折らない折り紙

 息子が、隣のおじいさんから折り紙を習ったと言う。

 お礼を言おうと、隣を尋ねると誰も出てこない。

 出かけているのかな。

 まあ、次会ったときでいいか、と数日が経った。


 もはや日課となったお隣訪問をする私を、呼び止める声。

 大家さんだった。


「どうしたんだい?」


「あ、いえ、うちの子がこちらのおじいさんにお世話になったようで、お礼を言おうと……」


 すると大家さんは眉間にシワを寄せ、わざわざ近くまで来てから耳打ちしてくれた。


「そこ、もう何年も空き室だから、勘違いじゃないのかな」


 お礼を言ってすぐ部屋に戻る。

 言われて思い出す。

 そう言えばそうだったと。

 なんですぐに思い出せなかったのか……ああでも今はそんなことより、そのおじいさんは誰かということが大事……隣の人を騙って息子に近づいたのは。


 すぐに嫌な顔を思い出す……けど、あの人は、おじいさんって呼ばれるほど老けてはいないし。


 不安になって息子に確かめる。


「どんなおじいさんだった?」


「やさしいおじいさん」


「どんな折り紙を教えてもらったの?」


 すると息子は黙々と折り紙を……切り始める。

 折るのではなく、ハサミで。

 そのまま一度も折らずに最後、何か聞き慣れない歌のようなものをモニョモニョと歌い、私にそれを見せた。


「できたよ。しきがみ」


「しき? 折り紙じゃなく?」


「しきがみって教えてもらった」


 その「しきがみ」という響きが、なんだか死神っぽくて背筋が震えた私は、そのおじいさんについてあまり深く詮索してはいけない気がして、それ以上聞くのをやめた。


「知らない人と仲良くしたらダメよ」


「わかった」


 息子は再び「しきがみ」作りに没頭する。

 よく見れば、部屋のあちこちにその「しきがみ」が飾ってある。

 いつの間に。


「ね、これ、こんなに散らかしちゃダメよ。片付けてちょう」


「ダメ!」


 私が言い終えないうちに強い返事が返ってきた。

 息子をぎゅっと抱きしめる。

 私のせいでストレスの多い暮らしをさせているからだ。

 今は息子の気の済むようにやらせてあげよう。

 もしかしたら、そのおじいさんというのも本当は居ない人かもしれないし……小さな頃、私にもイマジナリーフレンドが居たから。


 何も解決はしていないけれど、気持ちは少し楽になり、私と息子の生活は再開した。

 ただし「しきがみ」に囲まれて、だけど。




 それからさらに数日が経った……深夜。

 物音に目を覚ました。

 男の声……部屋の中から!


 慌てて飛び起き、隣に寝ている息子を確認する……居ない!

 急いで電気を点け、声のするキッチンの方へ行くと、息子の前に男がうずくまり、その体にはたくさんの「しきがみ」が貼り付いていた。


「ママをいじめるな!」


 息子の声なんだけど……うちの子、こんなにも力強い声出せたっけ?

 男は起き上がり、顔が見える……ああ、どうして。

 どうしてあなたがこの場所を知ったの。


 全身が恐怖に震える。

 息子を抱き寄せて庇いたいのに、体がうまく動かない。

 声も出ない。


 ……でも、私を見るあの人の表情が、いつもと違った。


「わ、わかったから。もう二度と来ないからっ」


 流血していた……あの人は……そう言って、玄関から出て行った。


「ママ! しきがみであのひとをやっつけたよ!」


 あれだけ恐怖と嫌悪の対象でしかなかったあの人が、息子に「あのひと」と呼ばれることを、少しだけ可哀想と思えたのは、玄関に落ちていたあの人の指や耳や目玉を見て、本当にもう二度と近づいては来ないって思えたから。


 なんで、あの人のこと、あんなにも怖がっていたんだろう。

 私は息子を抱きしめ、息子と、しきがみと、おじいさんにもお礼を言って、あの人の残した生ゴミを片付け始めた。




<終>

式神

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