Section7『花を散らせて』~時系列『現在』~

 インド洋・エルシュ島。海の混じった雨に打たれながら基地の外巡回を終えたフィオラは、自室に戻りシャワーで雨を洗い流した。

 冷たい雨を浴びてきたので、シャワーの熱に体がびっくりして肌が泡立ち乳首が膨張する。


 つまらない勃起だとフィオラは思った。自分は戦闘諜報軍から寝返ってこの島に来た。なのにこんなすぐ熱に適応できない体でどうするのか。


 フィオラは視線を下に向ける。すっと引き締まったお腹の向こうにまだ薄い茂み、その向こうには長い脚が見えた。


「もう……!」


 本当、自分の体なんか大嫌いだ。


 フィオラは浴室を出ると、飼い犬に餌を授けた。飼い犬の名前はブルックス。ジャーマン・シェパードの雄犬で、一緒にヴィック・バンに来た相棒だ。


 ブルックスは餌を一粒も食べこぼさず、完食する。


 フィオラは顔を緩めた。ブルックスと戯れる時間、そこに自分は安らぎを感じる。


 ブルックスはそのことを感じ取り、まじまじとフィオラを見た。


「お前はいいね……」


 フィオラは愛犬の額に自分の額を擦り合わせる。


「雨が上がったらお散歩に行こう」


 ブルックスは喜んで尻尾を振った。


 フィオラは視線を窓に向ける。強い雨が耐食性ガラスに打ち付けていた。



「フィオラ・メアリー・ウィリアムズ……」


 ヴィクター・バーンズのねっとりとこびり付くような声が部屋に響く。

 司令室でフィオラはバーンズと対面していた。バーンズは机に頬杖をつき座っており、フィオラは後ろ手を組み、足を開いた状態で立っている。


「言っておくが、リ・アメリカの忠犬が寝返ったことは私は感心もしていないし、君のことをまだ一片たりとも信用していない」


「承知のうえです、ボス」


 フィオラは決まったことを言う。


「口ではそうは言うが、それでも我が組織についていく代償は重いぞ? いかなる嘲笑も、いかなる陵辱も、いかなる大罪も、すべてを振り払い、私についていくのだな?」


 陵辱……その言葉にフィオラは引っかかる。どういうことだろう? 私がまだ年端もいかない少女だと馬鹿にしているのか?

 むっとするが、フィオラは「はい、ボス。あなたに身を捧げます」と言う。


「そうか……女として生きる道すらも捨てるのだな?」


 バーンズは嘲り、取り出した葉巻に火をつけた。


 紫煙がぶわっと上がる。フィオラは噎せたい気持ちを抑え、バーンズを見た。


「はい、女の悦びなど、とうに捨てています」


 紫煙が上がる。


 フィオラは煙を振り払いたい衝動を抑え、大男に頭を下げた。


「……そこの部屋にいけ、獣(けだもの)たちの相手をしろ」


 バーンズは葉巻で横の部屋を指した。


 フィオラは渋々、部屋に向かう。


 ドアを開けた途端、群がってくる男たちに手を捕まれた。


 フィオラは恐怖を覚える。


 固くそそり立った棒が狭いところに侵入してきた。


 洗ったばかりの体が名前も知らない男に穢される。


 嫌っていた長い脚が無様に開かれる。


「この、悪魔……!」


 フィオラは隣の部屋にいるバーンズに叫んだ。



 フィオラは部屋に戻りばたんと倒れた。ブルックスが何事かと近づいてきて飼い主の顔を舐める。

 浅はかな……これが現実か。フィオラは思った。

 結局、信じた道は険しかった。かつてのライバルのカイルは今何をしているのだろう。リーダーのジョンはどう考えているのだろう。

 ミラは……。


 フィオラは急に悲しくなった。こんなはずじゃなかった、とは口が裂けても言えない。でもあの悪魔に女として生きる選択肢を奪われたのだ。そのことがただひたすら悲しくなって、フィオラは顔に腕を当てる。


 ブルックスは涙に濡れた顔をひたすら舐めていた。フィオラは愛犬の健気さにまた、切なくなる。


「お前は、いいね……」


 ブルックスは返事代わりに、また顔を舐めた。

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