第290話 F級の僕は、戦う集団の仲裁を試みる


6月10日水曜日4



【異世界転移】でターリ・ナハとララノアのもとに戻った僕は、ゴルジェイさんから貰った地図を広げながら、今からの予定を再確認した。


「もう少しで街道沿いに出るから、そのまま道なりに進んで、今夜はこのチャゴダ村に泊ろう」


ターリ・ナハもララノアも、身分証奴隷登録証を所持している。

加えてゴルジェイ州総督の息子さんがくれた手形もあるし、わざわざテントでの野宿にこだわる事は無いだろう。

そもそも、テント、二人用だし。

太陽は既に地平線にだいぶ近付いていた。

周囲の景色が茜色に染まる中、僕等は再びオロバスにまたがった。

地図上に記載された距離から概算して、オロバスなら1時間も走れば、チャゴダ村に到着するはず。

森を抜け、街道に出てから30分程進んだ辺りで、僕のすぐ後ろでオロバスに跨るターリ・ナハが囁いて来た。


「オロバスの速度を落として下さい」

「どうしたの?」


オロバスの速度を落として振り返ると、ターリ・ナハが、盛んに頭部の狼の耳を動かしている。


「剣戟……叫び……血の臭い……向こうで何者かが戦っています」


ターリ・ナハが、街道の脇、僕等の左手に広がる森の中を指差した。

耳を澄ませてみたけれど、残念ながら僕には何も聞こえない。

獣人特有のずば抜けた嗅覚、聴覚によるものだろうか?


ともかく、誰かが傷つき、血を流しているかもしれないと知った上で、このまま素通りするのは気が引ける。


「一応、確認しに行ってみよう」


ターリ・ナハが頷いた。

僕は、彼女の指し示す方向に、オロバスを慎重に進めて行った。

森に入り、しばらく進むと、僕の耳にも複数の何者かが戦う物音が聞こえて来た。

しかし、木々に阻まれて見通しが悪く、実際の戦いの様子はよく分からない。

僕はオロバスから降りてメダルに戻すと、ターリ・ナハとララノアに囁いた。


「二人はここで隠れて待っていて。僕だけで様子を見て来るよ」


元のレベルは分からないけれど、二人とも最大でもレベル50に制限される『奴隷の首輪』をめている。

対して僕のレベルは105。

前方で何者が戦っているにせよ、僕一人の方が、もし巻き込まれたとしても、なんとでもなる。

いざとなれば、【異世界転移】でこの世界から一旦完全に姿をくらます事も出来るわけで。


僕はインベントリから、ヴェノムの小剣(風)、その他戦いに必要となるであろうアイテム類を取り出した。

そして僕一人でさらに近付こうとして、ララノアに後ろから服の裾を掴まれた。


「た、戦っているのは……人間ヒューマン3人……獣人4匹……ドワーフ2匹……ダークエルフ2匹……魔族1匹……」

「分かるの?」


彼女は、僕が500年前のあの世界で使用可能だった、{察知}のようなスキルでも持っているのだろうか?


「は、はい……100m先……馬車が……1台……人間ヒューマンが……守って……それを……魔族が指揮して……襲撃……」


襲撃者を魔族が指揮!?

僕は500年前のあの世界で対峙した魔族第154話の事を思い出した。

しかし一方で、襲撃されている側が、この国では獣人やダークエルフを消耗品の奴隷としてしか見ていない人間ヒューマン達である事も少し気になった。

普通なら、魔族率いる“悪”が、か弱い“善”なる人々ヒューマンを襲撃しているって考えるところだけど……


僕は少し迷ってから、ララノアに囁いた。


「事情が分からないから、とりあえずあの襲撃者達全員を殺さずに拘束したい。今の位置からでも魔法か何かで昏倒させるか、スキルや魔法の発動を妨害する事って可能かな?」

「も、もう少し近付かないと……ご、50m位……」

「近付いたら、魔族含めて全員の行動縛れそう?」

「魔族は……レベルが……魔族以外は……多分、少しの間なら……す、すみません……」


魔族はレベルが高過ぎて、ララノアではその行動を縛れないって事なのだろう。


「謝る事無いよ。じゃあ、魔族以外をお願い。僕も【影】であいつらを拘束するから、スキルや魔法の発動妨害優先で頼むよ」

「は、はい。それなら……何時間でも……MPが尽きるまで……お任せ……下さい!」


僕は、その場にターリ・ナハだけを残し、心なしか嬉しそうなララノアと一緒に、さらに慎重に戦いの場へと近付いて行った。

やがて、木々の間から戦いの様子が見えて来た。

森の中、少し開けた場所に、質素なしかしやや大き目な馬車が一台止まっていた。

その周囲で複数の人々が戦っているのが見えた。

彼等の足元には、既に事切れているのであろう、何体かの物言わぬむくろが転がっていた。

ヒューマン側は全員満身創痍。

決着が付くまでに残された時間は余り無さそうであった。


「【影分身】……」


僕は腰に差したヴェノムの小剣(風)を抜いて、【影】12体を呼び出した。

そして戦いに参加している者達――防衛側の3人ヒューマンも含めて――全員の武器を奪い、襲撃者達のみを拘束するよう指示を出した。

僕自身は、呼び出した【影】の内の1体と共に、事前にララノアから告げられた魔族が潜む木陰へと滑るように移動した。

距離10m程で、僕等の接近に気付いたらしい魔族と目が合った。

浅葱色のローブを身に纏った、その壮年の男性の頭部には、魔族の象徴とも言える一対の角が生えていた。

彼が大声で叫んだ。


「来たぞ!」


来たぞ?

まるで僕が来るのを予期していたような物言い?

ともかく魔族の声が届いたらしい襲撃者達の内の何人かが、こちらに顔を向けて来たけれど、すぐに彼等は喉を掻きむしりながらうずくまってしまった。

ララノアが早速、彼等の行動阻害を行ってくれているようだ。

僕の【影】達も、蹲る彼等へと次々に襲い掛かって行く。

僕はその様子を横目で見ながら、魔族との距離を慎重に詰めて行った。

魔族の前面に、いきなり複数の魔法陣が描き出されるのが見えた。

そこから放たれた魔力の奔流をぎりぎりかわすと、僕は【影】と共に、その魔族に飛び掛かった


「くそ! アールヴの犬め!」


魔族は毒づきながら、何かを詠唱した。

直後、彼の姿が揺らめきながら消えてしまった。


「【看破】……」


しかし、周囲に魔族の姿は見当たらない。


もしかして、勝てないと知って、仲間を見捨てて転移か何かで早々に逃走した?


気を取り直した僕は、【影】達の状況に意識を向けた。

どうやら【影】達は、その場に生き残っている者全員の武器を奪い、内8体は、魔族を除く襲撃者達8人を生きたまま取り押さえる事に成功しているようであった。

僕が馬車に近付くと、僕の【影】達に武器を奪われ、その場に呆然とへたり込んでいたヒューマン3人の内、一人の男性が立ち上がった。

そして馬車をかばうような位置に立ちながら、僕に鋭い視線を向けて来た。


「お前は……一体何者だ? こいつらの仲間じゃ無いのか?」


僕は、全身血まみれの彼に神樹の雫を差し出した。


「すみません。僕は通りすがりの冒険者です。偶然、ここで戦っているあなた方に気付いて、状況が分からないので、とりあえず……“仲裁”に入ってみました」


我ながら少々おかしな日本語だ。

しかし、双方の武器を取り上げて戦いを止めさせたのだから、あながち間違ってはいないはず。


「これ、神樹の雫です。効果HP全快はご存知と思いますが、何本か余っているので、あなたを含めて重傷者の皆さん全員お飲みになって下さい」


男性は僕の手の中のアンプルを受け取ると、その首を折り、直ちに飲み干した。

瞬間、男性の全身が金色に輝いた。

HPが全快したらしい男性が笑顔になった。


「ありがたい。それではいくつか分けてもらおう」


男性はへたり込んでいる2人、そして地面に伏してはいたものの、まだ息が合ったらしい2人の、合わせて4人に神樹の雫を飲ませて回った。

その間、僕は地面に倒れている襲撃者達の内、まだ息のある獣人やダークエルフ達にも神樹の雫を飲まそうとして……肩を掴まれた。


振り返ると、最初に神樹の雫を飲み干したあの男性が、物凄い形相をして立っていた。


「何をしている?」

「何って、この方々にも神樹の雫を……」

「本気で言っているのか? こいつらは賊だ! 当然、全員死罪になるべき人モドキシュードヒューマンどもだ。そんなやつらを助けようとするお前は一体?」


と、後ろから服の裾を引かれた。

振り返ると、ララノアが立っていた。


「ご、ご主人様……人間ヒューマン以外に……回復はその……う、疑われるから……」


どうやらこの国帝国の常識では、そういう事になっているらしいけれど……


少し逡巡した後、僕は指示待ちの状態の【影】4体に、とりあえずまだ息のある獣人3人とダークエルフ1人を追加で拘束させた。

そして、ララノアに囁いた。


「彼等の魔法やスキルも妨害してもらってもいいかな?」

「は、はい……ご命令のままに……」


ララノアが何かの詠唱を開始するのと同時に、僕は追加で拘束した襲撃者達にも神樹の雫を飲ませて回った。


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