第288話 F級の僕は、奴隷に解放されたいかどうかたずねてみる


6月10日水曜日2



「ここからは、今回お前が上げた軍功に対する報酬の話をしたい。何か希望があれば言ってくれ」


ゴルジェイさんの言葉に、僕はあらかじめ用意していた質問を返してみた。


「報酬として、戦闘奴隷を希望する事は可能でしょうか?」

「もちろん可能だ。軍功を上げたものに奴隷を下賜する事は、一般的によく行われている。希望すれば、5匹程度までなら連れて行って構わないぞ」

「では、僕が【奪命の呪い】から救ったあの少女を連れて行く事をお許し頂きたいのですが」

「あれ1匹だけでいいのか? なんなら今からここに奴隷共を呼んでこようか? 先程も話した通り、5匹までなら好きなのを選んで構わないぞ」

「少しお聞きしたいのですが、連れ出した奴隷って、“解放”とか出来るのでしょうか?」


奴隷身分から解放してあげられるのなら、単なる自己満足になってしまうかもだけど、5人の奴隷を下賜してもらうのも一案だ。


ゴルジェイさんの目が少し細くなった。


「“解放”、とはまさか、奴隷を自由人に、という意味か?」

「はい」

「ルーメルの勇士よ、一昨日“転移”してきたばかりで、帝国の事情に明るく無いからそのような事を口にするのだとは思うが、奴隷の“解放”等と言う言葉、他では絶対に使ってはいかんぞ? 『解放者リベルタティス』共との関係を疑われてしまうからな」


なるほど。

やはりこの国では、奴隷が合法的に自由人になる事は出来ないようだ。

ダークエルフの少女1人ならともかく、5人もの奴隷を連れ出して、全員を幸せに出来ると思う程、僕は自惚うぬぼれてはいない。

それにしても……


「その『解放者リベルタティス』っていうのは、どんな人々ですか?」


ゴルジェイさんが渋面になった。


「『解放者リベルタティス』は、人モドキシュードヒューマン共のテロリスト集団だ。それ以上でもそれ以下でもない」


どうやらこの話題は、ゴルジェイさんにとっては面白くないもののようだ。

僕は話題を元に戻した。


「やはり下賜して頂く奴隷はあの少女1人で結構です」

「そうか。では他に何か望みは無いか? 金、武器、地位や名誉……希望すれば、親父に何か紹介状でも書いてやれるが」


ゴルジェイさんは、父親が属州モエシアの総督だ、と話していた。

しかし、僕等はモエシアに到着した後は、クリスさんの転移魔法でこの国帝国を去る予定だ。

別段、この国での栄誉栄達を求めてはいない。


「お気持ちだけ頂いておきます」

「欲の無い奴だな。まあいいだろう。ではお前には帝国白金貨10枚を褒賞金として下賜しよう。これは是が非でも受け取ってもらうぞ。でなければ、兵士達に示しがつかん」


帝国白金貨の価値が今一つ分からないけれど、お金なら別に貰って困るものでは無いし、それでゴルジェイさんの面目が立つのなら、断る理由は見つからない。


「分かりました。それではありがたく頂戴します」



その後幕舎にて、ゴルジェイさんに教わりながら、僕はターリ・ナハに『奴隷の首輪』を装着した。

首輪の感応装置に指を触れながら言われた通り、MP10を流し込むと、銀色の奴隷登録証がほのかに発光した。


「よし、これでお前達は、身分的には何も問題は無くなった。あとは広場でお前の表彰式を行うから、準備が出来るまでテントで待機していてくれ。表彰式が終われば、あとは好きにしていいぞ」



ゴルジェイさんの幕舎を辞して、自分達のテントに戻って来た僕は、ターリ・ナハに頭を下げた。


「ごめんね。君にこんな嫌な思いをさせて」


ターリ・ナハは、意外にも涼やかな表情で答えた。


「この首輪を付ける事は私が言い出した事です。タカシさんが謝る事ではありませんよ」

「でも……」

「力は制限されてしまいますが、まあ、こういうファッションの一部だと思えば、別に気になりません」



テントを畳み、いつでもこの駐屯地を出立出来る準備を終えた頃、若い兵士が僕等を呼びに来た。


「ルーメルの勇士殿、表彰式が始まります」



駐屯地の中央の広場には、姿勢を正した兵士達が、ずらりと勢揃いしていた。

そして壇上に立つゴルジェイさんが、ひとしきり僕の軍功を激賞した後、あのダークエルフの少女と帝国白金貨10枚が入った袋が、僕に下賜された。

その場でダークエルフの少女の“所有権”が、僕へと変更され、表彰式は恙無つつがなく終了した。



西日に照らし出される中、僕等はゴルジェイさんやマトヴェイさん達に見送られて、駐屯地を後にした。

僕、ターリ・ナハ、そしてあのダークエルフの少女――ララノア――を乗せたオロバスは、州都モエシアがある北西方向へと一直線に疾走を開始した。

僕は10分程オロバスを走らせ、あと数百mで森を抜け、大きな街道に出る手前で一旦停止した。

周囲にモンスターや他の人々の気配は無い。

オロバスから降りた僕は、改めてララノアに話しかけた。


「さっきは込み入った事を話す時間が無かったからさ、少し君と話をさせてもらってもいいかな?」


僕等に続いてオロバスから降り立ったララノアは、その場にひざまずいた。


「は、はい。ご主人様……ど、どのような……お、お話でしょうか?」


僕は彼女に手を差し伸べた。


「ここには僕等しかいないよ。だからそんなにかしこまらないで」


しかし彼女は跪いたまま、顔を上げようとすらしない。


「で、ですが私は……奴隷ですし……」


諦めた僕はそのまま彼女との会話を続ける事にした。


「君はダークエルフなんだよね? その……家族が今、どこでどうしているとかって分かる?」

「わ、分かりません……わ、私は物心ついた時から……戦闘奴隷として……訓練……で、ですから……戦いの時には……お、お役に……」


まだ幼い時に、親から引き離されたって事だろうか?


「それじゃ、君はもし奴隷以外の職業を選べるとしたら、何かしてみたい事とか無い?」


ララノアが顔を上げた。

目深に被られたフードで口元しか見えないけれど、その口元が歪むのが見えた。


「わ、私は……す、捨てられる……? あの……精一杯……あの……お仕え……」

「違うよ」


僕は出来るだけ彼女を安心させようと、笑顔で言葉を続けた。


「単刀直入に言うと、僕は君が望むなら、奴隷身分から解放してあげたいんだ。実はモエシアまで辿り着く事が出来たら、知り合いの転移魔法でこの国を出て、ルーメルに戻る予定なんだよ。この国を出れば、君は奴隷を続ける必要も無くなるでしょ?」

「それは……どういう……?」


ララノアは口をぱくぱくさせながら、怯えたような感じで言葉を続けた。


「わ、私は……ご主人様に、一生……お仕え……あの……なんでもご命令には……だからあの……す、捨てないで……」


彼女に対して今まで行われてきたであろう“奴隷としての教育”の賜物だろうか?

僕の真意がなかなか伝わらないもどかしさを感じていると、ターリ・ナハがそっと囁いて来た。


「もしかして彼女は戸惑っているのでは無いですか?」

「戸惑っている?」

「彼女がなんと答えているのか分かりませんが、雰囲気から、タカシさんの言葉を受け入れる心の準備が出来て無さそうに感じられます」

「う~ん、そうかもしれないね。どう話したらいいかな?」

「まずは普通に接してあげるところから始めれば良いのでは無いでしょうか? 奴隷としての生き方しか知らない彼女に、いきなり別の道を選べと迫るのは少し酷かと」


それはその通りかもしれない。

僕は不安そうにこちらを見上げているララノアに再び笑顔で話しかけた。


「突然変な事言い出してごめんね。それと、僕は決して君の事を捨てたりしないから安心して」

「あ、ありがとう……ございます……精一杯……お仕え……」

「うん。君にもこれから色々助けてもらう場面もあるだろうから、その時は宜しくね」

「は、はい! こ、この命に……代えましても……!」


仕方ない。

彼女の心情が気長に変わるのを待つしかなさそうだ。

僕は、彼女の“奴隷としての生き方”を真っ向から否定する事を諦めた。


僕はララノアとの会話を切り上げると、ターリ・ナハに話しかけた。


「今の内に、ちょっと向こう地球の様子見て来るよ。5分10分で帰って来られると思うから、ちょっとここで待っていて」


そしてララノアにも同じように声を掛けた。


「ちょっとだけ“出掛けて”くるからさ。その間、ターリ・ナハと一緒にここで待っていて」

「か、かしこまり……ました」


二人に見送られながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る