第225話 F級の僕は、ミッドウェイで何が起こったのかをつぶさに知る


6月4日 木曜日4



通常戦力ミサイル攻撃による作戦が失敗に終わった後、ついに私達S級を中心とした能力者達が、ミッドウェイを占拠するドラゴン達の討伐の為、派遣される事となった。

作戦に参加するのは、私を含めたEREN所属のS級5人と軍からあらかじめ選抜されていたA級80人。

指揮官は、ジェームズ=ミラー少将。

少将と言っても、弱冠35歳のERENの調査官エージェントだ。

ちなみに、私も准将の肩書を持っている。

とにかく組織とは窮屈な物で、特に軍事作戦のように、ある意味部下に“死ね”と命じる必要が出て来る場合に備えて、こうした肩書を基準とした命令系統が必要不可欠なのだそうだ。

作戦は、私達ERENのS級によって立案された。

滑走路の脇に集められたA級80人を前に、私が作戦の概要を説明する事になった。

HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)14:00、まだ高い日差しに焼かれながら、私はマイクを握った。


「皆さん、今から戦う相手を、いつものダンジョン内部をうろつくモンスターの延長線上の存在と侮ってはいけません。彼等は、巡航ミサイルの攻撃にすら耐えきった文字通り化け物です……」


こうした演説を行うのは、いつも緊張する。

聞く者の気持ちを引き締めさせ、鼓舞し、そして作戦内容を正確に理解させなければいけない。


実際の作戦内容はこうだ。

まず、ミッドウェイ環礁内、MMダブリュエムが存在するサンド島西岸に、第三艦隊及び太平洋空軍によるミサイル攻撃を再度実施する。

ただし、これは陽動だ。

ドラゴン達の注意を西岸に引き付けたうえで、私達は魔法強化されたV-22オスプレイでサンド島東岸を目指す。

最初に投下するのは結界生成装置MBG (Magic Barrier Generator)。

AIにより自律的に降下し、目的地を中心に半径50mの強固な魔法結界を発生させる。

MBGによる結界生成が確認されれば、間髪入れずに今度は私達S級が降下する。

周辺の安全を確保、すなわち橋頭保を築くのに成功したと判断されれば、A級達が搭乗したV-22オスプレイを着陸させる。

その後は、楽しい猛獣狩りの時間が始まるという寸法だ。


HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)14:20、私達を乗せた2機のV-22オスプレイは、ヒッカム空軍基地を相次いで飛び立った。

途中で空中給油を受け、4時間後、ついにミッドウェイ環礁を視認出来る位置に到達した。

ミッドウェイ環礁は、ハワイよりも日付変更線に近い、すなわち、より西に位置している。

地球が丸いお陰で、HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)18:30のミッドウェイの空はまだ十分に明るかった。

ミッドウェイの今日の日の入りは、HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)20:42。

つまり、まだ2時間以上先だ。

太陽が沈む前には、決着が付いているだろう。

願わくば、私達の勝利で終わりますように。


陽動作戦はうまくいっているようであった。

1発2億円のミサイルが惜しげも無く降り注ぐ中、ドラゴン達がサンド島西岸に集まっている。

幸いなことに、魔法強化と光学迷彩が施された私達のV-22オスプレイは、彼等の関心を全く引いていない。


HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)18:50、自律降下したMBGは、サンド島東岸の予定地点で無事魔法結界を展開する事に成功した。


HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)19:15、V-22オスプレイは着陸し、A級80人も配置についた。

いよいよだ。


HAST (ハワイ・アリューシャン標準時)19:25、ジェームズ=ミラー少将の号令一下、私達合衆国最強戦力はドラゴン達への攻撃を開始した。


しかし、その直後……!


突如、サンド島中央部、あの黒い結晶体が存在する方向から、“黒い光”の柱が天空に向けて立ち上がった。

とたんに、周囲の様相が一変した。

ドラゴン達を光の粒子へと帰すはずの大魔法は霧散し、彼等を貫くはずの必殺のスキルは発動を阻害された。

さらに、ドラゴン達の攻撃が信じられない位に苛烈な物へと変化した。


「まずい! ドラゴン達に何かのバフがかかっている! 気を付けろ!」


ジェームズ=ミラー少将が叫んでいるのが聞こえてきた。


これはきっと、あの黒い結晶体が引き起こしている現象に違いない。


私は右耳に装着した無線機でジェームズに呼びかけた。


「こちらS3、バフの出所を確認してきます」

『ティーナ? 心当たりが有るのか?』

「黒い結晶体よ。あれが元凶に違いないわ」

『分かった。だが気を付けろ』

「了解、少将閣下」


同僚と言う気安さから、少しおどけた言葉を返した私は、島の中央部に向かって突き進んだ。

立ちはだかるドラゴン達をなんとかかわしながら辿り着いた先に、チベットで見たのとそっくりな黒い結晶体が存在していた。

やはりあの“黒い光”は、結晶体から天空に向けて真っ直ぐに発せられていた。

“黒い光”がドラゴン達に力を与え、結晶体の存在そのものが、私達の攻撃を全て無効化している。


私は、持てる能力の全てを使って結晶体の破壊を試みた。

結晶体周囲の重力を極限まで高め、圧縮爆散させようと試みた。

重力場を操作し、結晶体の時間を停止させて“黒い光”の放射を阻害しようと試みた。

しかし、いかなる試みも、結晶体を止める事は出来なかった。

次第に、周囲に集まってくるドラゴン達の数が増えてきた。



―――オオオオオン!



一際大きな咆哮が、あたりの空気を震わせた。

振り返ると、島の西岸に引き付けられていたはずのMMダブリュエムが、こちらに接近してきているのが見えた。

MMダブリュエムが私の方を向いて口を開き、その前方に魔法陣が描き出され、魔力が収束していく。


まずい!


私はシールドを強化しつつ、急いでその場からの離脱を試みた。

直後、シールドの周囲が白い光に包まれた。

MMダブリュエムがブレスとも魔法ともつかない何か強力なエネルギーを発射したようだ。

私は時空間そのものを歪める事でシールドを展開している。

通常の魔法結界とは異なり、非常に強力なシールド。

理論上、私のシールドを破る事が出来るのは、同じく時空間を歪める事の出来る攻撃のみのはず。

当然ながら、今までそんな攻撃を繰り出すモンスターには遭遇した事は無い。

ところがMMダブリュエムの発射した白い光は、私のシールドに激しく干渉してきた。

その凄まじいまでの攻撃の前に、私は身を護るのに精一杯になった。

攻撃は数秒間続いた後、終了した。

私は急いでその場を離脱した。

仲間達の元に戻りながら、私は右耳に装着した無線機を通じて呼びかけた。


「こちらS3 、やっぱり黒い結晶体がドラゴン達に力を与えているわ。だけど破壊には失敗した。それとMMダブリュエムがこっちに向かってきている。状況の確認をお願い」

「こちらS1 (ジェームズのコードナンバーだ)、味方は壊滅状態だ。撤退する。急いで橋頭保に戻れ」


撤退……


まだ始まって30分も経っていない。

しかし、ジェームズがその言葉を口にするという事は、戦況は相当に悪いという事だ。

私が戻って来た時、仲間達はジェームズの言葉通り壊滅状態に陥っていた。

この短い間に、25名のA級達と……1名のS級――私の同僚のキャサリン――が殺されていた。

橋頭保の魔法結界はまだ破られてはいなかったけれど、それも時間の問題のように思われた。

それほどまでにドラゴン達の攻撃は苛烈で、それほどまでに私達合衆国最強戦力は無力だった。

いつも陽気なジェームズの表情が強張っている。

彼が私を手招きした。


「ティーナ、生き残ったA級達をV-22オスプレイに収容しろ。第三艦隊に援護を要請した。急いで脱出するぞ」

「分かったわ」


私は他の同僚達と一緒に、撤退の準備に取り掛かった。

その間にも、橋頭保の周囲には、どんどんドラゴン達が集まってくる。

私達は生き残ったA級55人全員を、2機のV-22オスプレイに分乗させて収容した。

橋頭保の魔法結界は間も無く破られるだろう。

私達も急いで撤退しなければならない。


「よし、撤退しよう。ティーナは1号機に乗れ。俺は2号機に乗る」

「分かったわ。じゃあ、ハワイでまた」

「ああ、また」


2機のV-22オスプレイは、周囲に魔法結界を発生させながら相次いで離陸した。

同時に、作動した光学迷彩が、2機の姿を周囲の情景に溶け込ませていく。

これでエンシャントドラゴン達は、私達の姿をとらえる事が出来なくなったはず。

案の定、私達の姿を見失った様子のドラゴン達は、空しく右往左往し始めた。

そのまま高度を上げ、水平飛行に移ろうとする寸前、私は再びあの咆哮を聞いた。



―――オオオオオン!



ローターの騒音が鳴り響くV-22オスプレイ内部にまで届く咆哮。

私は、小窓から、サンド島の方に視線を向けた。

黒く輝く鱗に覆われた巨大なドラゴン、MMダブリュエムの姿が見えた。

つい先ほどまで私達がいた橋頭保は、完全に破壊されていた。

そして、MMダブリュエムが、こちらを向き、口を開くのが見えた。


まさか、捕捉されている!?


呆然と見守る中、MMダブリュエムの前方に魔法陣が描き出されて行く。

顔から血の気が引くのを感じつつ、私は無意識のうちに、シールドを展開していた。

しかし、私のシールドでは、せいぜい護れて数人。

20m近い大きさのV-22オスプレイを丸々包み込む事は不可能だ。


MMダブリュエムが展開した魔法陣から、白い光が発射された。

その光は、私が乗っているこの1号機では無く、恐らく2号機が飛行しているであろう空間を正確に貫いた。


「ジェームズ!」


絶叫する私の視界の中で、MMダブリュエムが再び魔法陣を展開し始めた。

今度こそ、私達の番……

色々な感情がないまぜに押し寄せる中、複数のミサイルが突如MMダブリュエム達に襲い掛かった。

恐らく、ジェームズが出した支援要請を受けて、第三艦隊が発射したものだろう。

当然の如く、ミサイルは、ドラゴン達に着弾する事無く、次々と消滅していく。

しかし、それで気がそがれたのか、MMダブリュエムは私達への攻撃を停止し、飛来するミサイルに対処し始めた。


こうして私達合衆国最強戦力の討伐作戦も、甚大な犠牲者を出しただけで、失敗に終わってしまった。


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