第424話 平穏


6月17日 水曜日38



“アルラトゥ”と共に、巨木が林立する薄暗い森の中をうようにして歩いて行く事1~2分。

森の端が近付いてきたのか、前方が急速に明るくなってきた。

そのまま進むと予想通り森は終わり、僕等は開けた場所に出た。

陽射しのまぶしさに思わず目をしかめてしまった僕の耳に、複数の人物の声が聞こえてきた。


「おかえりなさいませ」

「ご用はお済みになられましたか?」


次第に輪郭を取り戻していく視界の中、僕の少し前方に立つ“アルラトゥ”に話しかける複数の人物の姿が確認出来た。

エルフ種特有の切れ長の耳、褐色の肌。

そこには、ダークエルフと思われる男女が5名立っていた。

皆一様に、統一されたデザインの緑の軽装鎧に身を固めている。

彼等の中に、メルと会話を交わしていたあのドルメスの姿もあった。

全身を緊張が駆け抜ける。

しかし彼等に、“アルラトゥ”の少し後ろに立つ僕の事を気に留める雰囲気は感じられない。

“アルラトゥ”がくれた“おまもり”が仕事をしてくれている、という事だろうか?

“アルラトゥ”が、彼等に言葉を掛けた。


「うむ。それでルペルの森の状況は?」

「それが……」


ドルメスが、やや言いよどむような素振りを見せながら言葉をつないだ。


「レイラ達に調査を命じたのですが、ルペルの森にて人間ヒューマンの姿どころか、存在した痕跡すら発見出来なかった、と……」

「ふむ……」


“アルラトゥ”が考え込む素振りを見せた。

ドルメスが再び口を開いた。


「一応、要石かなめいしの状況も確認に行かせてはいるのですが……」


“アルラトゥ”がドルメスに問いかけた。


「つまり、おぬし達は人間ヒューマンの侵入者云々うんぬんという話、メルの虚言、ないしは妄想の産物では? と疑っているという事じゃな?」

「それは……」


ドルメスが口ごもった。

まあ口ごもるという事は、すなわち“アルラトゥ”の言葉を肯定しているって事だと思うけれど。

それはともかく、僕としてはメルには悪いけれど、このまま“侵入者”の話がうやむやになってくれた方が何かと都合が良い。

そんな事を考えていると、“アルラトゥ”がとんでもない――僕にとって――事を言い出した。


「先程森に問いかけたが、侵入者の話は真実じゃ」


なっ!


すんでの所で声を飲み込んだ僕に、さらに“アルラトゥ”が追い打ちをかけるように言葉を続けた。


「侵入者は人間ヒューマンじゃ。それも特殊な能力を持っている可能性がある。油断せずに霧境けっかいを見張るよう、皆に申し伝えよ」


ドルメス達の顔が一気に強張こわばるのが見て取れた。


「分かりました。我等守護騎士団総出で警戒を行います」

「うむ。頼んだぞ」


ドルメス達は足早に、今僕等がやって来た方向へと駆け去って行った。

そして“アルラトゥ”は再び前方へ、すたすたと歩き出した。


彼女は出会ってから今の今まで、僕に対してずっと友好的な態度を取り続けていた。

他のダークエルフ達から身を隠せる効果が有るらしい“おまもり”まで持たせてくれている。

しかし今、ドルメス達には、人間ヒューマンがこの地に入り込んでいるから警戒せよ、と明言した。

彼女の意図は一体どこにあるのだろうか?


その場にとどまったまま首をひねっていると、“アルラトゥ”が数m先で急に立ち止まって僕の方を振り返った。


「そんな所で突っ立っておっても、何も始まらんぞ?」

「え~と……」


僕は言葉を選びながら彼女に問いかけてみた。


人間ヒューマンの侵入者って……」

「もちろんそなたの事じゃ」


即答!


しかし続いてアルラトゥの口元に悪戯いたずらっぽい笑みが浮かんだ。


「じゃがこれで、そなたがこの地にてドルメス達と鉢合わせするリスクは低下したじゃろ?」


つまり、“守護騎士団”総出で街の外へ捜索に出ているから、街の中は逆に安全って事だろうか?

だけど僕は、身を隠せる(はずの)おまもりを手渡されているわけで……

いやしかし、おまもりも他のダークエルフ達の目を完全にあざむけるわけでは無い?



――先触れが来訪した以上、最終的な運命から逃れる事は出来ぬ。じゃがあらがう事を放棄するのは、この地を用意して下さった……



「? 何か言いました?」

「いや、気にするでない。それよりもほれ、行くぞ」


逡巡したけれど、結局今の僕にはあまり選択肢が無いのも事実。

仕方なく、僕は再び彼女の方へと歩き出した。


改めて周囲に視線を向けると、今居る場所は、周囲をぐるりと巨木の森に囲まれた草原である事が確認出来た。

丈の短い草花が、暖かいそよ風に優しく揺られている。

そして……


草原の中央、僕等から100m程先に、巨木と呼ぶのもおこがましい程巨大な樹木がそびえ立っていた。

アールヴ神樹王国の象徴とも言える神樹程では無いにせよ、この大樹も百mは優に超えてそうであった。

その威容に目を奪われていると、“アルラトゥ”が声を掛けて来た。


「いかがいたした?」

「いえ、あの……」


僕の視線に気付いたらしい――繰り返しになるけれど、目元を複雑な幾何学模様が描かれた布で隠されているにも関わらず――彼女が言葉を返してきた。


「ああ。ルキドゥスを眺めておったのか」

「ルキドゥス?」


言われて僕はもう一度、大樹を観察し直してみた。

しかし周囲に集落の存在をうかがわせるような建造物は見当たらない。


「ルキドゥスって……もしかして、街の名前では無くて、あの大樹の名前だったのでしょうか?」

「そうか。霧境けっかいの外に住まうエルフ達は、もはや我等のような暮らし方をしてはいないのであったな」

「暮らし方? ですか?」

「ふふふ。まあ百聞は一見にかずじゃ。案内する故、ついて参れ」


彼女と並んでその大樹に近付いて行くと、段々とその詳細が見えてきた。

大樹の根元に近い部分に無数のうろのような穴が開いていた。

うろのいくつかからはダークエルフ達が顔を覗かせ、忙しそうに立ち働いている。

もしかして……


「あの大樹の内部に、ルキドゥスって街があるって事でしょうか?」

「まあそういう事じゃ」


大樹の根元に、内部に通じているのであろう、一際大きなうろが開いていた。

高さも幅も数mはありそうなそのうろの周囲で、何か作業をしていたらしいダークエルフの女性が顔を上げた。


舞女みこ様、おかえりなさいませ」

「ああ、セリアもせいが出るのう」

「こうして私達が毎日を過ごせるのも、全ては舞女みこ様と創世神様のお陰……」


交わされるのんびりとした世間話。

しかしにこやかに話しをするこの女性もまた、僕の存在には気付いていなさそうであった。


会話が一区切りついた所で、“アルラトゥ”はその女性に別れを告げ、僕はいよいよ内部へと案内された。

そこは閉鎖空間とは思えない位明るい光に満ちあふれていた。

仕組み不明ながら、はるかに高い天井からは、陽光が燦燦さんさんと降り注いでいる。

壁面には、外部からも見えていたうろを利用していると思われる住居が並んでいる。

中央部分には畑も作られ、丁度収穫期なのだろう。

大勢の人々が忙しそうに立ち働いている。

その中の一人、壮年の男性ダークエルフが、右手に持ったカブのような野菜を高々と差し上げながらこちらに声を掛けて来た。


舞女みこ様、今年の出来も上々ですよ!」

「それは良かった。おぬしらの働きのお陰じゃ」


彼等の会話を聞くとは無しに聞いていると、後ろから誰かにそっと服のすそを引かれた。



振り返ると、そこにはメルの姿があった。

彼女は周囲をうかがう素振りを見せながら、ささやきかけて来た。


舞女みこ様から霧境けっかいの事、聞けた?」

「聞けたというか……」


“アルラトゥ”(=舞女みこ様)は、霧境けっかい云々うんぬん以前に、時間が経てば自然にこの地を去る事が出来ると話していたけれど。


メルにどう答えようか考えていると、畑仕事をしている人々との会話を終えたらしい“アルラトゥ”が声を掛けて来た。


「わしはちと疲れた。斉所さいしょに戻って一休みしようぞ。それとメル……」


“アルラトゥ”が腰をかがめ、メルの耳元で二言三言、何かを囁いた。

それを聞くメルが、真剣な面持おももちで何度もうなずいている。


話し終えた“アルラトゥ”がメルの手を取った。


「では参ろうか」


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