6.カーレ攻城戦#1

 背丈ほどもある長く黒い杖を、コツコツとならしながら、その魔女は俺達の前を行ったり来たりしていた。

 黒色の鎧を全身に身にまとい、身長よりも高いハールバード(長い柄の斧)を持った兵士達が俺たちを取り巻いている。

 俺はと言えば、後ろ手に木製の手錠をかけられ、膝をついて座らされた状態だ。かかし娘もしかり。

 ドラゴンはといえば、これまた魔力で封じられた黄金色の籠にいれられて地面に転がされていた。

 頼みの日野の二トントラック、キッドも金色の投網の様な物でしっかり地面に固定され、少し離れた場所に停められていた。

「”まぶだち”って言ってなかったっけ?」

 横に跪くクーガをにらみ付ける。俺たちを捕らえた魔女は、東の魔女の三番目の弟子、シャムだった。

「ひ、ひどいのだ!兄弟子の私にこのような仕打ちをするなんて!」

 クーガがギャーギャーと騒ぎ出す。

 魔女が黒い杖を少し持ち上げると、どこからか針と糸が飛んできて、騒ぐクーガの口をするすると縫い付けていった。

「ムギーィイイ!!!」

 い、痛そう…

 俺も同じ事をされてはたまらないので、口をつぐむことにする。

 穀倉地帯を抜け、手前にある丘の上から眺めたカーレは、城塞都市の名にふさわしく、その偉容はどちらかと言えば要塞といった感じだった。

 向こう岸まで泳いで渡るのはほぼ不可能と思われる巨大な河の両岸と河の上をまたぐようにして要塞が建てられている。

 そして、その高い城壁に囲まれた城塞都市を囲むようにして、数万と思われる黒い軍勢が取り巻いていた。

 城壁の方から攻城兵器を打ち付ける凄まじい打撃音と、攻め立て守る者達の鬨の声が地面を揺るがして聞こえてくる。

 オズの国って、もっとメルヘンな感じじゃなかったっけか?

 なんだろうこの指輪捨てる旅物語な感じ。

 モノホンな感じの大戦を目の前に、ちょっとビビる俺を見て、クーガが見下したように、

「あれは、私の弟弟子でまぶだちの軍勢なのだ。私がカーレから追われたことを知って、取り返しに来てくれたに違いまい!」

 嬉々として黒い軍勢を見ている。

 ここまで来る間に、クーガは三度逃亡を図り、一度は俺の履いている魔法のブーツを盗もうとまでした。

 キッドに跳ねられ宙舞うこと一回。ドラゴンにすんでの所で消し炭にされること一回。

 俺が雉を撃とうと(うんこしようと。女の子はお花摘み)茂みに入ったところに後ろからいきなり襲ってきたので、つかみかかった腕をすくい四方投げで倒すこと一回。

 なんせ、外見はまんま人間の小娘だが、藁と布でできているので軽い軽い。

「うぎゃああああ!」

 起き上がって叫びながら再度立ち向かってきたので、入り身で入って再度投げ倒す。それにしても、何か行動する度に叫ぶんだよなこいつ。

 数度繰り返すと動かなくなった。

「ぬう。おぬしやるな…」

 四つ這いで荒い息を吐きながら、目に涙をためて負け惜しみを言うその様は子どもだ。

 これが、この辺りをとてつもない魔法と恐怖で支配した魔女だとは到底思えない。

 キッドのシートにふじばって連れて行こうと思ったが、かわいそうなので自由にしていた。というか、本当に中身は藁と布らしく、痛みや空腹も感じず、睡眠や排泄といった生理現象もなく、燃やされる以外死ぬこともないという。

 破損した場合は、藁を詰め直して布を貼り合わせて縫えば、元に戻るらしい。

 便利なんだか、どうなんだか。夜中に首が一回りしてこちらを向けば、

「Hi! I'm Charky!」

な感じでかなり嫌だな。

 頭の中身も藁になってしまったので、知能も相当低下しているみたいだ。

 一緒に旅をしている間に改心して、まっとうになってくれないかなー。

 師範も言ってたっけ。健康な肉体と動きには健康な精神が宿る!って。

 あ、布と藁だからだめかな。オーガニックな感じの素材で作り直すとか?

 そんなこんなで旅を続けながら、カーレの麓までたどり着いたわけだ。

 で、様子を見ようと少し麓までくだったところで、いきなり騎馬隊に取り囲まれ、三番目の弟子、シャムの魔法であっけなく全員捕まってしまったというわけだ。

「お師匠様の寵愛だけで、ナンバー2の地位とカーレをせしめていたおまえなぞ、友人だと思ったことは一度もないぞ」

 吐き捨てるように言われるクーガ。

 口が閉じられているので、「モガアー!モガアー!」と、くぐもった声で叫びながら、目に涙をためて睨んでいる。なんか、少しかわいそうだね。

「で、そこのお前。我が師匠をその手にかけて、無事で済むと思うなよ」

 お、俺のことだよね?

 ものすごい微笑み。冷たい汗が背を伝っていく。人を笑いながら殺すタイプだなこりゃ。

 黒いドレス、黒い杖、黒と紫の長い髪をキャバクラ嬢もびっくりな感じの高さまで頭の上に結い上げている。

 長いまつげの奥に冷たい青紫の瞳。

 全体的には超絶美人、しかし、そのオーラが暗すぎる。

 そして、こちらも巨乳だぜ!なぜ、この手の魔女はみんな巨乳!

 あ、クーガはなんでぺっちゃんこなのかね。かかし王の呪いのせいかね?

 などとのんきに考えている場合ではない。

 これが夢ならここで殺されて起きるパターンだけど、どうもそういう感じもしないしね。

 ドラゴンの奴は籠を食い破ろうと必死に暴れているが、格子に噛みつく度に電撃が走って、ドラゴンの鋭い牙を寄せ付けていない。

「そうだな。全員、ノーム王の永久穴(えいきゅうけつ)に落とすというのも一興だな」

 楽しそうに笑うシャム。

「永久穴?ケツの穴とかカンベンな」

 思わず口走って後ずさる。穴より口を縫われる方が嫌だ。

「光の届かない穴を、永遠に落ちていく恐怖を味わいながら狂い死にするのは壮絶であろう」

 シャムがうっとりと微笑む。

 なるほど。なんとなく想像がついたわ。

 人間はライフジャケット一枚で海に遭難してしまうと、だいたい三日を待たずに死んでしまうらしい。空腹、脱水からくる衰弱はもとより、太陽光と海からの照り返しによる火傷、水温が低い場合は低体温症、サメ等の肉食生物の来襲等々、肉体的なダメージもさることながら、恐怖心と孤独感により先に心がダメになってしまうらしい。

 言葉から考えるに、永遠に落ちていける穴みたいなものか。一種のブラックフォール的な感じ?俺は少しだけ想像してみて、ゾッとする。絶望死とか趣味ではない。これはなんとかしないと。

「と、ところでさ。カーレの方は攻めあぐねているみたいだね。さすがナンバー1は強いね-」

 わざとバカにしたように言ってみる。

 丘の上からみた戦況では、カーレの守備は固く、押し寄せるシャムの軍勢に対して投石、矢、ファイヤーボール、電撃、マジックアロー等々で撃退していた。

 痛いところを突いたらしく、シャムが顔を歪める。

「ふん。貴様なぞに何がわかる。師匠直伝の星々の子ども達を使える月になればすぐにでも落としてみせるわ」

 憮然として横を向く。

 それにしても美人だなぁ。もったいないなぁ。あっ、『星々の子ども達』ってのはきっと黒い影が使ったメテオストームのことだね。『星々の親御さん達』になると、アクシズショッククラス?

「まあ、おまえの実力なら時間の問題だろうね。けど、俺ならもっと簡単に落としてみせるけど?」

 わざと余裕をもった風で言ってみる。こういうはったりかますときは、自信をもって堂々と。交渉や提案時の基本だね。出来なくても出来る風に余裕をもって、相手を見据えてゆっくりめに話すのがポイント。

 そうそう。伊集院光さんの落語家時代のお話で大好きなのが、魔王と恐れられていた先代の円楽師匠の集まりがあったときに、弟子の一人が大分遅刻をしてやってきたそうだ。弟子が遅刻など絶対許されない世界なので、大変なことになるだろうと内心冷や冷やしていると、その弟子は遅れた理由を「夜中、枕元に死んだはずの祖父が立っていた」と説明しだしたという。枕元に立った祖父が夜通し自分に色々と話す様子を、先代の円楽の眼をシッカリ見据えて堂々と話し続けたそうだ。

「わかった、わかったからもう座りなさい」

 そのあまりの弟子の堂々とした説明に、さすがの円楽もそう言って不問に付したそうだ。

 時にははったりも必要って事w 

 閑話休題。

 さて、俺の自信に満ちた態度をどうとらえたものか、こちらを横目で睨むシャム。こいつ興味を持ったな。

「私に簡単に捕らえられた貴様が、カーレを落とすだと?信じられんな」

「まあ、誰にでも油断はあるからねぇ。クーガはあんたのことを『まぶだち』って言ってたし。けど、俺はあの、東の魔女を殺したウィッチスレイヤーだぜ?」

 口の端でニヤリと笑い、ゆっくりと立ち上がる。

 スパイクの名を冠したからには、こういうシーンではかっこよく無ければならないのだ!めっちゃ怖いけど。

 兵士が跪かせようとハルバードを突きつけてくるが、シャムはそれを手で制した。

「して、どのような手を使うのだ?」

 シャムの燃えるような赤い瞳が俺をまっすぐにとらえる。

 その迫力に気圧されないように腹に力をいれて見返す俺。

 攻城戦と言えば、自由惑星同盟の、あの敬愛する天才魔術師の作戦をおいて他にはない!

 っていうか、それしか知らんしね。

「確認するが、シャムの本拠地は他にあるんだよな?ではまず、敵軍の鎧、制服、武装といった装備品を集めてくれ。鹵獲した物があると思うけど。後は、カーレ内に流言流布する方法は何かない?」

 俺は手錠を外してもらい、シャムの促すままに、魔法で戦況がミニチュア化され表示されている大きな指揮卓へと座り、話を続けた。

 あ、もちろん、ドラゴンやキッド、クーガの束縛も解放してもらう。

 ワインが一杯ほしところだな。

 説明が一段落ついたところで所望すると、デキャンタに入れられた赤い液体が指揮卓にのせられた。ドラゴンの分もグラスにいれて、指揮卓を滑らせると器用に足で止めて飲み始める。

「なるほど。それは面白い。あの高慢不遜な兄弟子の裏をかけると思うと愉快愉快」

 シャムが口に手を当て、愉快そうに笑っている。

 よし、一旦乗り切ったぞ。

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