ卿みずから軍中にある事を示すために用いられます」


ユーリヤさんが、再びその場の人々に向き直った。


「モノマフ卿のもとには、ここトゥマにモンスターの大群が押し寄せている事を告げる、キリルからの書状が最初に到着したはずです。そして少し遅れて私の出した親書も手元に届いたはず。恐らく彼としては、事の真偽を確かめるべく、自ら軍を率いてこちらに向かっている、と言った所でしょう」


そして席に座ると、周囲の人々にも席に着くよううながした。


「さ、まずは私達もお昼を頂きましょう」



昼食の席で、何人かの有力者達が、こちらに向けて接近中と思われるモノマフ卿の軍勢についての懸念を口にした。

言い方に違いは有れど、彼等が心配しているのは、“モノマフ卿が”なぜ、軍勢を率いているか、であった。

表面上は、モノマフ卿はモンスターの大群の襲撃を受けたトゥマの状況――おまけにキリルとユーリヤさんの書状は、それぞれ相反あいはんする内容だったはず――を心配して、わざわざ自ら軍を率いて駆け付けようとしているように見える。

しかし彼等の話から類推するに、どうやらモノマフ卿は軍事にうとく、軍を動かす必要がある場合は、ほぼ必ず配下の将軍達に指揮を任せるらしい。

それが今回に限って、自ら軍勢を率いているのは、“ことわりもなく”ユーリヤさんに従ったトゥマの有力者達(つまり、自分達の事だ)に懲罰的態度で臨もうとしているのか、或いは軍事的に威圧する事で、キリルの件を無理矢理何とかしようとしているのか、或いはその両方が目的なのでは? という事のようだ。

そんな彼等に、ユーリヤさんはたおやかな笑みを浮かべたまま、ただ、この件は自分に任せて欲しい、とだけ言葉を返していた。



昼食が終わり、有力者達が三々五々、政庁を後にした後、ユーリヤさんが僕に声を掛けて来た。


「タカシさん、少しお願いがあるのですが……」

「なんでしょう?」


彼女は僕を政庁1階のロビーの隅、廊下に立つ守衛達からは少し離れた場所に連れて行った。

ちなみにオベロンはあんな目に合わされた(って、僕が合わせたんだけど)にも関わらず、何事も無かったかのごとく、昼食を楽しんだ。

そして今は、“食後の散歩に出掛けて来るのじゃ”と言い残して、どこへともなく、ふわふわと飛んで行った後だ。


ユーリヤさんは、周囲にチラッと視線を向けた後、少し声のトーンを落として話を再開した。


「クリスさんと連絡を取って頂けないでしょうか?」

「クリスさんと? あ、もしかして……」


今朝、皆で話した時、僕とクリスさんは、今日の夕方、今度はルーメルの街を訪れてみないか、とユーリヤさんを誘っていた。


「午後の予定を変更って事でしょうか?」


モノマフ卿自ら軍勢を率いてこちらに向けて接近中という、新たな事態の打開に専念したいって事なのでは?


「それもあるのですが、その前に、クリスさんにこちらに転移してきて頂いて、私をモノマフ卿のもとへ転移させてもらえないか、お願いしたいのです」

「モノマフ卿のもとへ? 単身……ですか?」

「いいえ」


ユーリヤさんが苦笑しながら首を振った。


「さすがに単身で乗り込むほどの胆力は持ち合わせていないので、クリスさんとボリスあたりに同行してもらおうかと」

「もしかして、直談判じかだんぱんに行くって事ですか?」

「そうです」

「それなら、僕もご一緒しますよ」


そう口にしながら、僕は心の中でティーナさんと関谷さんに謝った。

二人には、この後すぐ地球に戻って、緊急事態が発生したから、今日の夕方の企画を先延ばしして欲しい、と伝えなければいけない。


ユーリヤさんが申し訳無さそうな顔になった。


「そうして頂ければもちろん心強いですが、タカシさんは確か、午後は予定があったのでは?」

「まあ、こういう状況ですし、向こう地球の仲間達も理解はしてくれると思いますので」


夕方の企画、もし部屋を予約済みだったら、キャンセル料は僕で負担しないとな……


そんな事をのんびり考えていると、ユーリヤさんが僕の顔を覗き込んできている事に気が付いた。


「おわっと!?」


その近さに、思わずってしまった僕を見たユーリヤさんが、無邪気に微笑ほほえんだ。

僕は一生懸命平静さを装いつつ、聞いてみた。


「え~と……なんでしょうか?」

「なんでもありません」


ユーリヤさんが無邪気な笑顔のまま言葉を続けた。


「ただ、やはりタカシさんは頼れるかただな、と勝手に見惚みほれていただけです」


見惚みほっ……!?

よし、ちょっと落ち着こう。


僕は一度大きく深呼吸した後、インベントリから『二人の想い(右)』を取り出した。


「……それじゃあ、ちょっとクリスさんと連絡を取ってみますね」

「はい。お願いします」


にこにこしながら僕を見つめてくるユーリヤさんの視線を避けるように、彼女に背中を向けた僕は、念話で話しかけてみた。


『アリア……』


すぐに元気な返事が有った。


『タカシ! どうしたの?』

『クリスさん、近くにいたら代わって欲しいんだけど』

『いいよ、ちょっと待ってね』


数秒程の沈黙の後、今度はクリスさんの声で念話が届いた。


『どうしたんだい?』

『実はですね……』


僕は簡単に今の状況について説明した。

そして、ユーリヤさんが、クリスさんの転移能力で、モノマフ卿のもとに連れて行って欲しい、と話している事も伝えてみた。


『いいよ』


クリスさんは快諾してくれた。


『それじゃあ、今から君と皇太女殿下の部屋に転移したらいいのかな?』

『あ、ちょっと待って下さい。今外なので、部屋に戻ったらもう一度連絡します』

『了解』


クリスさんとの念話を終えた僕は、ユーリヤさんに、今のやりとりについて説明した。


「分かりました。それでは私達も急いで部屋に戻りましょう」



部屋に戻った僕とユーリヤさんを、僕達とは別に昼食を済ませていたララノアとポメーラさんが迎えてくれた。


クリスさんと連絡を取って、実際、ここに転移して来てもらう前に、ティーナさん達に事情を説明しておこう。


そう考えた僕は、皆に、ちょっと“倉庫”に行って来る、と説明した後、【異世界転移】のスキルを発動した。



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