4.ヒノノ二トンの憂鬱
東の魔女の支配していた地域は、マンチキン達によって耕作されている豊かな穀倉地帯だった。
ところどころに、果実や野菜も育てられている。馬や牛に似た動物も多く放牧されているようだ。
途中、マンチキンの家に寄って、水や食料をわけてもらった。
既に俺が、東の魔女を倒したウィッチスレイヤーという話は広まっているようで、マンチキン達は通りかかると色々な物くれたりしたので、食べるものに困るということはなかった。
ああ、そうそう、映画でドロシーが見つけた、ランチボックスの実は、残念ながらまだ発見することが出来ていなかった。
知らない人に説明をしておくと、そのスイカのように大きなランチボックス形状の実は、ちゃんと木になっており、もいで蓋を開けると、中にサンドイッチやチキン等々、収穫者の希望の食べ物が入っているという、とてもファンタジーで素敵な木の実だ。
俺は、もちろん、寿司と焼き鳥、そしてビールと熱燗。
この点については、ドラゴンとも同意が取れている。
このミニドラゴンは、なかなかの、飲んべえなのである。
森を抜け、穀倉地帯を走り、また森に入ったところで夜になった。
霧がでており、ヒノノニトンのハイビームでも先行きが危ういので、とりあえず野宿することにする。
残っていたビールとワンカップ、もらってきたチキンとパン、野菜スープでドラゴンと夕食にする。
キッドはというと、とりあえずガソリンはまだあるし、バッテリーの充電も出来ているので大丈夫とのこと。
チキンは一羽まるごとを、香草と共に香ばしく焼き上げ、柑橘系の果実をベースにしたオリジナルな感じのソースで上手に味付けしてある。パンは全粒粉らしく、こちらも香りが良く、噛んでいるとうま味がでてくる。このパンでワイン一本空けられるなとつぶやくと、ドラゴンも大きくうなずいた。
しかし、マンチキンからもらったチキンというのもなんか微妙な感じなんだよね。
マンチキン族という名前で、別段、鶏に似ているわけでは無いけど。
マンチキン達は全体的に小柄で、独特の衣装を身につけている。
顔立ちも人間というよりかは、ちょっとした妖精に似た感じ。
ということで、googleさんで調べてみると、
マンチキン:英語でムシャムシャ食べる者、小鬼の意味
と出ていた。なるほどね。インプ(小鬼)の別名みたいなものなのかもね。
俺がチキンで2本目のワンカップを空け、聞いてるんだか聞いてないんだかわからないドラゴンに話しかける。
酔っ払いの愚痴と言えば、会社と上司についてと相場は決まっている。
なんやかやと、プロパーとの差を付けられ、評価も待遇も低い中途の辛さと、無能な勤続数十年上司と役員、どんどん辞めていく中途の仲間達。
ドラゴンはと言えば、たまにうなずくそぶりを見せながら、ワンカップをなめなめ、ぼんやりとウィンドウグラスから空を見上げていた。
俺も見上げると、空一面の星空が広がっていた。
天の川っぽいのが三つほど見えるのが、異世界であることを表している。
それでも、北アルプスやオーストラリアの田舎で見た星空を思い出した。
思えば遠くにきたもんだなぁ。
このまま、この世界に住むのも悪くないのかもな。
東の国からはじめて、OZを制覇しても良いかも。
そうつぶやくと、ドラゴンがこちらを向いて、苦笑いしているように見えた。
ドラゴンに頭を激しくつつかれて起きると、早朝のまぶしい光が運転席を満たしていた。
近くにあった小川で顔を洗って口をすすぐ。
匂わないかと、脇や胸に鼻を近づけてみるが、まだ大丈夫みたいだな。
ああ、風呂に入りたいな。ついでに岩盤浴も。荻窪にある行きつけのスーパー銭湯を思い出す。そうそう、隣の秋吉の焼き鳥も旨いよねー。
残りのパンと、小川の冷たい水で簡単に朝飯を済ませる。
すると突然、バニラトラックが歌い出した。
「キッド~とめてー」
俺がイライラして言うと、申し訳なさそうに、自分の意思で制御することが出来ないという。
バニラの広告の描かれたバンボディ(貨物室)の中にスピーカーと再生するシステムが積んでありそうだ。
トラックのバンボディの後ろに回ってみると両開きの扉はしっかりとした南京錠で施錠されていた。しかも、鍵式とナンバー式の二つ。
ちょっとやそっとでは壊せそうにない。
運転席に鍵がないかと調べてみたが出てこなかった。
キッドに聞いてみると、中村さんが降りている間に、知らない連中が来て、何かを詰め込むとそのまま走り出したという。
「中村さん?」
「中村さんは、私の運転手だ。色々な土地を共に走った」
「で、中村さんは戻ってきたのか?」
「次の街に移動中だったと思う。中村さんがトイレに行っている間に、見知らぬ連中が乗り込んできて、あの場所に私を放置したのだ」
なんか、事件の臭いがするなぁ。
「できれば、もう一度、中村さんに会いたい」
キッドにしては珍しいことを言う。感情も表にでないし、希望も言ってこない感じだし。
「友達だったのか?」
「友達?ああ、ああいうのを友達というのか…」
なんかしみじみとしているので、
「良い友人だったんだな」
「そうだな。いつも私のことを洗ってくれたり、仕事終わりにはこの運転席で一杯やりながら色々なことを話してくれた」
なんだか遠くをみているような雰囲気のキッド。バニラトラックなのに器用な奴。
「五反田に戻ったら、拾得物として警察に届けてやるよ」
「そうだな。話せるようになった私をみて、どう思うかな」
うーん。まあ、色々問題ありそうだけど、まず五反田に戻ることが先決だな。
俺は適当にうなずいて外に出ると、トラックの後ろに再度まわった。
「ドラゴンさん、お願いがあるんですが…」
頭の上のドラゴンに丁重にお願いしてみる。
「この鍵を炎で溶かすなんてできないかな?」
長い尻尾が一度、俺の後頭部をはたく。
「ってぇー」
と、同時に細めに出力が調整された青い炎が南京錠を切断していった。
ドラゴンさん、すげーなー。今後も逆らわないようにしよう。
さて、このさすがに聞き飽きたバニラのテーマを止めますか。
俺は扉のロックを外すと両開きの扉を大きく開き中に入った。
「な、なんだこれは…」
俺は荷台の中を一度見回して、そして、そっと扉を閉じて見なかったことにした。
やべーぞこれ。五反田に帰ったら殺されるかも。
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