亡キモノハ空ヘノボル

「……なンだ……ここは」


「気がついた?」


「女? 見た感じ未成年か……で、お嬢ちゃん、俺がなンでこんな廃墟で椅子に縛り付けられてンのか、説明してくンないか?」


「自分の胸に手をあててみたら?」


「あー、そうだな。じゃァ、お嬢ちゃん、片手だけでも自由にしてくンないかな」


「今はできない」


「そーかい。んじゃ、なんで俺がここに連れてこられてンのか教えてもらえっかな? 心当たりが多過ぎてね、見当もつかねェンだ」


「百鬼夜行って知ってる?」


「おいおい。こりゃまた随分なつい名前だなァ。お嬢ちゃんなんかまだ生まれる前の話じゃねェか? ……っつーことはさ、お嬢ちゃん、あいつらのうちの誰かの娘かい?」


「じゃあ、百鬼夜行の絵巻物も見たことあるよね?」


「なンでェ。会話のキャッチボールできない子かい……敬語の使い方も知らねェようなお子様のお遊びに付き合う義理もねェンだがよ。まァいいや。乗ってやンよ……で、巻物かい? あるぜ。俺ら親衛隊と総長の特服トップク並べりゃァ、裏地に百鬼夜行の絵巻物が揃うってェ寸法だ。で、お嬢ちゃん、もう一回聞くぜ。うちのチームの関係者かい。今ならこんなおイタも笑って許してやン……テメェ……なんで総長の特服持ってやがンだ」


「この名前、知ってる?」


「アァン? 太陽じゃねェのかよ」


「空亡」


「……クウボウ?」


「初めはそんな名前なんてついてなかった。でも、勘違いがそのまま広まって、今は空亡という名前を得ている」


「クウボウでもマンボウでもどーでもいい。どうしてテメェがそれを持ってンだって聞いてンだ」


「空亡は妖怪を滅ぼす」


「アァん? 今度は妖怪だァ?」


「いつの間にかそういう噂が立った。そして今は妖怪を滅ぼす妖怪として描かれることもある」


「テメェ、頭にウジわいてンのか? 人の話聞けって親に教わンなかったか?」


「教えてもらってない」


「そーかよ。テメェの親も俺の親みてェにハズレ親だったンだな」


「そうね」


「おー。ようやくキャッチボールできたな。それじゃ早速、この縄を解いてくンねェかな?」


「存在しなかったモノが人の言魂コトダマで力を得て、存在を得るというのは不思議なこと。妖怪なのに妖怪を駆逐するなんて、滑稽な妖怪。きっと、一人ぼっち」


「またかよ。イカレてンな、このガキ」


「人が空亡になれるって聞いたら、どうする?」


「テメェが会話に付き合わねェンだ。こっちも付き合う気はねェよ……ンだァ? ガキの笑い声?」


「私は笑ってない」


「テメェじゃねェよ。もっと小っちぇガキの声だ。なんでこんな廃墟にガキが居るンだよ」


「あー、隣の部屋で遊んでいるあのね。最近ここによく遊びに来ているみたいね」


「こんな廃墟にか?」


「あの娘には、ここが廃墟には見えてないんじゃない?」


「どういうことだよ」


「ずいぶん、怖い顔するんだ」


「テメェ……わかっててやってンのか?」


「わかっててって、何を?」


「チッ」


「あの娘、ここに魅入られてるよ。この『呪いの家』に。きっとこのまま遊び続けたら、ここで亡くなった多くの人たちと同じように」


「おいっ! テメェッ! なンつったッ!」


「あの娘が魅入られてるって」


「そこじゃねェ! 呪いの家とかたくさん死んでるとかだよッ!」


「ああ、そこ。うん。ここ、『呪いの家』って呼ばれている有名な心霊スポットだよ。わざわざ遠くから自殺しに来る人も居るみたい」


「だからなンでッ! そこにあンなガキを連れてきたって聞いてンだッ!」


「なんであの娘のこと、そんなに気にかけるの?」


「チッ……別に気にかけたりはしてねェよ」


「その割には声聞いただけでわかったじゃない」


「アァンッ!」


「ふーん。じゃあ、本題に戻るね。空亡は妖怪を滅ぼすの。でも、空亡の力はそれだけじゃない。人が力を与えた妖怪。人に近い妖怪。本当に妖怪? ううん、違う。空亡なんて妖怪はいない」


「ケッ」


「人が、空亡に成るの。空亡は、妖怪であり妖怪ではなく、人であり人ではない」


「……回りくでェな。何が言いてェンだ?」


「空亡という言葉は単なる容れモノでしかない。人がそれを、そういうモノだと思いこめば、それはそうなる」


「オイ……誰かを空亡にしようと企んでるってことか?」


「それ、面白い考え。この状況でそんなこと言うだなんて、ここに居る三人のうち誰かを」


「貴様ァッ!」


「そう、その言葉。いま、侮蔑や憎しみを込めて使われたその貴様という言葉も、かつては敬語。でも、今、そういう使われ方はしないよね。時代の中で、それを用いる人達の手で、変容させられてしまった。言魂は……魂はね、人の手で歪むの。そういうやわらかいモノなの」


「減らず口叩くなッ! この教育がなってねェテメェにはちょっと厳しめのお仕置きが必要だなオイ!」


「へぇ、あの娘のためならそんなに一生懸命になるんだ?」


「テメェ、わかってて言ってやがんな?」


「何を?」


「関係ねェよ。俺にはガキなんぞいねェ。俺が認めてねェんだ。だから居ねェ。人が思いこめばそうなンだろ?」


「そうだよ。空亡もね、空亡になりたいって気持ちをもとに、人を依り代にして生まれる。そんな空亡だから……滅ぼせるのは妖怪だけじゃないの……いい表情……心配が滲み出てる」


「心中しようってェのかい」


「残念。それも面白そうだけど、空亡の力は、生きている人には及ばない……ああ、あからさまにホッとするんだ」


「う、うるせェ! つーか、テメェ、わかっててあのガキをここに連れてきたンだろ? なんだァ? 俺に復讐してェのか?」


「復讐される心当たりはあるんだ」


「今までの人生、悪いことしかしてねェからな」


「で、最期にあの娘を助けて、それで精算したつもり?」


「だから関係ねェって言ってるだろッ! あのガキは俺のこたァ見たことも聞いたこともねェンだからよッ!」


「そんなことまでよく知っているんだ」


「チッ」


「悪名高い自分の関係者だと何かと巻き込まれるかもしれないから、わざと距離を置いてる、とか? ……違うか。ただ逃げただけだよね。父親っていう責任から」


「テメェ……そろそろ殺してやろうか」


「でも残念。巻き込まれたのは、あの娘の方じゃないよ」


「ンだとォ?」


「逆だよ。あの子が先。あんたがどう考えようとも、世間はあの子とあんたを切り離して考えない」


「テメェがそう仕組んだのかよ」


「ああ、そうか。やっぱり巻き込んだのはあんただ。あんたがどう思おうが、あんたと子供との関係は、周りの人がどう思うかで変わる。世の中は、あんたと子供を切り離しては考えない。あの娘はそのせいで一緒に遊ぶ友達もできず、ずっと一人でいた……だから、この家に魅入られた。これは偶然かな?」


「……」


「その表情、親らしい顔ってやつ?」


「テメェ、何が目的だ。さっき人が空亡になるとか言ってたな……俺がその空亡ってェのになったら、ここの悪霊どもをぶっ殺せるって言ってンのか?」


「半分は正解」


「じゃァ、とっとと俺を空亡にしやがれ。テメェの顔は見飽きた。ガキの話もしたくねェ」


「そっか……」


「くッ」


「何? 私が近くに来たら、突然暴れだしたりして。もしかして私のこと殺そうとした? あの娘のことはいいの? 空亡になるって言ったのは嘘なの? また逃げるんだ?」


「うるせェな……もう、暴れねェよ」


「……そう……じゃあ、私が言う通りに唱えて。空亡になりたいと念じながら」


「唱える? って、おいっテメェ……くすぐってェンだよッ」


「耳元じゃないと聞こえないでしょ?」


「別に聞こえるよッ」


「照れてんの? 若い女の子にこんなに近づかれるのは久しぶり?」


「ふざけてンのか? さっさとその呪文だかなンだか知らねェが、唱えやがれよッ」


「そう……わかった。じゃぁ……」




「みーきちゃん」


「あっ、おねえちゃん! ごようじ、おわったの?」


「うん。おわったよ。大きなおひさまみたいにふくらんで、わるいモノ全部祓ってくれたから」


「おねえちゃん、すごいんだね!」


「すごいのはおねえちゃんじゃないのよ。みきちゃんを守りたいって思う人がやったの」


「みきのこと、まもってくれるひと? ママかな?」


「そうね。そうかもしれないね」


「おねえちゃん、なんで泣いてるの?」


「ちょっと思い出しちゃって」


「おねえちゃん、いいこいいこしてあげる!」


「ありがとう。みきちゃん、やさしいんだね」


「ひとにやさしくしなさい、って、てんごくにいるパパが言ってたんだって」


「みきちゃんのパパ、天国にいるんだ」


「ママがそう言ってた」


「じゃあ、一緒だね。おねえちゃんのパパも同じ場所にいるはずだから」


「おねえちゃん、あたたかい」


「うん。みきちゃん、おうちの近くまで送ってあげるね。もう、帰りましょ」


「うん! 帰る!」


「バイバイ、お父さん」


「みきもバイバイする!」


「一緒に、バイバイしようね」


「バーイバイ!」


「バーイバイ」




<終>

空亡

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