カイリ

石水 灰

第1話 出会いは唐突に

 俺は崎本さきもと 海里かいり、共学校に通う高校1年生だ。

 まあ、高校1年だからといって青春を謳歌しているわけではない。友人も決して多くはないし、彼女なんていない。顔だってカッコいいとは言えない。部活動はしていないし、何か打ち込めるものもない。唯一自慢できる点があるとすれば、成績が上の下ってことくらいだろう。


 今は5月。

 虚しい学校生活にも慣れてきた……と思っていた矢先に体育のとき、ボールに頭をぶつけてしまった。

 俺は大丈夫だが、一応安静にしておけって事で保健室のベッドの上で休んでいるわけだ。

「暇だ。」

 そんな言葉を漏らしてしまうくらいには暇だった。

 いつも暇なときは本を読んで気を紛らわせているのだが、体育館から直接来たもので本の一冊も持ち合わせていない。

 目を閉じると、窓の外から吹いてくる心地良い風の音が聞こえる。


 ぺら、ぺら、紙をめくる音で目が覚めた。

 いつのまにか寝てしまったようだ。

 急に眠るなんて俺にしては珍しいな、そう思って窓の外を見ようとすると、1人の生徒が窓枠に足を伸ばして座り、本を読んでいた。

「彼」はこちらに気がつくと、ニヤッと不敵な笑みを浮かべて、

「やあ、体調はどうだい?」

 と心配なんてしていなさそうな口調で言った。

 俺は気だるげな上半身を起き上がらせ、

「き、君は……誰だ?」

「忘れたんですか、先輩?」

 俺をからかっているのか分からないが、悲しそうな顔と声で彼は言った。

「俺は……あなたみたいな後輩は知らないですし、あなたも1年生じゃないんですか?」

 そう言って俺は彼がつけているネクタイを指差した。

「ああ、これか。緑色のネクタイは外しておけばよかったな。」

 くっそー、とでも言わんばかりに彼は悔しそうに言う。

「せっかく初対面のはずなのにどこかで会ったことがある、そんな運命的な出会いを作ろうとしたのに……。」

「君は一体……」

「おっとぉ!その先は僕に言わせてくれたまえ。」

 俺の言葉を遮り、彼は陽気な声で話し始める。

「僕はあー、そうだな。どこにでもいる、しがない天才さ。キラリン!」

「え?」

「どこにでもいる、しがない天才さ。キラリン!」

 まるでNPCのように同じ言葉を繰り返す、「自称天才」。しかも天才と名乗った後には効果音まで言っている。

「さあ、僕は名乗った。君も名乗るんだ。」

「今ので名乗ったってことになるなら、俺はさしずめ、どこにでもいるぼっちな陰キャってところか?」

 皮肉を込めて、彼のように自己紹介をした。

「こっちの変な方に合わせてくるなんて、どうかしてるんじゃないのか?」

「…………。」

 どうかしてる、俺は黙ってしまった。だが、よく考えればお前の自己紹介自体がどうかしてるだろ、と気づいた。

「いや、お前の自k」

「自己紹介自体がおかしいってのは、当たり前だろ。そもそも名乗ってはいないもんな。」

 俺に被せてきて驚いた。それにしても、こいつは自分がおかしいってことは分かってたのか。じゃあ何で名乗らないんだよ。

「じゃあお前がちゃんと名乗ってくれよ。そしたら俺も名乗るぞ。」

「んー?名乗らなくても別に構わないよ。僕は君の名前を知ってるよ、崎本くん。」

「は?」

 背筋がビクッとした。なぜ俺の名前を知っているのか、ならなぜ名乗れと言ったのか、分からないことに少し恐怖を覚えた。

「いやいや、そんなに怖がらなくていいよ。ただ、」

 そこまで言ってあいつは俺の胸元を指した。

「名前……か。」

「そう!初対面だったら隠したほうがよかったかもね。」

 どうやらジャージについている名前(苗字)を見ただけのようだ。安心したが、こいつは一体何がしたくて俺に絡んできたんだ?

「おい、お前は何がしたくて俺に」

 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

 そこまで言ったところでチャイムが鳴った。もう授業が終わったようだ。

「おっと、もうそろそろ離れるとするかな。また話そうじゃないか、崎本くん。」

 窓枠であくびをしながらあいつは俺に言う。こいつはなんなんだ、そう思ってじっと見ていると、にこりと、純粋な顔で笑って見せた。

 ガラッ

 ドアが開き、そっちを見ると、友人が立っていた。

「おーい、崎本ー。大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。一応安静にしてろってだけだしな。」

 少しだけ友人とやりとりをして、はっと思った。

 窓を見ると、あいつはもういなかった。

「おーい、大丈夫か?急に外なんか見て。」

「いや、大丈夫だ。少し、気になっただけだ。」

「おっ?誰か校庭にでもいるのか?」

 そんなやりとりをしながら、俺たちは保健室から出て行った。

 友人と話しているものの、俺はあいつの笑った顔を思い出してしまった。

 可愛い顔だった気がする。じゃないとドキッとなんてしないだろうからな。

「おっ、可愛い子でもいたのか?顔が少しにやけてるぞ。」

「いや、別ににやけてなんかないさ。」

「だが可愛い子がいたのは否定しない、と。」

「いや、あいつはそんなんじゃないからな!」

「ほう、あいつ呼びなのか……。」

 軽く尋問されながら俺たちは教室に戻って行った。

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カイリ 石水 灰 @ca_oh21

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