第485話 F級の僕は、ユーリヤさんとオベロンに振り回される


6月18日 木曜日36



話が一段落ついた所で、自分のベッドに腰掛けた僕は、部屋に居る皆に“今夜は地球に戻り、明朝、ここへ戻って来る”旨を伝えようとして……

重大な問題点に気が付いた。


今部屋に居るのは……


ララノア:彼女は僕が地球とこの世界とを行き来している事を知っているから問題無し。

ターリ・ナハ:彼女も僕が地球とこの世界とを行き来……以下同上。

ユーリヤさん:彼女も……以下同上。

オベロン:……同上。


ここまでは良いのだけど。


問題は……ポメーラさんだ。


何故かユーリヤさんは、今夜もこの部屋で寝泊まりする気満々であり、そしてそれに伴って、昨夜もそうであったように、彼女の世話係としてポメーラさんも当然の如く、今、この部屋の中に居る。

彼女は僕が地球とこの世界を行き来している、つまり、この世界の人々から見れば、異世界人地球人である事を知らないはず。


どうしよう……?


僕が異世界人地球人であり、この世界の人々にとって勇者と見なされる存在だって話が、この国で広く知られるのは、後々禍根かこんを残すかもしれない、とクリスさんからも忠告第323話を受けている。

秘密は知る人が増えれば増える程、漏れやすくなるものだ。

だからポメーラさんに、僕の事情をここで語るのははばかられるわけで……


少し悩んでから、僕はユーリヤさんに声を掛けた。


「ちょっと、いいですか?」

「どうしました?」


既に寝間着ねまきに着替えていたユーリヤさんが、ニコニコしながら近付いて来た。

そしてほとんど僕とくっつく位の隣に腰掛けて来た。

彼女のろされた瑠璃色の綺麗な髪からほのかに立ちのぼる香りが、僕の鼻孔をくすぐった。

僕はさりげなく、彼女との距離が取れる位置に座り直しながら切り出した。


「実は、今夜はちょっとあっちに戻って寝ようかと考えているんですよ」

「あっち、とは?」


ユーリヤさんが怪訝そうな表情になった。

僕はポメーラさんの方にチラッと視線を向けてみた。

彼女は今、僕等からは少し離れた位置にある自身のベッドに腰掛けていた。

僕は声のトーンを落として、ユーリヤさんにささやいた。


「僕の世界……地球って言うんですが、そこに戻って寝ようかと」


ユーリヤさんがキョトンとした表情になった。


「それはまた、どうしてですか?」

「あ、いや……」


あなたが同じ部屋に寝ていると、僕が落ち着いて寝られないからですよ、と正直に言えるはずもなく……


「ちょっと、向こうで済ませてこないといけない用事が有りまして」


口にしてから思い出したけれど、明日――日本だと日付が変わって今日って事になると思うけれど――の夕方、時間が合えば、関谷さんやティーナさん達と一緒に井上さんに会って、異世界イスディフイ絡みの話を彼女に伝えて協力を求めようって企画第453話があったはず。

どのみち一度は向こうに戻って、その辺の話を詰めてこないといけない。


「そうなんですね……」


ユーリヤさんが悲しげに顔を伏せた。


「……分かりました。明朝8時からの朝食は、ご一緒出来るのでしょうか?」

「それは多分大丈夫です。明朝7時過ぎにはここへ戻って来るつもりですので」

「分かりました。ここであまり駄々をこねてあなたに嫌われたら、元も子もありませんし」


彼女のはにかんだような笑顔とその言葉は、昨晩、彼女から想いを告げられた第448話時の事を必然的に思い起こさせた。

自然に心拍数が上がり、顔が熱くなるのを自覚しつつ、僕は彼女に言葉を返した。


「そ、それでですね……」


僕はさりげなく、ポメーラさんの方に視線を向けながら、言葉を続けた。


「ポメーラさんは僕が異世界の勇者かもって話、知らないですよね?」


僕の視線に気付いた様子のユーリヤさんも、ポメーラさんにチラッと視線を向けた。


「ええ。タカシさんが異世界の勇者だという話、ポメーラやスサンナも含めて、今の所、私からはどなたにも説明していないですよ」

「でしたらその……僕が地球に帰る所を彼女に見られると……」


ふいに彼女が僕に顔を寄せて来た。

彼女の翡翠ひすい色をした綺麗な瞳に、僕の顔が映り込んでいた。

それを見てしまった僕の心拍数は、極限まで跳ね上がった。

そんな僕の様子に気付いていないらしい彼女は、そのまま声をひそめてささやいてきた。


「つまり、現時点ではご自身が勇者だっていう話を、あまりおおやけにしたくない、と言う事ですね?」

「そ、そうです」


彼女はつかの間、思案顔をした後、言葉を返してきた。


「では今夜は事情が有って、例の“倉庫”で寝る、という事にされてはどうでしょう?」


倉庫……

そういや以前、【異世界転移】について、詳細をぼかして説明するため、僕が通常とは異なり、“内部に入り込めるインベントリの発展型のスキル”を持っている、という話を持ち出した事第327話があった。

今回もそれで行くしかないかな……

考えていると、ユーリヤさんが僕の顔をのぞき込んできた。


「ところでタカシさんが、現時点では、ご自身が勇者だって話をあまりおおやけにしたくないのは、私を巡る今の状況を複雑化させないため、ですよね?」


さすがはユーリヤさん。

彼女もまた、クリスさんと同じような考えに至っているようだ。


僕は小さくうなずいた。


「そうです」

「でしたら……」


彼女は、僕の反応を試すような雰囲気でささやきを続けた。


「私が無事、帝位を継承、或いは継承出来る見通しが立った段階になれば、公表させて貰ってもいいですよね?」

「まあ……そうですね」


理屈的には、それに反対する理由は見付からない。


ユーリヤさんが微笑んだ。


「その言葉を聞けて安心しました」


彼女のその言葉に若干の引っ掛かりを感じた僕は、問い直してみた。


「安心、とは?」


彼女が再び、はにかんだような表情になった。


「昨夜もお伝えしましたように、私はあなたに特別な感情をいだいています」


彼女のその言葉は、せっかく落ち着きかけていた僕の心拍数を、一気に限界突破させた。

そんな僕の様子を知ってか知らでか、微笑みを浮かべたまま、彼女は言葉を継いだ。


「ですから当然、私はこれからの人生を、あなたと共に歩んで行きたいと願っています」

「それは……どういう……」


彼女が悪戯っぽい笑顔になった。


「私と人生を共にするお相手、言い換えれば、私と共にこの国を率いていく人物としては、“ルーメル出身の英雄騎士殿”よりも、“イシュタル様から祝福を受けし勇者様”、の方が、はるかに臣民受けする、とは思いませんか?」


色んな意味でオーバーヒートを起こしかけた所で、唐突に声を掛けられた。


「なんじゃおぬし、この女子おなご懸想けそう(※恋い慕われる)されておったか」


それはいつの間にか傍でふわふわ浮かびながら、僕等の話を聞いていたらしいオベロンであった。

オベロンは、ユーリヤさんを一瞥いちべつした後、言葉を続けた。


「まあ、一時の色恋の相手ならともかく、一生を共にしようと言う相手に、少なくともこの世界の者は選ばぬ方が良いぞ?」


ユーリヤさんの目が細くなった。


「それはどういう意味でしょうか?」

わらわはタカシと話しておるのじゃ。内輪うちわの話に入ってくるでない!」

「オベ……!」


しかし僕より早く、ユーリヤさんが口を開いていた。


「それをおっしゃるのでしたら、あなたこそ私達の間に割り込んで来るべきでは無いのでは? たとええ精霊王殿といえども、礼はわきまえるべきです」


オベロンが小馬鹿にしたような表情になった。


「ふん。おぬしなんぞ、所詮しょせんあやつの創造物の一つに過ぎぬ。どうせこの世界が滅ぶ時に一緒に消え去r……モガフガ」


僕はオベロンを素早く左手でつかみ取ると、彼女の口を右手でふさいだ。

そして、ユーリヤさんに頭を下げた。


「すみません。こいつには後できっちり言い聞かせておきますから」

「気にしていませんので、お気遣い無用です」


ユーリヤさんが微笑んだ。


「私にとって大事なのは、あくまでもあなた自身のお気持ちですから」



すったもんだは有ったけれど、とりあえず、同室の皆――ポメーラさんも含めて――に、今夜は“別の場所”で寝ると告げてから、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る