Section4『散り散りになったものたち』~時系列『現在』~

 ジョンの乗ったフライングポッドは大きな木にぶち当たった後、こまが回るがごとく回転し、木々の間に挟まっていた。

 ポッドが打ちつける雨を跳ね除けて開き、吐瀉物まみれのジョンが青ざめた顔で出てくる。


 また吐き気を催し、口に手を当てた後、胃液を吐く。


「あぁ……ちくしょう……」

 毒づきが思わず出た。


 どんな悪天候にも対応できるフライングポッドであったが、さすがにこの島の凶悪的な天候に壊れてしまったらしい。


〈パーソナル・ウェポンを取り出します。お気をつけて、ヒビキ少尉〉


 何食わぬ口調でガイド音声が告げる。形態変化山刀(マニアック)が格納スペースから自動で取り出される。

 ジョンはそれを手に持ち、そして食料と幾ばくかの飲料水のスキットルが入ったバックパックを取り出した後、ポッドを出た。


 地面にすとんと着地し、辺りを見回す。大雨で視界がひどかったが、どうやらここは森の中らしい。


 奥歯に埋められている無線機のスイッチを噛み押し、腕に埋め込まれたダイヤルを回す。


「こちらナイト。応答を願います」


 無線機本体にそう吹き込むが耳に埋め込まれたスピーカーからは物悲しげな砂嵐(ノイズ)が散っているだけだった。


 だめか、とジョンは天を仰ぎ見た。


大雨が顔を打ちつける。その雨に涙が混じってないといいが……。


 考えていても仕方がない、まずは行動だ。とジョンは防雨着のフードを深く被り、マニアックを片手に研究施設のある北へと向かった。




「こういう話を知っているかね? 『追い詰められた人間は幻を視(み)るようになる』と」


 バーンズに話を振られ、フィオラは顔を上げた。


 要塞の司令室。暗いその部屋の中にはバーンズとフィオラだけがいた。彼の右腕のジャック・フリンはドールズ撃退のための準備をしに行ったところだった。

 部屋にはバーンズの発する葉巻の紫煙がただよい、窓からは時々雷光が暗くなった部屋を光で刺していた。


「知っています。死が迫っているまでに、……もしくは人間の心理傾向です」


 フィオラはそう返す。好敵手(カイル)に追いつくために、伊達に勉強してきたわけではない。


「そうだ。そしてその幻を見ながら多くの者が死んでいく……。彼らは一度生存の道を放棄するのだ」


 バーンズはうれしそうに笑い、窓の外……エルシュ島の漆黒の森を見る。


「しかし、その幻から生存への着想を得て、文字通り「再生」する者も僅かながらいる」


 フィオラはバーンズの背中を見た。巨大なその背中に、いままでどれほどのモノを背負って来たのであろう?


「私はな、ウィリアムズくん。人が生と死との境目にもがくその瞬間こそ人間の価値が出ると思っている」


「ボスは……そういう幻を見たことがおありで?」フィオラが聞く。


 彼は葉巻に口をつけ「何回か、な」と言った。


「だが、その時の私には大切なものがいた。何物にも代えがたい宝が……」


 その言葉を聞いた途端、フィオラはバーンズとの距離が心なし縮んだように思えた。この人もありふれた男なのだろう、という安堵感を覚えるが警戒は解かない。やはりバーンズは英雄にして狂人なんだろう。


 バーンズは顔だけをこちら側に向けにやりと笑う。


「今もそれだけのために闘っているよ」




 ミラの乗ったポッドは予定進路を大きく外れた後、滝のように激しい水が流れ続ける河に不時着していた。

 中にいるミラは即座に開閉ボタンを押し、揺れ動くポッドの外を見る。

 陸地と呼べる陸地が見当たらず、脱出しようにもできなかった。


「さいあくだよぉ……」


 そう呟いている間にも水流はミラのポッドを押し出し続ける。

 この河の先はどうなっているんだろう? ミラはデバイスを取り出しホログラム情報を引き出す。

 画面に書かれていた内容は、「電波の強いところまで移動してください」という淡白なメッセージだった。


 ミラは先不安に恐怖した。もしこの河の遥か彼方に待ち受けているモノがあたしの想像する最悪のものだったのなら……?

 なんとかこのポッドを抜け出して安全なところに行かねばならない。


 彼女はよどみが酷い水面を見た。この激しい流れだとどう考えても泳げそうにない。

 次にポッドの手動制御装置を開く。水の流れに逆らう逆噴射でいくらかの時間稼ぎをしようという考えだ。

 だめだ、壊れている。


 試行錯誤している間にも彼女の乗ったジェットコースターはどこか恐ろしいところへ連れて行こうとしている。


 どうする、どうする。ポッドを漁っていたところで手に硬い感触が触れた。専用武器の電磁狙撃銃(ダヴィド・スリング)だ。

 こいつの威力なら、水の流れに逆えるかもしれない。


 これしかない。


 ミラはダヴィド・スリングを急いで充電し始めた。



 アンディ・リッチーは不時着したポッドから専用武器を取り出した後、走っていた。

 その後すぐに、ドールズの一員である神経質な少年デズモンド・リースと合流した。


 二人で研究施設を目指していると、不意にデズモンドが足を止めた。


「どうした、デズ?」リッチーが聞く。


「なにか聞こえない?」デズモンドがささやく。


 リッチーは耳を澄ました。遠くで、猛獣の咆哮のような音が聞こえる。

 仲間であるミラのダヴィド・スリングの放つ音とよく似ていた。彼女と任務を共にしてきたリッチーにはよくわかる。


「ミラの武器の音だな」


 リッチーはデズモンドを見た。デズモンドもうなずく。

 二人はその方向に駆け出した。



 充電が終わった後、燃料タンクを押し挿れ、ミラは河の流れる方向にダヴィド・スリングを撃った。

 巨大な光刃が銃口から放たれる。心なしポッドの流れが弱まったように感じる。しかし、完全ではない。

 スコープ内のパーセンテージはすぐに半分となり、そして〇パーセントとなった。再びポッドが激しく流される。


「駄目かよー」


 ミラは舌打ちをし、再度充電レバーを引いた。


 不意に、河の流れる方に目を向ける。


 心臓がどくんと跳ね上がった。


 遙か先にあるのは海が覗く断崖絶壁だった。


 予想していたとはいえ、最悪のシチュエーションだ!


「やばいやばいやばいやばい……!」


 ミラは慌てた。まだスタートラインに立ってもいないのに、こんな展開は冗談でもない。


 ダヴィド・スリングの充電を悠長に待っている時間などない。ミラは巨銃をとりあえず肩にかけた。


 再び眼下の水流に目をやる。いっその事飛び降りて死に物狂いで泳いでみるか? 行けるかもしれないし。

 考えたところで却下する。生身よりはこのポッドに乗っていたほうが今は安全だ。


 どうすることもできないのか。そう考えたところで、ミラは自分の母、アンジェリカ・クラークの作戦会議(ブリーフィング)の時に言ったある一言が脳裏に蘇った。


『あなた、似てきたわね』


 似てきたとは誰にだろう? あの母は何を隠してるのだろう?


 その答えを知るまで、自分は死ねない。



 ミラはもう一度冷静に先に目を凝らした。その時、崖の一歩手前に枯れ木があることに気がついた。あそこを掴んだら、生存の確率は上がるはずだ。


 ミラはタイミングを見計らい枯れ木に飛びつく。手が枯れ木を掴んだ。


 しかしその木はぼきっと音を立てて折れる。絶望が、ミラを支配する。


 ミラは目をつむった。しかし落ちていく感覚はない。むしろまだ宙に浮いている感覚がある。


 目を開けて上を見る。黒人の青年が腕を掴んでいた。


「ヒヤヒヤさせてくれる……!」


 ドールズの仲間、リッチーが青ざめた顔で言っていた。その後ろではデズモンドが同じくリッチーの体を支えている。


「ありがとう、リッチー、デズ……」


 ミラが礼を言う。



 素直な気持ちであった。

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