卑猥な目に遭っているのは妖怪なので安心して下さい
釧路太郎
第1話 三人の美少女と俺
幼馴染である青木麗奈の秘密を知ってしまったのは、本当にただの偶然だった。
その日はたまたま親戚の家に晩御飯の余り物を届けに行っただけなので、待ち伏せとか後をつけていたわけではなく、偶然見かけてしまっただけなのだ。声をかけようかと思っていたのだけれど、何かから逃げるように移動している様子を見るていると、声をかけるのもはばかられてしまって、結局は声をかけずに後をつけてしまった。
親戚の家から家に帰る途中だったこともあって、家に向かっている間は様子を伺いつつ何かあったら助けてあげようと思っていたのだけれど、結局のところ家の近くにやってきても何も起きなかったのでこのまま帰ってしまおうかと思ってしまったのだが、好奇心には勝てずにもう少し見守る事にしてしまった。今にして思うと、人生で色々と選択を間違えてしまう事はあると思うのだけれど、この決断はこれから先の人生の中でも間違った決断の一番になってしまうのではないかと思っている。
今まで誰かを尾行したことは無いのだけれど、誰にも気付かれずに行動していたことはよくあったので、何となくではあるけれどバレない自信はあった。結構大胆な行動になっていたと思うのだけれど、結果的に見つからなければセーフと言っていいのだろう。麗奈が用心しながら辿り着いた場所は家の近くの野球グランドで、そこには他にも人がいるようだった。
照明の無いグランドはわずかな月明かりに照らされているだけなのでそこに居る人の顔まではわからないのだけれど、どこかで見たことがあるような気もしていた。麗奈を含めて三人で何かを話しているようなのだけれど、グランドの外で隠れてみているので会話の内容までは聞こえてこなかった。
雲の隙間から時々差し込む月の光に照らされているのを何度か見ていると、麗奈と一緒にいるのが最近転校してきた鵜崎さんと留学生のアリスさんだというのが何となくわかった。顔はハッキリ見えないし声も聞こえないのだけれど、根拠はないけれどそうだという自信はあった。
三人で何か話し合っているようなのだけれど、麗奈が鵜崎さんに掴みかかっていてそれをアリスさんが宥めている場面が何度かあった。それほど友好的な関係じゃないのかもしれないけれど、鵜崎さんは特に気にしている感じも無かったので決闘とかそう言った物騒な話ではないみたいだ。
このままここに居てもいいことは無いと思うのだけれど、どうしても三人の関係が気になってしまって離れることが出来ない。離れた方がいいという事はわかっているのだけれど、三人が何をするのか気になってしまっている。もしかしたら、これから三人組の男がやってきてどこかへ遊びに行くのかもしれないと思ってみたりもしたけれど、夜の待ち合わせに野球グランドを指定する人がそうそういるわけがないと思っていた。
そう思っていたのだけれど、いつの間にかグランドの外には何人かの人が立っていた。その人達は友達なのか何かの目的があって集まっているのかわからないけれど、年齢も格好もバラバラだった。少しずつ三人を囲むようにライン上で輪になって集まっているのだけれど、囲まれている三人はそんな事を気にせずに何かの議論が白熱しているようだった。
いつの間にか囲んでいる人数はかなりの人数になっていたのだけれど、三人はそれを全く気にしている様子もなく、もしかしたら気付いていないんじゃないかと思うほど三人の世界に入っているようだった。
どうしたらあんなに集中力を保てるのかわからないけれど、高すぎる集中力は時として欠点になるのではないかと思っていた。助けた方がいいのかわからないけれど、何かあってはまずいと思ってスマホで撮影しつつ助けに行こうと思って、スマホでこの状況を録画しながら近づいて行った。近付いて行ったのだけれど、スマホの画面には三人しか映っておらず、周りにいる無数の人達はカメラ越しの画面には映っていなかった。
何かが変だと思って再び身を隠そうと思っていた時に、カメラからフラッシュが焚かれてしまった。その光で三人に気付かれてしまったのだけれど、それ以外の人達が一斉にこちらに向かって移動してきたので、思わず走って逃げてしまったのだけれど、逃げた方向には金網フェンスがあって行き止まりになっている事に気付いていなかった。
目の前にフェンスが迫ってきているのだけれど、今更逃げる方向を変えるわけにもいかず、ただどうにかしてやり過ごすことしか出来ないと思ってその場にしゃがんでしまった。しゃがんでいたのだけれど、いつまでたっても男の人達が襲ってくる感じはなかった。それどころか、あれだけいたはずの男の人達の姿もそこにはなく、三人が少し困惑した表情で俺を見下ろしていた。
「ねえ、そんなに怖がらなくてもいいと思うんですけど、聖斗がウチの事をそういう風に見ていたのってちょっとショックだな。てか、なんでアンタがここで私たちの写真を撮ったのか説明してもらってもいいかな?」
いつの間にか消えていた男の人達を探すようにあたりを見回してみたのだけれど、どこにも隠れている様子はなく、足跡はおろか砂ぼこりすら立っていなかった。あれだけの人数が一瞬で隠れることが出来るとは思えないのだけれど、どこに行ってしまったのだろう。
「私の話を聞いているのかな?」
麗奈は今にも殴りかかりそうな感じで俺にそう問いかけてきていたのだけれど、それでも俺は男の人達が襲ってくるのではないかと思って周りをキョロキョロと見回してしまった。
一瞬ではあるけれど、目の前に火花が散ったと思っていると、左の頬に尋常じゃない衝撃が走っていた。右手を振りぬいている麗奈の様子を見る限り、俺は思いっきりビンタされてしまったようだ。
「ねえ、本当にどうしたの。しっかりしてよ」
「ああ、ごめん」
殴られた方が謝るのはおかしいのではないかと思ったけれど、この場ではこれが正解だろう。俺は麗奈の質問に一つずつ答える事にした。
「つまり、私をたまたま偶然見つけたから後をつけたってわけね。それで話しかけもせずに遠くから見守っていたと。そうしていると、いつの間にか私達が多くの人に囲まれていて助けようと思っていたら、写真を撮ったってことなのよね?」
「うん、少し違う気もするけど、大体はそうだと思う」
「一つ、いや、いくつか聞きたいんだけど良いかな?」
「ああ、どうぞ」
「私の後をつけるのは仕方ないと思うよ。幼馴染だってのもあるけど、聖斗はウチの事を好きなんだしね」
「え、そうだったっけ?」
「聖斗はウチの事嫌いなの?」
「嫌いではないけど、好きってどんな好きなんだろ」
「もう、同じ布団で寝るくらいの好きって事でしょ」
「それって幼稚園の時の話だよね?」
「いつの話かは重要じゃないのよ。結果が全てなの」
僕と麗奈がいつものようにくだらないやり取りをしていると、アリスさんはキラキラした瞳で僕らを見てるのだけれど、鵜崎さんは冷めきった目で僕を見下ろしていた。
「ごめんなさい、青木さんのそういう冗談は嫌いじゃないんだけど、時と場所を選んでもらえると嬉しいわね。今はそんな冗談よりも、鈴木君が見ていたモノの方が重要なんじゃないかしら」
「ごめんなさい、私は聖斗が絡むとどうしても意識しちゃうって言うか、ついついそうなっちゃうのよね」
「ミハルもレナもそれくらいにして、マサトの話を聞きましょ」
「そうね、私達に見えないモノがどうして鈴木君にだけ見えているのか気になるものね。青木さんにもアリスさんにも私にも見えないって、一体どんな存在なのかしら」
俺はスマホで撮っていた動画を見せてみたのだけれど、先ほどと同じで映し出される映像には三人しか映っていなかった。俺に聞こえていた騒めきの音も入っておらず、そこでは三人が何か真剣に話し合っている姿が映っているだけだった。
「一つ気になったことがあるんだけど、鈴木君は私達を囲んでいる男の人達を見ていたのよね?」
「うん、最初はグランドの外に数人だったと思うんだけど、気付いたらマウンドで話している君達を囲むような感じで大人数になっていたんだ」
「大人数に囲まれているのに私達は気付かなかったって言ってたわよね?」
「ああ、そうなんだよ。あんなに多くの人に囲まれているのにどうして気にしてないんだろうって思ってたよ」
「ねえ、どうしてそんなに大人数に囲まれているのに私達の様子があんなに離れた場所からわかるのかしら?」
「どうしてって言われても、そう見えたからじゃないかな?」
「周りを多くの人に囲まれているのにそう見えたの?」
「うん、どうして気にしてないんだろうって思ってたから、見えていたと思うよ」
「その時って、鈴木君は高い位置から見ていたのかしら?」
「いや、あそこの陰からしゃがんでみていたよ」
「ちょっと考えてみてもらってもいいかしら。多くの男性に囲まれている私たちの姿がしゃがんで見えるような位置だと思う?」
そう言われてみてみると、僕がいた位置からでは囲まれている三人の様子を見ることは出来ないのではないかと思ってしまった。なぜそう見えたのだろうか?
「あたしも聞いていいですか?」
「ああ、どうぞ」
「その男の人達の中に外国人はいましたか?」
「いや、アジア系がいたらわからないけれど、白人や黒人はいなかったと思うよ」
「そうですか。では、それは本当に人だと思いますか?」
「そう聞かれると自信はないけれど、人じゃないとしたら何なんだろう?」
「それはあたしにもわからないです。でも、ミハルもレナもあたしも気付いてないってことは、幽霊ではないのかもしれないですね」
「え? 幽霊の方がしっくりくるんだけど、どうしてそう思うの?」
「だって、私はヴァンパイアハンターでミハルは霊能力者で麗奈は妖狐ですもん」
「ごめん、何を言っているのかさっぱりわからないんだけど」
「ちょっと、聖斗には内緒だって言ったじゃない。ねえ、美春からも何か言ってよ」
「私は隠さなくてもいいと思うんだけど、青木さんは自分の正体を隠して付き合っていくつもりだったの?」
「いつかは言おうと思っていたよ。思っていたけど、こんなタイミングじゃないと思うよ」
もしかしたら、俺の誕生日が近いのでサプライズを仕込んでいたのかもしれない。この三人が学校で仲良く話している姿は見たことが無かったけれど、俺を驚かすためにそうしていたのだろうか。それにしても、ヴァンパイアハンターに霊能力者に妖狐って何だろう。麗奈が一人だけ人間じゃないみたいだけど、小さい時からの思い出とかもあるのにどういう事なんだ?
「ちょっと、人間じゃないのはウチだけじゃなくてアリスもだよ。ヴァンパイアハンターだけどアリスはヴァンパイアだし。ウチだけが仲間外れなんじゃなくて、美春だけが人間だから仲間外れなんだよ」
「ねえ、鈴木君は何も言っていないのにそんな事言ったら心が読めることがバレちゃうと思うのだけど、青木さんはそれでもいいの?」
「あたしはヴァンパイアだけど元は人間だからレナとは違うと思うよ」
「ちょっと、私はアリスよりちゃんと人間っぽく暮らしてたと思うよ。聖斗だって気付いていなかったんだからね」
「鈴木君がどう思っていたかは重要じゃないと思うのだけれど、どちらかと言えば、今どう思っているのかって事の方が重要じゃないかしら?」
「そうよ、聖斗はウチが人間じゃないとわかっても愛してくれるかな?」
俺はこのドッキリがいつになったら終わるのだろうと思っていたのだけれど、月が雲に隠れた時にだけアリスの目が紺碧から真紅に変わっていて、麗奈の黒髪が何もかも凍らせるような白銀に変わっている事に気付いていた。鵜崎さんは何も変わっていなかった事が逆に不思議に感じていた。
「大丈夫、美春は人間だけど私達より人間離れしている能力を持っているから安心してね」
「人間離れなのに安心しろっておかしくないか?」
「細かいところは気にしなくていいよ。美春はあの草薙式の正統な後継者だからね」
「何度も謝ってしまうけど、草薙式って何?」
「もう、草薙式は日本に古来から伝わる由緒正しき霊能者の家系なのよ。私も昔にちょっとヤンチャしていた時期があったんだけど、その頃に何度か封印されちゃうくらい因縁があったのよね。でもね、何代前か忘れたけど、私に人間との恋愛の素晴らしさを教えてくれた人がいて、それ以来はヤンチャをするのはやめにしたのよ」
「ちなみになんだけど、青木さんがヤンチャって可愛らしく言っているけれど、家に残っている文献を調べてみたところ、封印されるまでの間に片手でおさまりきれないくらいの村を壊滅させてるのよ。青木さんがもう少し強かったらこの国が一つの無人島になっていたのかもしれないのよね」
「もう、そんな過去の事を掘り返さなくてもいいのよ。ウチだって反省してるんだし、人は失敗から多くの事を学んでいくもんなのよ」
「青木さん、あなたは人ではないのだけれど、それでも失敗から学ぶのはいい事だと思うわ。ただ、失敗という割には多くの人を殺め過ぎだと思うのだけれど」
全く話に現実感が無いのだけれど、月が隠れたり現れるたびに見た目が変わるのは人間ではない証拠なのだろうか。
「ちょっと、レナの事ばかりじゃなくてあたしの事も説明してよ」
「私はアリスさんの事はあんまり詳しくないんだけど、青木さんはどうかしら?」
「ウチも美春と同じくらいしか知らないんだけど」
「もう、あたしの事ももう少し調べるか聞くかしてよね。いい、せっかくの機会だから三人ともあたしの事を理解してね」
アリスはそう言うと、どこから取り出したのかわからない本を取り出していた。暗くてよくわからないのだけれど、どこからか現れた青い火の玉が照らしてくれるようになったのでちゃんと読めるようになった。少しずつ不思議な現象も驚かなくなってしまっていたのだけれど、そんな事で自分が成長していると実感できるのは意外だった。
「いいですか、ここのページは重要ですからね。あたしはこのおじさんの家でメイドとして働いていました。その時は十七歳だったのですが、今も十七歳のまま変わらないです。どうしてかというと、このおじさんに噛まれて吸血鬼の眷属となったのですが、どういうわけなのかわからないけれど、このおじさんを殺してしまって眷属から始祖になってしまいました。それからあたしの成長は止まっているので、永遠の十七歳です」
「いつも不思議なんだけど、アリスさんって自分の話をするときも大事な部分を端折るのよね」
「だって、昔の事だからあんまり覚えてないんです」
「人間から吸血鬼になるのってそんなに簡単に忘れられるような日常のイベントじゃないと思うんだけど、それがどうしてヴァンパイアハンターになるのかしら?」
「えっと、誰かに聞いたんですけど、世界中にいるヴァンパイアを殺せば人間に戻れるって聞いたんです」
「ちなみに、世界にはどれくらいヴァンパイアが残っているのかしら?」
「多分、あたしだけだと思う」
「それって、世界中にいるヴァンパイアにアリスも含まれているって事なんじゃない?」
「マサト!! あなたは頭いい。その発想はなかったよ」
「まあ、あたしは自殺出来ないし、死ぬつもりも無いからこのままでいいかも」
「ところで、麗奈とアリスって実年齢はいくつなの?」
「もう、乙女に年齢と体重は聞いちゃダメだぞ」
「そうです、乙女は秘密が多いのです」
「少なく見積もっても、二人は四百年以上は生きていると思うわよ」
「美春!!」
「ミハル!!」
鵜崎さんの言葉に二人とも同じタイミングで反応していた。色々と思うところはあるけれど、これはきっと本当の事なんだろう。
ところで、三人が特殊な人だというのは理解できたと思うんだけど、集まって何をしていたのだろう?
「あの、三人で何してたの?」
今まで少しふざけた感じもあった美春が僕のその質問には真面目な顔で答えてくれた。
「ウチの事を信じてくれた聖斗だから話すんだけど、そう遠くない未来に世界は闇に包まれてしまうみたいなの。それを回避する方法が無いかと私達が手を取り合ったってわけなの」
「よくわからないけれど、恐怖の大王的なのがやってくるって事かな?」
「私達にもその正体が何なのかわからないんだよね。闘って勝てる相手なのか、そもそも戦える相手なのかもわかっていないのよ」
「闇に包まれるって事が本当に闇に包まれるって意味なのか、それくらいの絶望をもたらす何かが世界を支配してしまうのかもしれないの。あたしも色々と調べてみて回ったんだけど、本当に手掛かりが見当たらないのよね」
「それで、ちょっと思ったんだけど、ウチラに見えない何かが聖斗には見えたのよね?」
「つまり、鈴木君は私達に見えないモノが見えるってことなのよね」
「という事は、マサトはその闇の正体を探れるんじゃないかってことなのよね」
三人の目が怪しく光っているように見えたのだけれど、それは三人が人間離れしているからではなく、俺にとって良くない事を考えているからなのではないだろうか。
「じゃあ、次からは聖斗もウチラと一緒にその正体を探るのを手伝う事ね。大丈夫、おばさん達にはウチがちゃんと説得しておくからね」
「青木さんの言葉は色々と問題がありそうだけど、その力は私が保証するから鈴木君は見てるだけでいいのだからね」
「そうですね。あたしは守りながら戦った経験が無いから不安ですけど、いい経験になると思うのでマサトは安心してください」
見ているだけでいいと言われたような気がするのだけれど、この三人は探しているだけじゃなくて何かと戦っているのだろうか。
「ええ、今日は出てこなかったけれど、闇の正体を探っていると襲われることが多いのよね。でもね、誰もかすり傷一つ負ったことが無いから心配ないわよ」
俺は喧嘩もしたことが無いのだけれど、少しは役に立てるだろうか。世界平和のために戦うのもカッコイイのかもしれないと思ってみた。
「世界平和のために戦うのっていいかもね」
麗奈は俺の心を読んで返事を返してくれているのだろうけど、あんまり俺の心を読まないで欲しいなと思てしまった。
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