第339話 F級の僕は、関谷さんを深夜に誘い出す


6月14日 日曜日10



自分の部屋に戻った僕は、夕食までの自由時間を利用して地球の様子を見て来ることにした。

こっちネルガルが午後6時過ぎだから、向こう日本は午後10時過ぎのはず。

スサンナさんからは、夕食は午後7時半からだと聞いている。

今から向こう地球に戻れば、ティーナさん、それに関谷さんともゆっくり話す時間が作れるはずだ。


僕はララノアとターリ・ナハの二人に夕食の時間までには帰ってくると告げてから、【異世界転移】のスキルを発動した。



机の上の目覚まし時計は、午後10時12分を指していた。

僕はインベントリから『ティーナの無線機』を取り出して右耳に装着した。

ティーナさんが今いるハワイとは19時間の時差があるから、今向こうは夜中の午前3時12分のはず。

ティーナさん、寝ているかな?


少し迷ってから、僕は囁いてみた。


「ティーナ……」


意外な事に、すぐに元気な囁きが帰ってきた。


『戻って来たのね?』

「うん。ごめんね。寝ていたんじゃないの?」

『大丈夫よ。でもちょっと待ってね……』


数秒の間を置いてから、再び囁きが届いた。


『実は今、北京に向かう飛行機の中よ』

「飛行機の中?」

『中国側が今日の夕方……って言っても、Hawaii時間の夕方だから、そっち日本だとお昼前かな。急に両国で進行中のstampedeについて、情報交換をしたいって申し入れて来たの。それで急遽、私と国務省の東Asia・太平洋局の職員数名とで北京に向かう事になったわけ』

「そうなんだ。もしかして今、あんまり話せなさそう?」


機内に居るなら、隣に同僚が座っていたりすると、長話は無理かもしれない。


『民間の定期便に搭乗しているんだけど、first classを手配してもらっているから、こうして話している分には大丈夫よ。さすがにそっちにwormholeを開いてってわけにはいかないけどね』


ファーストクラスって事は、一人掛けのシートに座っていて、そんなに周囲を気にしなくても会話を交わせるって事なのかもしれない。

とは言え僕自身、ファーストクラスに搭乗なんて当然未経験だから、テレビやなんかで目にした記憶からの想像だけど。


「結局、あれから新しい情報って入手出来たの?」

『大した情報は手に入っていないわ。まあ明日の朝、北京時間の午前5時前には向こうに着くから、その後色々情報が手に入るとは思うけれど』


ティーナさんの事だ。

向こうの担当官達と“握手” をする記憶を視るつもりなのだろう。


「分かった。それじゃあ良い旅を」

『ありがとう。って、Takashiの方もまだ旅の途中でしょ?』

「一応、クリスさんと落ち合う予定のトゥマの街には到着したよ」


明日クリスさんと落ち合えれば、僕のネルガルでの旅もようやく一区切りつく。

話しながら、関谷さんのためにトゥマの街で魔法書を買った事を思い出した。


「そうそう、関谷さんにイスディフイの事、話そうと思うんだけど」

『あら? 前は彼女を巻き込みたくないって話していたのに』

「よく考えたらティーナの言う通り、一人で出来る事って限界があるからね。関谷さんは信頼出来るし、ティーナから見ても合格って言っていた第321話し、ちゃんと説明しようかな、と」

『それは良い考えだと思うわ』

「それでティーナの事は、どこまで説明しようか?」


彼女が謎の留学生エマ第318話の正体だった、とか、実はERENの調査官だとか、ワームホール開いて世界中至る所に転移可能なS級だとか。


『間違っても私がTakashiと付き合っている、とか説明しちゃダメよ?』

「付き合って!?」


声がひっくり返りそうになった。

彼女からの囁きの中に、予期していなかった言葉が含まれていたせいだ。

しかし、ティーナさんのがわには、それを気にする素振りは感じられない。


『関谷さんはあなたの事が好きなのよ? そんな彼女に協力を求める際に、自分以外の女性が既にgirlfriendの座に収まっていますって伝えても、何の得にもならないでしょ?』


もしかしてだけど、ティーナさんはガールフレンドって単語、“彼女”って意味で使っている?

彼女の記憶の中で見た彼女と関谷さんの僕への想い第318話を、改めて思い出してしまった僕の心臓の鼓動が自然に早くなっていく。

心を無理矢理落ち着けながら、僕は言葉を返した。


「その……僕が聞きたかったのはそういう話じゃなくて、ティーナの能力なんかをどこまで説明していいのかって事だよ」


ティーナさんが目の前に居なくて良かった。

居れば絶対、顔の赤さがバレている。


『その辺の話は、いずれ私自身の口から彼女に説明するわ。今はisdifuiなる異世界が存在する事と、あなたが地球とその世界を行き来できる存在だって事を伝えておけばいいんじゃないかしら?』

「分かった。それじゃあ今度こそ良い旅を」

『Takashiもね。私はそろそろ寝るわ。到着までまだ7時間以上あるし』

「おやすみ」


ティーナさんとの念話を終えた僕は、もう少し心の動揺が収まるのを待ってから、充電器に繋いであったスマホを立ち上げた。

そしてチャットアプリを使って、関谷さんにメッセージを送信した。



―――『連絡遅くなってごめん。今から少し会えないかな?』



送ったメッセージはすぐに既読になった。

彼女からの返信を待っていると、僕のスマホに着信が入った。


関谷さんだ!


『もしもし、中村君?』

「関谷さん、ごめんね。こんな夜遅く」

『ううん、気にしないで。中村君は今どこにいるの?』

「部屋に居るんだけどさ。ちょっと関谷さんに話したい事があってね……今からそっちに行ってもいいかな?」


提案してから少し後悔した。

こんな夜中に女性の一人暮らしの部屋にって、さすがにマナー違反なのでは?

果たして関谷さんから戸惑ったような雰囲気の声が返ってきた。


『話したい事って……その……もしかして……』

「ごめん! やっぱりこんな夜中にって非常識だよね」


やっぱり昼間の時間帯に出直そう。

そう思ったのだけど。

関谷さんの慌てたような声が僕を引き留めた。


『あ、私は全然構わないんだけど。その……なんだったら、私が中村君のトコ、行こうか? ほら私、車持っているし』


あれ?

夜中に会うって事に関しては、そんなに問題視されていない?


「わざわざ来てもらうと悪いからさ。もし関谷さんが気にしないなら、僕がそっちに行くよ」


行って事情を説明して……

そうだ、ついでに魔法書もプレゼントするつもりだった。

ならば……


「あ、待って! やっぱり近くのダンジョンの駐車場で落ち合わない?」


僕の事情を説明して、そのままダンジョン入って、ついでに関谷さんに魔法の試し撃ちもしてもらえるんじゃないかな。

こんな夜遅く――午後10時半過ぎ――なら、ダンジョン内部に他の人間がいる可能性はほぼゼロのはずだし。


『ダンジョンの……駐車場?』

「うん。例えば……平城第三とか」


平城第三は、ちょうど僕と関谷さんちの中間あたりにある公園の傍に入り口ゲートが存在するD級ダンジョンだ。

ここからならスクーターで、10分程度で到着出来る。


『どうしてダンジョンの駐車場で待ち合わせ?』

「ちょっと色々試したい事もあるからさ。ダメかな?」

『ううん、ダメじゃないよ。分かった。すぐに向かうね』

「じゃあまた後で」


電話を切った僕は、手早く準備を済ませてから部屋を出た。


……うん。いないな。


部屋を出て周囲の状況を確認した僕は、一人苦笑した。

最近、部屋から出ると、いつもあのD級のヤンキー少女……鈴木って名前だったっけ? が待ち構えていたけれど。

あきらめたか、単に時間が遅いから居ないだけか。

とにかく、僕は駐輪場でスクーターにまたがるとセルを回した。



―――キュルルルルゥゥゥ……



あれ?

回らない?

何度試してもセルが回ってくれない。


おかしいな?

ん?


燃料メーターの針が右下4時方向付近まで振り切っている。


……


ガス欠かぁ……

喫煙習慣のある人なら、ここで一服して落ち着くんだろうけれど、あいにく僕は喫煙者じゃない。


仕方ない。


僕はポケットからスマホを取り出すと、関谷さんの電話番号をタップした。



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