第59話 F級の僕は、ちょっぴりキレてしまう


5月19日 火曜日4



「……ソコニイル ニンゲンドウシデ タタカエ イキノコッタヤツハ タスケテヤル」

「モンスターの分際で、ふざけたことを……」

「ケケケ、ナラバ コノバデ ミナゴロシニスルダケダ」


僕は、カイス達の少し後ろで立ち止まった。

カイス達は、前方のリザードマン達の群れに気を取られているのか、僕の事には気付いていない様子だった。


なんだ?

結構、物騒な事言ってるぞ、あのモンスター?


僕は、カイスと話しているリザードマンを改めて観察してみた。

緑色の鱗に覆われた筋肉質の身体は、他のリザードマンの倍ほどの大きさはありそうだ。

鎧や武器も、他のリザードマンよりも立派な物を身に付けている。


リザードマン達のリーダー?

喋れるし、もしかしたら、結構、レベルやステータスも高いのかな?


僕の心が少し緊張した。


カイスが、リザードマン達の方を向きながら、後ろの女冒険者達にささやくのが聞こえて来た。


「詠唱は?」

「終わったけど……」

「よし、突撃する。援護頼むよ」

「カイス、でも……」

「リーダーさえ倒せば、なんとかなる。どうせ、やらなきゃやられるんだ」


カイスは、右手に剣、左手に大きな盾を持ったまま、いきなりリザードマン達のリーダー目掛けて突っ込んで行った。

同時に、背後に立つ女冒険者の一人が右手を掲げた。

彼女の前方に魔法陣が出現し、そこから、リザードマン達の群れに向かって、無数の小さな氷の槍が発射された。

しかし、その氷の槍は、リザードマン達の群れから放たれた火球によって、全て相殺されてしまった。

どうやら、リザードマン達の中にも、魔法を使用できる者達がいるようであった。

一方、その間にリザードマン達のリーダーに肉薄したカイスは、右手の剣で斬りかかった。


―――ガキン!


リザードマン達のリーダーは、カイスの剣を手に持つ武器で楽々と受け止めた。

そして、空いている方の手で、カイスの喉を鷲掴みにした。


「か……は……」

「カイス!」


女冒険者達の悲鳴が響き渡る中、カイスは空中に持ち上げられた後、思い切り、地面に叩きつけられてしまった。


「ガハ……」


カイスが、盛大に血を吐くのが見えた。

カイスの仲間の内、回復魔法が使える女冒険者が、カイスに駆け寄ろうとした。

しかし、彼女の前方に、いきなり飛んできた矢が突き刺さった。

立ち止まった彼女の顔は、顔面蒼白になっていた。


「オマエハ ソコデ ミテロ」

「「ケケケケケ」」


リザードマン達が気持ちの悪い声で、一斉に笑い出した。

リザードマンのリーダーは、地面にうつ伏せになっているカイスを思い切り足で踏みつけた。


「ぐわああああ!」


背骨を砕かれたのかもしれない。

カイスの絶叫が辺りに響き渡り、さらにリザードマン達の気持ち悪い笑い声が、一層大きくなった。

リザードマン達のリーダーは、手に持つ武器で、カイスの右膝から下を斬り落とした。

再び、カイスの絶叫が辺りに響き渡る。

どうやら、リザードマン達は、カイスをいたぶって楽しんでいる様子であった。

我慢できなくなったのであろう、女冒険者の一人が、手に持つ槍を構えて、リザードマンの群れに突撃した。

しかし、彼女は、半分も進まない内に、リザードマンの群れから放たれた火球に焼かれ、炎上した。


「熱い! 熱い!」


地面を転げまわる彼女の姿を目にしたリザードマン達の中には、文字通り、腹を抱えて笑っている奴もいた。



「……インベントリ」


僕は、呼び出したインベントリから、エレンの衣とヴェノムの小剣を取り出し、装備を変更した。

いつの間にか、僕の傍に、ノエミちゃんが立っていた。


「ノエミちゃん、ウォーキングヴァインの時のやつ、また僕に掛けてくれないかな」

「分かりました」


ノエミちゃんが、美しい声で歌い出した。

すぐに、あの時以上の、凄まじい全能感が体を包み込んでいく。


「うおおおおお!」


僕は、心の奥底から沸き上がる感情のまま、リザードマン達の群れに突っ込んで行った。

リザードマン達が放つ火球も、振り下ろしてくる武器も、飛んでくる矢も何もかもが全て止まって見えた。

僕は、ただ、感情のままに、ヴェノムの小剣を振るった。


―――シュババババ!



―――ピロン♪



リザードマンウィザードを倒しました。

経験値737,155,500を獲得しました。

Dランクの魔石が1個ドロップしました。

リザードマンの杖が1個ドロップしました。



―――ピロン♪



リザードマンファイターを倒しました。

経験値491,437,000を獲得しました。

Dランクの魔石が1個ドロップしました。

リザードマンの剣が1個ドロップしました。



―――ピロン♪



リザードマンアーチャーを倒しました。

経験値737,155,500を獲得しました。

Dランクの魔石が1個ドロップしました。

リザードマンの弓が1個ドロップしました。



―――ピロン♪



…………

………

……



時間にして1分も経たないうちに、リザードマン達は、リーダー以外、全て魔石と武器に姿を変えていた。

僕は、リザードマンのリーダーに向き直った。

リーダーは、驚愕の表情を浮かべていた。


「オマエハ ナニモノダ? キイテナイゾ オマエミタイナノガ イルナンテ」

「聞いてない? 誰から?」


リーダーは、それに答えず、武器を突き出してきた。

僕は、それをかわすと、スキル【威圧】を発動した。


「止まれ!」



―――ピロン!



【威圧】が発動しました。ロイヤルリザードマンは、【恐怖】しています。

残り60秒……



リザードマンのリーダー、ロイヤルリザードマンは、恐怖の表情を浮かべ、震え出した。

僕は、無造作に近付いて、ロイヤルリザードマンの右腕を斬り落とした。

【恐怖】の効果で、ロイヤルリザードマンは、悲鳴も上げる事が出来ずに、ただガタガタ震えている。


「抵抗できない相手をいたぶるのは、さぞ楽しかっただろうな?」


今度は、左腕を斬り落とした。


「いたぶられる側の気分は、どうだ?」


今度は、右足。

ロイヤルリザードマンは、地面に倒れ込んだ。


「そろそろとどめを刺してやろうか?」


地面に転がるロイヤルリザードマンの左足も斬り飛ばした。

ロイヤルリザードマンが、口を開いた。

どうやら、【恐怖】の効果が切れたらしい。


「タ タスケテクレ オレハ タダ タノマレタダケ」

「頼まれた? 誰に?」

「シラナイ ヤツダ」

「そうか……」


僕は、ロイヤルリザードマンの首を斬り飛ばした。

モンスターが、光の粒子となって、消滅していく。



―――ピロン♪



ロイヤルリザードマンを倒しました。

経験値63,762,150,000を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。

スキル書Cが1個ドロップしました。



僕は、スキル書Cを拾い上げた。

魔法陣をそっと指でなぞった。



―――ピロン♪



【影分身】のスキルを取得しますか?

▷YES

 NO



【影分身】?


僕は、【影分身】の説明を表示した。



【影分身】:使用者と同じ能力の影分身を無制限に呼び出せる。

ただし、呼び出した影分身を維持するには、1体につき、1秒間にMP1消費する必要がある。



なるほど。

便利そうだけど、ちょっとコスパが悪いかな。

僕の今のMPは、57。

1体呼び出しても、1分弱しか維持できない。

まあ、でも、せっかくだしね……


僕は、▷YESを選択した。



―――ピロン♪



スキル【影分身】を取得しました。



少し落ち着いて来ると、猛烈な倦怠感が僕を襲ってきた。

多分、ノエミちゃんに掛けてもらったさっきの術の反動だろう。

膝の力が抜けそうになるのをなんとか我慢しながら、僕は周囲の状況を再確認してみた。


モンスターの気配は無い。

カイスが、血まみれのまま横たわっており、彼の仲間の女冒険者が、一生懸命、彼に回復魔法を掛けている。

向こうには、リザードマンの魔法で火だるまになっていた女冒険者が、呆然と座り込んでいる。


僕はまず、カイスの方に近付いた。

カイスに回復魔法を掛けていた女冒険者が、怯えた表情で僕を見上げて来た。

僕は、腰のベルトから神樹の雫を取り出すと、アンプルの首を折り、黙って彼女に手渡した。

彼女は、すぐに僕の意図を理解して、そのアンブルの中身をカイスの口に注ぎ入れた。


「ゴ、ゴホ……」


むせながらもそれを飲み干したカイスの身体が、淡く発光した。

そして、失われていた右膝から下も再生していく。

やがて、彼は、うめきながら目を覚ました。


「カイス!」


女冒険者が、カイスに抱き付いた。


僕は、カイスが身を起こすのを見届けた後、今度は、火だるまになっていた女冒険者に近付いた。

一応、既に回復魔法を掛けてもらっていたらしい彼女は、しかし、まだ肌に焼かれた痕が残っていた。

座り込んでいた彼女は、僕を見上げると、やはり怯えた表情になった。

僕は、彼女にも、黙ってアンプルの首を折った神樹の雫を差し出した。

少し躊躇する様子を見せていた彼女ではあったが、やがて僕から受け取った神樹の雫を飲み干した。

彼女の身体も淡く発光し、醜く残っていた火傷の痕が、みるみる内に消えていった。


「……ありがとう」


彼女がポツリと呟いた。


彼女の言葉を聞いた瞬間、とうとう限界が来てしまった僕は、地面に膝を付いて動けなくなってしまった。


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