第27話 腹をくくった、私が王だ
「志貴、おはよう!」
望に頬をはたかれて、ようやくまぶたを持ち上げることができた。
「眠るなって言ったわよね?」
頬を思いっきりつねられて、何するんだと手で振り払った。
「ごめん、悪かったよ」
私は夢の中で確かに愛した男の顔を見た。でも、それが誰なのかがわからない。
夢を見たのかと時生に問われ、私は静かに頷いた。
「般若の面を持っていた人が戦場に出るなって何度も何度も止めくれてさ」
「顔みたん?」
一心の問いに、私は静かにわからないと答えた。ただ世界で一番大切だった人を怒らせたということだけはわかったと付け足した。
「行かないで欲しくて手を伸ばすんだけど届かなかった」
一心はへぇと空気が抜けるような声で答えた。
ちゃんと聞いてくれとほんの少し背をたたくと、一心が落すぞと脅しをかけてきた。
「夢の中の人はきっと闘えるようになりたかったんだろうなって思うんだ。 一人護られて生き残るのは恐怖だよ」
一心がわずかに小首をかしげ、そんなものかとぼやいた。
「皆が満身創痍の中、ただ居るだけで良いって存在にされると苦しいよ」
ただのエネルギータンク、夢の中のその人はそう自分を評価していた。
夢でリンクする人は私よりも数段腕っ節の弱い人だった。
闘い方を知らない、そんな気がした。
爆発的な能力はあっても、それは本来戦闘に使用すべき物ではなくて、導き、癒やす物なんだと思った。それがわかっていても一人だけ毛色が違う自分を蔑んでいた。
「もっと強くなりたい。 もっと自分の力で、みんなと一緒にって」
言いかけて、急激な胸の痛みに私は息をのんだ。
苦しいを通り過ぎて、ブラックアウトしそうになる。
私の名前を呼ぶ一心の声だけが耳に届く。
寒いのに変にあたたかい。おかしな感じがする。
ゆるゆると瞼を持ち上げると、夢か現かわからない。
手を伸ばすと今度は届いた気がした。
ぼんやりとしたまま、指先を動かすと求めていたさわり心地の肌がある。
怖かったのだ、彼の背中しか見えない世界。
口では自分で闘うと言いながら、本当は怖かった。
でも同じ舞台に立ち続けるためには引けなかった。
一人だけ逃げることなんて出来なかった。
最後の最後まで出来た王でいないといけなかった。
どれだけ多くの命が自分のために散ったのかを知っている。
これだけ護られてきたのに傷だらけの腕をめいいっぱい伸ばして、死ぬ前に、死ぬ時に一人は怖いなどと口にしてはいけなかった。
大好きだと伝えることも、どこにも行かないでとみっともなく泣きわめくこともできるはずがない。
それが出来るのは、それが赦されるのは護られてばかりだった私じゃない。
胸が痛い。
気道が圧迫されるような感覚にむせる。
誰かの記憶のようで自分のもののようでごちゃごちゃだ。
背から下ろされ、地に下ろされた感覚だけはわかった。
誰かが一生懸命、背をなでてくれている。
大きく咳き込むと口腔内にさびたような味が充満した。
意図しない温かいものが口の端からこぼれ落ちる。それをまた誰かが一生懸命拭ってくれている。
もういいと、もうよせと、必死に抱きしめてくれている。
あぁ、そうか、これはまた同じなんだ。
同じならばリベンジできるはずだ。
数回咳払いをするといくらか声が出そうに思えた。
「望」
ようやく出た声に反応するように、獣の毛波が指先に触れる。
私は私。
瞼をもちあげると、白銀の狐は私の掌の上に目を伏せて顎をのせている。人型ではなく、獣のありのままの姿で居る。
「こんな状態で、お前、正気か」
一心の腕の中は温かい。一生懸命に傷口を押さえてくれる。押さえてくれている部分が生温かく感じる。
「一心、やっぱり近くで見ると男前だ」
「頭、おかしいやろ」
自分でもこんな時に何を言ってるんだと笑ってしまう。
従兄殿は本当に何でもできる。
でも、何よりもすごいのは黄泉使いとして指先一本で悪鬼を塵に変えてしまう強さ。他に追随を許さないほどに強い姿は憧れ、羨望そのものだ。
口は悪いし、いつも小ばかにされるのに、本当は誰より優しい。
私の思う王子様そのものだった。
小さい小さい頃からこの従兄殿が大好きで仕方がなかった。
冬馬がそばにいても、誰がそばにいても、一心にしかドキドキしない。
年が離れていたから、彼女ができたときいては凹み、失恋を繰り返してきた。
もう恋など知るかと忘れて、黒歴史と認定した頃にまさかの後継争いに自分とともに名を連ねたのがこの従兄殿だと知った時、私は敵前逃亡したくなった。
向かい合って立った時の恐ろしいほどの殺気は今でも忘れない。
今思えば、本当にお前が背負えるのかと試されていたようだった。
あの時、公介が止めるより先に私がギブアップしていたのなら、きっと、彼が宗像を背負う覚悟をしてくれたのだろう。宗像本家が背負う重みを代わりに背負ってやると言い出したかもしれない。
どれだけぼこぼこにされても、あの時点ですでにもう父の言葉を譲り受けてしまっていた私は退いてはならないとわかっていた。だから、骨をおられても、血がにじんでも立ち上がるしかなかった。
「一心、あの時もさ、同じように慌ててた」
公介の待てがかかった瞬間、一心がすぐに私の体を抱き起してくれたことを思い出した。何でもっと早くにギブアップしてくれないんだ、どうして逃げてくれないんだ、痛かっただろう、大丈夫かと、一心は慌てて抱き上げてくれて、おじい様のところへ駆け込んでくれた。
「ぼこぼこにしておいて何を言うかと思ってたけどさ、やっぱりうれしかったんだよ。 ただでハグしてもらったもんだからさ」
本当に何を言ってるのだろうと苦笑いだ。
冬馬は私の一方通行の恋心をずっと哀れがっていた。
一心が一緒にとってくれた写真を待ち受けにしていることも随分と馬鹿にされた気がする。
「誕生日プレゼントはハグが良いって言ったの覚えてる? 一心に1回50万払えって言われてさ。 50万ってどうやったらお小遣いたまるのかって冬馬に相談したらさ、冬馬に心底馬鹿にされたんだ」
そうやって、バカ騒ぎするしかなかったんだ。
正式に後継となって、自分には恋愛なんてありえないと封印するのがこれからの未来だと知っていたから。
リアリティのない、ただのファンとして騒ぐことを楽しむだけで満足することに徹するしかない。
私の初恋は忘れるんだ、恥ずかしすぎるだろうと黒歴史としてネタにした。
それでも、道反へ行き、一心をみると蓋したはずのものが外へ出ようとする。
「一心、やっぱり、まだ大好きだ。 あ、これって一族内ストーカー防止条例違反だったっけ? まぁ、もうどうでもいっか。 これで私の黒歴史は供養できたと思う」
一心は何も答えない。ただ目を伏せるだけだ。
笑って欲しい。笑い事にしてくれる方が救われる。
10歳も年下のちんちくりんの私の告白が重いものでしかなくなるのはきつい。
「こんな時はいつも通り笑ってよ!」
叫んでみると、ごぼりと喉の奥から血の塊が飛び出してきた。
「時間がない」
ふうっと目を閉じて、深く深く呼吸する。
もう覚悟はできた。
アイツの居場所へ連れて行って欲しいと一心につぶやくと、彼は嫌だと首を振った。
「このまま逃げたって誰もお前を責めへん」
「一心、聞こえんかった? 時間がないって言ってんだ」
逃げたって、何も楽にはならない。
「私はひかない」
「死ぬぞ」
いつもなら飄々としているはずの一心が焦り、その額に脂汗が浮かんでいる。
「Jokerのカードは私が握ってる。 先のことはまだわからん」
泣きそうなほどに目を潤ませる一心の頬に左手を伸ばすと、おそろしいまでにホッとする。
そうか、これは本能だ。私は一心の隠した本当の瞳の色ももう知っている。
「護ってくれるんだろう? だったら、私を殺すな」
一心の表情がわずかに凍り付く。
「彼女にすることは無理でも、王を護ることならできるんだろう?」
一心がふっと視線をそらした。
「もう誤魔化すな。 一心がしないのなら、望にさせるだけだ」
はっと顔を上げた一心の目を今度は私が見ない。
迷うからもう見ないことにした。
待てと言う一心の言葉を私は遮ぎった。
「望、やれ」
右手で望の頭をなでると、狐は御意と首を垂れて光となって姿を消した。そして、その光が消え去るとそこにはあの泉に似た場所が現れた。
時生と咲貴が一気に変わった景色に呆然として立っている。
咲貴がはたと何かに気がついて、その視線を人型に戻った望へ移した。
「望、Jokerって何のこと?」
にやりと笑んだ望。
咲貴は静かに眉をひそめた。
「やってはならないことをしたんじゃないわよね!?」
今度は咲貴の目が私に向けられる。
「真っ白なまま勝てるなんて思ってない。 何をしてでも、絶対に勝たねばならない。 これから先のことは勝ってから考える」
咲貴は私に手を伸ばし、胸倉をつかもうとしたが、寸手のところで一心に遮られた。一心が咲貴の手をつかみ、首を静かに横に振った。
「全ては勝ってから論じる。 負けてしまえば、罪も罰も何もあったもんじゃないからな」
一心が急に標準語で話し出す。
「今はこいつが勝つと言うのなら、それを信じて動け」
咲貴が唇をかんで、一歩だけ足を引いた。
「手持ちのカードを出し惜しみする余裕なんてない。 使える物は何でも使う。 その結果、刺し違えることになったとしても、勝つ」
それは勝利とは言えないと咲貴はつぶやいた。
泣きたいほどにその通りだが、それでも誰かがやらねばならないのなら、それは私だと思った。その覚悟を見て、望は私の願いを叶えてくれたはずだ。
時を遡ってまで連れ帰って欲しいと私が依頼した人物は一人だ。
奇しくもその願いは未だ姿を見せない公介も同様のはずだ。
うまくかみあうかどうかは、公介にかかっている。
その時間稼ぎだけでも私がしなくてはいけない。
「急ごう、壮馬さんはきっともう次の手に出てる。 冬馬が危ない」
敵はトップクラスの憑依師。壮馬はその絶望的に優秀な能力ホルダーを護っている。だとしたら、器の要件を満たす冬馬が狙われてしかりだ。
「早くしないと壮馬さんは冬馬を殺す」
時生がぼそりとつぶやいた。
咲貴があわてて時生の顔を見上げた。
「志貴をこんな目にあわすことにすら躊躇しなかったくらいだから。 対象が冬馬ならばさらに躊躇することなくやるだろう」
時生が続けた言葉に咲貴がすぐ横で膝を折った。
咲貴の顔色は真っ蒼だ。
声も出ずに震えている姿を見て私は気がついてしまった。
そうか、と。
冬馬と咲貴には私が知らない時間と絆があるということだ。
「冬馬を殺して何が得られるっていうの?」
咲貴が目に一杯の涙をためて顔を上げ、静かに問うた。
「冬馬はれっきとした宗像の濃い血を引いている。 世が世なら当主にもなれる」
時生の苦しそうな言葉にようやく意図することがわかった咲貴がゆるゆると立ち上がった。
「喰わせるっていうの?」
咲貴の声が震えている。
「壮馬さんの後ろにはあの白い髪の化け物が居る。 新しい肉体として選ばれるなら冬馬が適任だ。 志貴を仕損じたのだからBプランはそれだろう」
時生は目を伏せて、静かに言い放った。
「冬馬は狙いを知って、おそらくそれを逆手に闘っている」
時生は眉をひそめた。
「生きて喰われるくらいなら、刺し違えても己の肉体を滅ぼすつもりってことか?」
一心がほうと小さく息を吐いた。
やりかねないと咲貴は拳を握りしめてうなだれている。
「私がすべて止める」
とにかく言えたことはそれだけだ。
私の命もやはり風前の灯火だってわかってはいる。
だけど、私のことなんか今はどうだって良い。
一心にゆっくりと立ち上がらせてもらうと、一瞬ふらついたけれど、足にようやく力が入った。
身内同士の戦いも、それを誘発させた黒幕もまとめて叩き潰してやる。
「咲貴、私が冬馬をあんたのもとへ必ず取り戻してあげる」
まっとうに育まれた縁は私が護る。
咲貴と冬馬のこれは成就して良い恋だ。
私が永遠に手に入れられそうにないものだからこそ、せめて私が護ってあげようと思う。
「だから、私を信じて」
信じてなんて言葉を自分が発するとはなと苦笑いだ。
ゆっくりと息を吸う。
まだ死ねない。
視線をもちあげて、ぐっと前方をにらみつける。
「腹をくくった。 私が王だ」
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