Section6『クラークの娘』~時系列『現在』~

 敵側ヴィック・バンに捕らえられたジョンとミラは六体の人間兵器ヒューマノイド達に銃を突きつけられ、連行されていた。

 薄暗く黴臭い通路には無数の蜘蛛の巣があり、明かりといえば通路の両端にある蝋燭のほのかな光だけだ。


 地鳴りがして、パラパラと粉塵が落ちる。それに合わせて蝋燭の炎も左右に揺れた。


 いかにも地下という感じの薄暗い通路に先頭から人間兵器を率いている男一人、三体の人間兵器、ジョンとミラ、そしてその背後で機関銃ライトマシンガンを構える人間兵器三体、と言った感じだ。


 先陣を切って歩いている銀髪のこの男に、ジョンは見覚えがあった。たしかつい先日マンハッタンでヴィック・バンの邪教徒から自分たちを逃してくれた民間軍事会社スモーキング・ドッグ・カンパニーの傭兵に違いなかった。


「ちょっといいですか? おたくさん」後ろ手を手錠を組まされたジョンが先陣の男に声を張り上げる。


「捕虜が質問する権限は、ない。黙って歩け」男は僅かに首をこちら側に向け冷たく発する。


 なんだよそれ。むっとしたジョンは自分たちの状況をわかっていながらも「いやぁ」と続かせた。


「びっくりしちゃってね。まさかSDCの傭兵がヴィック・バンでアルバイトをやっていたなんて」


 男がバッとこちらに振り向いた。隣のミラも不安げにジョンを見上げる。


「あれ? ……ひょっとしてこちらが本業かい?」


 なおもジョンは不敵に応じる。そして急いで下顎の前歯の間から極小の枝ほどのサイズの発信機を舌でひっかき出す。そしてそれを右頬に素早く忍ばせる。口をモゴモゴと動かさないよう自然な動作を見せるのは至難の技でもあった。


「黙れと言っているだろう」


 男が人間兵器を下がらせ詰め寄ってくる。気づかれていないらしい。


「なんであの時我々を助けたんだ? ヴィック・バンのお犬くんよ」


 ジョンは道化を演じながらも本心を問いかける。実際、ヴィック・バン側についているならあの時あのタイミングでジョン達を助ける意味がわからなかったのだ。


 男がジョンの瞳を覗き込む。心の隙間にも入ってくるような凍てつくまなざしをジョンはひやひやしながらも受け止める。


「俺はジャック・フリンだ。ふっ、なんとでも言ってくれてかまわないさ」


 男……フリンはそう言うと、平手をかざした。


 いい子だ、そのまま打て! とジョンは心のなかで念じる。


 右頬に忍ばせた発信機は強い衝撃を受けると潰れてここから遥か彼方の戦闘諜報軍の司令室に信号が届くはずだ。折れた発信機は飲み込んで処分し、便として排泄されてもタンパク質の層の中にナノレベルで入ってるため探知されないという代物だ。


 しかしフリンは何を思ったか手を降ろすと、踵を返し元の位置に歩いた。


「貴様たちは大切なゲストだからな。ただ殺すだけではダメなのだよ」




 通路の最奥にある鉄格子の扉の前。フリンは扉を軋ませながら開けると、ジョンとミラに向かって顎で「中に入れ」としゃくって示した。

 気圧されるジョン。隣にいるミラも同じなようで尻込みをしていると、背後にいる人間兵器に銃口で背中を小突かれた。


「はぁ、わかりましたよ」


 ジョンが渋々と言った感じでつぶやく。


 牢獄に放り込まれ、ジョンは顔を地面に打ち付ける。右頬を打つように心がけたので、忍ばせておいた発信機は割れたはずだ。


 ミラも同じく乱暴に放り込まれ、尻もちを激しくついた。


 扉が閉められる。


「あとでボスが来る。それまでは大人しくしておけよ」


 鉄格子の向こうからフリンが真顔でそう言うと人間兵器を従え、去っていった。


「手錠も外してくれないの? この人でなし!」


 ミラが大声で去り行くフリンにどなる。


「食事は持っていくから気にしなくていい。敵をいきなり殺すほど我々は外道ではない」


 何食わぬ口調で言う声が遠ざかる。


「なんて奴らだ……」


 ジョンが鉄格子の向こう側で去り行くフリンに届くように睨む。


「ジョン」ミラのその声が聞こえそちら側に視線を移せば彼女の顔が至近距離にあり、ジョンはどきりとする。


「落ち着いて、聞いて」無垢なほど透き通った緑の瞳が言う。


 そして彼女は背伸びをして耳に自分の口を近づけた。それに合わせ、彼女の体臭が鼻孔を叩く。


「食事を運んでくる、と彼らは言ったよね?」


「あぁ」


「脱出するよ。その時に」


 ジョンはミラの顔を見た。その目は真剣そのものだ。


 しかし、


「脱出するって言ってもな、ミラ。僕らは後ろ手を手錠をかけられてるんだぞ? それに先刻の時に僕は助けを呼んだ」


 発信機のことをミラに説明する。


 それを聞いたミラは嬉しそうな、それでいて申し訳無さそうな顔をした。


「けっこう考えてるんだ?」


「僕だってみすみす彼らに捕まるほど、無抵抗な人間じゃないよ。隊長だしな」


 ただな、とジョンは続かせる。


「ここを脱出しないと動けないのは現状だ。……手錠も解かないとな。それには同感だ」


 ジョンはミラに微笑みかけた。


「だから食事を持ってきた看守をぶちのめして脱出する考えはいいと思う、……が色々と考えないとな」


「だね、あたしも色々――」


 ミラの言葉を遮る形で、通路の奥から重々しい足音が聞こえる。ジョンとミラは急いで離れた。


 響く足音はやがて巨大な地鳴りとなり、天井を大きく揺らした。ジョンは固唾を飲む。


 ヴィクター・バーンズが鉄格子の向こうヒョイと顔を見せた。


 ジョンは心臓が跳ね上がりそうになる。ジョンの想像イメージでは看守的な痩せ型の兵士が来ることを想定していたので、この結果はかなりの誤算だった。


「こんばんは、人形共ドールズ諸君」


「ここから出せ!」ジョンはヤケクソ気味に鉄格子に食いつき吐き捨てた。


「できない相談だ。それに私は二人分の食事を持ってきただけだ。通してもらえんかね?」


 バーンズは食事のトレーを器用に片手に乗せたまま、スミスアンドウェッソン製のM500回転式拳銃リボルバーをこちら側に向けた。


 ジョンは「くっ」と喉を鳴らしながら引き下がり、部屋の奥まで行く。


「ふっ、それでいい! 子供は素直な方がありがたい。面倒じゃないからな」


 バーンズは鉄格子を開けると、その巨体を潜らせ食事のトレーを持った手で律儀に閉めた。


 何もかも見透かされていた。よりにもよって敵の大ボスが来るなど。くそっ、どうする? 考えろ……。


「色々思っているのはわかるぞ?」バーンズがその考えを見透かしたように、言葉を放つ。


「だが、所詮君たちは少年兵だ。なし崩し的に結成された戦闘諜報軍の戦力などたかが知れている」


 ジョンが一歩進むと「下がりたまえ」とくいっと銃口をジョンの方に向けた。


 ジョンは自分の無力さを恥じ、一歩下がった。


 バーンズは食器の乗ったトレーを置き、「食べたまえ、毒など入っておらん」と限りなく優しい口調で囁く。


「『腹が減っては戦はできぬ』日本のことわざにもある通りだ。食べろ」


 ジョンは渋々這いつくばるように食器の中のパンを貪った。ミラも同じく屈み込んで食べる。


「うんうん、素直だ、感心した」


 バーンズは尊大な口調を崩さずに言葉を放つ。


「あんたは何がしたいんだ?」ジョンはゴムのような食感のパンを飲み下しつつ言う。


「フリンを使い、君たちを逃がそうとしたことかね?」


 バーンズが考えを見透かすように言うと、ジョンはこの男の飲み込みの良さに舌を巻きつつも首肯した。


「若さとは可能性だ。君たちを戦闘諜報軍のような泥臭いところに居させるわけには行かない。仲間にならないか? と誘っているわけだ」


 バーンズが優しい表情でジョンを見る。


「薄気味悪い話だな。まるでオーウェルの『一九八四年』並みの洗脳だ」ジョンが吐き捨てる。


「ほほう! あの本を知っているのか?」バーンズは嬉しそうに言う。


「別に……昔チラッと読んだだけさ」


 バーンズがあまりにも喜ぶので、ジョンは面食らいつつ不貞腐れる。


「だが違うな坊や。あの本の結末は国の崩壊だったが、私が言っているのは「秩序の変動」だ。今のアメリカを見たまえ。国民の六五パーセントがアメリカの現状に懐疑的だ。君とてそうだろう? 何のためにアメリカに忠を尽くす?」


 ジョンは耳を塞ぎたくなったが手錠を科せられているせいでそれは叶わなかった。くそ、こいつと話していると本気でおかしくなりそうだ。


「でもテロ行為で強引に秩序を変動させるのは、ちょっと間違ってる気がするよ」


 口を開いたのはミラだった。ジョンもバーンズもそちらの方へ見る。


「あたしはありのままの世界を維持させる。それが目的で戦っている。あと、個人的にだけど自分の出生についてもね」


 バーンズは「君は……」と言い、ジョンから注意を背けた。


「そう言えば、君には若かりし頃の彼女を思い出すな?」


 バーンズはそう言って強引にミラの胸元に手を突っ込み、認識票ドッグタグを引っ張る。


「クラーク……。ひょっとしてあのアンジェリカ・クラークの娘か?」


 ジョンはどきりとする。何故彼がクラーク司令を? 知り合いか何かなのか?


「しらない……。本人に直接聞いてみれば? 会えないだろうけどね」ミラが毅然と言うのは今のジョンには非常にありがたい。


 バーンズは「よろしい」と立ち上がり、ミラを睨みつけた。


「彼女の娘ならますます興味深いな? 一緒に来い」とミラを立ち上がらせる。


「君もだ」とジョンの腕を取り、暴れるミラを肩に担ぐ。


 そして暴れるミラを物ともせずにこう言い放った。


「親愛なるカイル・カーティスくんに会わせよう」

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