第13話 梅は誇り高くあれ
辛気臭い。
そして、途轍もなく重苦しい空気感。
総勢十数名以上が一堂に会しているのに、何一つ会話がなされることなく、それぞれがひたすらに茶を飲んでいるだけ。
その場に遅れて入った私は冬馬とちらりとアイコンタクトをかわしたが、互いにこの空気を打破する一言が準備できそうにないなと互いに目を伏せた。
一昨日の報告はごく簡単なものとして上にあげたつもりだったが、祖父には見事に突き返され、ちゃんとしろと二人とも大説教をくらっていた。
さすがに怪我の具合から、ただの巣ではなかったことがばれたのだ。
そして、白い炎を使う者の存在を明らかにせざるを得なくなった。
「宗像の先代がやりあった者ということで間違いないか?」
祖父京一郎がようやく重い口を開いた。
「間違いありません。 見間違えるわけがない!」
話したくない部分を隠し切る代わりにある程度の情報提供は致し方なしと踏んだ。
「暗闇であったこと、遠距離であったことから、その人物の顔は不明です。 しかしながら、白い炎を扱っていること、あの度を過ぎた圧迫感は間違いなく同一のものだと確信しています」
ピリピリとした雰囲気の中にさらに絶望感が混じりあう。
圧倒的な恐怖を生んでいる理由は希代の黄泉使いと言われた宗像泰介が敗れた相手という点にあるのだろう。
当代において宗像泰介と向こうを張れる黄泉使いなど存在しないのだから、絶望感を誰もが拭い去ることはできない。
「志貴、冬馬の両名は3日間の任務停止とする」
祖父の一言に耳を疑った。
任務停止は罰則だ。私たちがどうしてここまで理不尽な罰を受ける必要があるというのだ。
私と冬馬は反射的に椅子を立ったまま、あまりに予想外すぎる展開に茫然自失だ。
「何故、即時撤退をしなかったのかについて、お前たちはよく考える必要がある。 3日間謹慎の上、任務停止。 両名ともに能力を封じる」
さらに何を言い出すのだ。
能力を封じることができるのは確かに元締めだけだ。だが、それは黄泉使いの罰則の最上級にあたる。あの時、怒りにまかせて飛びだしたのは私だ。冬馬にまでその害が及ぶのはお門違い。
「私だけならいい! 冬馬には罪はない!」
だが、もはや連帯責任だと京一郎は表情一つ崩さず決定を翻す気はないとひたすらに淡々と告げるだけ。
「納得できない!」
テーブルに拳を振り下ろして、私は祖父をきつくにらんだ。
「そもそも、人員を割かないと決めたのは最高会だ! 確認に行き、引くに引けなくなった。 それを責めると?」
私に加勢することもなく冬馬はゆっくりと目を閉じて、こともあろうに椅子に腰を下ろした。それは了承するというより、甘んじて受けるという意思表示にもみえた。
理不尽な決定を甘んじて受けるという冬馬も連帯責任だと言う祖父も間違っている。
机に置いていた握りこぶしに筋が浮き出た。
何と言われようとこれに従うわけにはいかない。
能力を封じられた三日間に自分達が襲われない保証などどこにもない。
丸腰であの化け物と対峙したらそれこそ終わりだ。そんなリスキーな状況に陥るのなら自分一人で十分。
「私一人が甘んじて受ける。 冬馬の罰則を今すぐに取り下げてください!」
罰則がやむを得ない物ならば私が受けるのだと祖父を再度にらみつけた。
すると、すぐ背後からどすの利いた声が突如として響いた。
「我が一門の後継達に能力を封じるまでの罰則を与える必要があるのかのう?」
あの穂積の御爺様が珍しく怒りを前面に打ち出している。
私の怒りなど比にはならないくらいの怒りだ。
「封じられた間に我ら宗像の未来を担う二人が襲われでもしたらどう責任をとってくれるんかのう? 宗像は志貴、穂積は冬馬を、それぞれに失ってはもう目も当てられん。 謹慎、任務停止は両者共に甘んじて受けさせるがその先を飲むことだけは絶対にできんわい!」
聞いたこともないほどに鋭い口調で、爺様はとうとうと続ける。
「冬馬、すぐに穂積へ戻り、謹慎せい。 志貴の言うとおり、これ以上の罰則をお前が受ける必要はないわい」
冬馬は無言のままゆっくりと席を立った。
穗積の爺様は杖で部屋の外を指し、冬馬を部屋から出そうとする。
「勝手は許さん」
京一郎が冬馬の足を止めた。
「我が一門を食い散らかしてしまうおつもりか? 構わん。 冬馬、行け」
穂積の爺様は有無を言わせず、冬馬を部屋から追い出してしまう。
「行けと言うている。 聞こえんか?」
冬馬は障子の外で躊躇したようなそぶりを見せたが、爺様の怒声に致し方なしという体でその場を後にしたようだった。
「さて、志貴。 お前もそもそも能力を封じられる必要はないわい。 あの化け物と喧嘩をして、死を賜ることもなくここに戻ってこられるような芸当ができるのは当代の黄泉使いではもはやお前しかおらん。 何を尻込みする必要がある? 公介不在の宗像にはお前しかおらんのだ。 当主代行としてのお前の言葉がわしはききたいのだが?」
穗積の爺様のするどい視線がこちらに向けられた。
当主代行としての意見。そうか、冬馬のように爺様がこの場に居るわけではない私には私が判断を下すしかない。私が私自身を護るしかない。
穂積の爺様と目が合うと最も強い発言権を持っているのは宗像の血筋であるはずだと言うように静かに頷いた。
筆頭の宗像が能力を封じられるような罰則を受けてはならない。
公介不在の苦しい状況であったとしても、ひいてはならない。宗像は宗像の特異性を、特殊性を誇示しなければならない。
「危険な悪鬼に対する基本ルールを遵守できなかったことに対しての罰則として謹慎はする。 ただし、能力を封じられるまでの罰則を受けることはしていない。 私は宗像一門の当主代行としてお断りする!」
「穂積は本家当主の意向にのみ従う。 津島は津島で勝手にやればええ。 そもそもの根本が志貴の訴えに対し人員を割かなかった結果だという認識を津島一派で猛省して欲しいもんじゃ。 宗像若しと侮った先見のなさを殊更、恥じることじゃ」
穂積の爺様はにやりと笑んで、こちらに目配せをした。
爺様はこの場でこれをしたかったのかもしれない。
数の圧倒的優位を誇る津島一門に対し、能力の圧倒的優位を誇る宗像一門がやるかと握りこぶしを突き付けるような姿をみせたのだ。
爺様はさらに意地悪く笑む。
「これでもまだ楯突ける度胸があるとしたらそれは道理も身の程も知らんということじゃ」
穂積の爺様は津島一派の言葉をあっさりと封じてしまった。さすがに百戦錬磨の爺さんの静かな威圧に、京一郎はもう何も言わなかった。
眉間にしわを寄せたままの津島聡里、そして、腕を組んだままの母の姿もある。
だが、誰一人言葉を発することはなかった。
宗像一門の圧倒的優位にはどうにもいわく付きの歴史がある。
何がどうひっくり返ったとしても、津島には絶対強者の血を身に宿す宗像を侮ることは許されてはおらず、血族の格付けには圧倒的な差があるのだ。
「宗像志貴、穂積冬馬、両名の謹慎における代行任務は調整して知らせる。 3日間は津島一門が須く全ての任務を代行する。 こちらが宗像一門の動きを封じさせていただくような決定をしたのだからやむを得ない。 もう誰も意見をするな」
京一郎のややとげがある言葉に爺様は軽く舌打ちをしたが、もう面倒だと言うように目を閉じた。
「当主代行、帰るかのう」
爺様のわざとらしい言葉に肩を落とすしかないが、一緒に部屋を後にすることにした。
「こうも分が悪いのが続くのは面白くないのう。 公介は何をしとるんじゃ、ほんに。 宗像一門は能力では負けんがな、如何せん、数が少ない。 少数精鋭と言えば聞こえは良いがな、津島ほどの体力がありゃせん。 だから、津島に対して、お前がひいちゃならんのよ。 お前は津島一門全部丸ごと飲み込んでしまうくらいやりこめにゃならんぞ?」
「泰介さんみたいな圧倒的な強さが私にあればなぁと思うよ」
「もうちと受け入れてみろ。 さすが宗像よと言われるように精進せい」
「鋭意努力します。 さても謹慎生活かぁ」
「アレはお前をしっかりと回復させるための方便。 最初から能力を封じるなんぞ、するつもりはなかったようだしのう」
思わず足を止めて、穂積の爺様の顔をまじまじと見た。
「何だ、気づかんかったのか? 阿呆じゃのう。 わざとわしと喧嘩して見せたのよ、お前のおじい様は。 津島から甘やかされる宗像なんぞ、哀れなだけだ」
これが真実だというなら何てわかりにくい愛情。
ひたすらに長すぎる廊下の真ん中で、膝の力が抜けそうになった。あまりにまわりくどすぎて眩暈すらする。
「敵を欺くにはまずは味方から。 怪我をしたので可愛い孫娘をお休みさせますね、では通らんだろうが?」
「じゃあ、何で能力まで封じるとか?」
津島の祖父の行動を理解できなさすぎて声が裏返った。
むず痒く、気恥ずかしいの半分、理解できないという疑問符半分。
「能力を封じる最上級の罰則を与えると口にすることで、津島の他の連中を黙らせただけだろう。 それと、あれはほんの少しの本気。 黄泉使いになどしたくなかったんじゃろ」
「この一門に生まれて黄泉使いになれんかったらそれこそアイデンティティの崩壊だよ!」
「可愛いもんを危険にさらしたくはない。 その気持ちはようわかる。 黄泉使いの家に生まれ落ちたことが幸せかどうか。 親の側は皆思う。 何の才能もなく生まれてきてくれたらそれで良いのになと思うもんじゃ」
爺様のこんな想いを初めて聞いた気がした。
「危険にさらすとわかっていて、背負わせる物も多すぎるとわかっているのに、黄泉使いの才を我が子にくれと思う親などおらんわい」
穂積彦一の想いを語った背中が寂しそうにみえて、ほんの少し泣きそうになった。
可愛い者を危険にさらしたくはないか。
「なぁ、志貴よ。 白い炎を見て、お前は何を思った?」
答えにくい質問を簡単に放り投げてくるあたりが、確実に意地が悪い証だ。
「本音と建て前、どっちで答えれば正解?」
本音は何が何でもぶっ殺す。
建前は理を遵守するため手出しはしない。
お利巧なのは後者だとわかって聞いているのでしょうと、睨みつけた。
生身の人間がいつまでたっても命を落とすこともせず、悪鬼に堕ちることもない。
冥府からしても捕縛に手を焼いている相手に違いないのに、そんな奴とどう闘うのか、見通しも何もない状況にうんざりだ。
「東風吹かば、にほひおこせよ、梅の花、主なしとて春な忘れそ」
「いきなり何を? それ、菅原道真?」
「そう、菅原道真公の和歌じゃ。 ようわかったのぅ。 さすがだのう、梅の主」
「主なしとてって言われてるけどもね」
「こりゃ失礼」
けらけらといつも通りに笑っている爺様のあたたかさに救われる気がした。
《東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ》
梅の花が題材の和歌の中でも、何となくこれは知っていた。
大宰府に左遷された時に、京の自宅にあった梅の木を思って詠んだ菅原道真の歌だ。
【東風の吹く季節になったのなら、かぐわしい香りの花を咲かせてくれ。
その花の香りを愛でる私がいなくても、どうか春を忘れないでくれ】
確かそんな切ない歌だった気がする。
父が亡くなってから、公介はよく色んな話を聞かせてくれた。
日本で花といえば奈良時代頃までは梅を指していたのだが、平安時代になって桜が台頭してきただの、万葉集やら多くの和歌では花と言えば梅を詠んだものが多いだのと小ネタばかりだ。
菅原道真の詠んだ和歌が、その中でもなんだか記憶に残っていたのは、公介が宗像の想いも同じだと言ったからかもしれなかった。
宗像の主が移り変わっていったとしても、必ず、春には美しい梅の花を咲かせるように続いていけば良いと思うと、そう言っていたのが印象に残った。
「公介がいなくたって咲かせなければならないって言いたいの?」
「主なしとて、春な忘れそ」
この爺様、本当にのせるのがうまい。
腹が立つほどに落ち込んでいる気持ちがすっかりと消え失せる。
「春な忘れそ?」
「そう、春な忘れそ」
穂積のじいさんと肩を並べて長い廊下をゆるりと歩いていく。
「東風吹かば、にほひおこせよ、梅の花、主なしとて春な忘れそ」
「そう、桜より早く春を告げるのは梅だろう?」
冬を乗り越え、春を手繰り寄せる強い花だと爺様は言った。
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