Section4『地下要塞』~時系列『現在』~

 ジョン達は薄暗い通路を歩いていた。

 通路には水滴の滴る音が響き、傍らにはどこからか出てきたネズミが進行方向へ逃げていった。


「……い」


「……おい」


 何処からか聞こえる声にジョンは身をすくませた。


「な、なんですか? カイルさん」


 と言いカイルの方を伺う。

 カイルは怪訝そうにこちらを見、


「あぁ? おれは何も言ってないぜ?」


 その瞬間、


「……おい!!」


 とデカい声がして、ジョン、カイル、ミラの三人は跳ね上がって声の方を見た。

 そこにはマンホール蓋を微妙にずらして、こちらを窺う二つの眼(まなこ)があった。


 ジョンは怖気づきたい思いだ。戦場では色々な死体や、臓物を見てきて、プライベートではスカトロビデオとそれに興奮してイチモツを扱き上げる男も見ては来たが、恐怖(ホラー)な展開だけは御免だった。


 そんなジョンの思いをよそに、ミラがマンホールに駆け寄り、屈み込んで二つの眼に挨拶をする。


「やぁ、ベイル」


「ミラだな? そしてヒビキ少尉とカーティス准尉もいるな?」


 その両者のやり取りでやっとジョンは、自分たちに声をかけていたのが我が戦闘AgentandSoldierForce……通称『ASF』……のドールズ担当のベイルであったことに気がつく。


「ベイル? 何してんだ、お前……そんなところで?」


 カイルが狼狽えた様子で訊く。


「話は後だ。降りてこい」


 そのベイルの声の後、マンホールの向こうに梯子(はしご)を滑り降りるような音が聞こえた。


「だってよ?」


「仕方ない……」


 ミラがマンホールをずらし梯子を降りていった。その後でカイル、ジョンの順に降りていく。


 ミラの体臭に勝るとも劣らないカビ臭さが鼻の中を侵食していった。




 ベイルが先導する形でドールズ一同は歩いていた。

 カイル、ミラに追従する形のジョンは、下水の腐ったドブのにおいとミラの体臭が混ざりあった異臭を嗅ぐはめになってげんなりせざるを得なかった。


「この先になにかあるのか?」


 背の短い小太りの青年(ベイル)に追従するカイルは疑問形に語尾を上げて訊(き)く。


「緊急基地だ」


 ベイルが前を向いたまま応えた。


 緊急基地? とジョンとミラが同時に答える。ドールズに入隊して以来、そんな話はひとつもされてなかったので驚きだ。


「もしもの時の、な。おまえらがヴィック・バン教徒による襲撃を受けたと聞いてクラーク司令がそこで召集(しょうしゅう)しろと言ってきたんだ。元は下水道の緊急避難室として作られたそうだが……」


 普段はぶっきらぼうなベイルが珍しく長台詞を言う。


 ジョンは「そうか」と返事をした。



 五〇マイルほど歩くと、一同はひとつのドアの前に立っていた。

 ベイルは右と左を確認し、コンコンとノックする。


「入ってちょうだい」


 冷たく、落ち着き払った女性の声が奥から聞こえ、ベイルはドアを引き開けてドールズ達を通した。


 薄暗く、アナクロな蝋燭が横に陳列する部屋の奥で眼鏡を掛けた双眸が怪しく光っていた。

 ASF司令、デザイナー・チャイルドの研究を進めている遺伝子技術者、そしてミラの母親のアンジェリカ・クラーク。

 クラーク司令官は眼鏡をくいっと指で押し上げると、ドールズ三人を見据えた。


「カイル・カーティス准尉……『キング』、ジョン・ヒビキ少尉……『ナイト』、ミラ……『クイーン』、よく来たわね」


 点呼を取り、三人のコードネームを読むと座っていた司令官は立ち上がり、妖しく笑った。


「おかげさんでな、マアム」


 カイルが返す。


「まぁかけてちょうだい」


 司令官が長テーブルとパイプ椅子を指して命ずると、カイルが手前の席、ジョンが向かって右側の席、ミラがその真向かいの左へとついた。


 司令官が席に着くとテーブル上に巨大なホログラムの資料が浮かんだ。

 バーンズの人物像(プロファイル)だ。


『ヴィクター・バーンズ、四三歳男性、出身旧アメリカ合衆国・シカゴ、イギリス系アメリカ人、西暦一九九五年三月二九日生まれ、身長二〇六インチ、体重一二〇キログラム、血液型A・POS、髪色黒、目の色青、信仰宗教カトリック』


「……三時間前、バーンズはズメウ・ウイルスを手土産にとある研究施設を占拠したわ」


 司令官が説明を始める。


「『エルシュ・ナノバイオ研究所』……」


「ちょっと待て、今なんと?」カイルが口を挟む。


「エルシュ・ナノバイオ研究所。あの『エルシュ島』にあると言われる細菌・ナノテクノロジー専門研究所よ」


 司令官が極めて落ち着いた声で復唱すると、ホログラムが切り替わり至って何の変哲もないひとつの島の地形が浮かんだ。


「インド洋にあるあのエルシュ島ですか?」


 ジョンはぎょっとして聞き返した。

 エルシュ島……、極端な大自然でその島に降り立ったものは生存不可能と言われる危険な島だ。


「そう島全体が生きていると言っても過言ではない、『生ける島』……そこにある使われなくなった研究所をバーンズたちは陣取ったの」


 カイルはやれやれと言った感じで頭を掻いた。


「あのおじさんはなんでそんなところに?」ミラが相も変わらず飄々として訊く。


 司令官は神妙な表情でミラをパッと見る。まるでそのミラの言動に違和感を感じているようだった。


「……理由はわからないわ。近づけさせないためじゃない」とやけに他人事のような感じで返すクラーク司令官。


「司令、ひとついいですか?」ジョンが尋ねる。


 なにかしら? とこちらを見た。


「僕らをその研究所へ潜入させるのが次の任務ですか?」


 疑問だったことを聞いた。


「するどいわね。そのとおりよ。……さすがは民間軍事会社のブラックマリーンのエースを張っていただけあるわね」


 珍しく司令官は顔をほころばせてジョンを褒めた。


「嘘だろ?」とカイル。


「雨とかすごそう」ミラは相変わらずマイペースだ。


「作戦開始は明後日二〇〇〇。残存米軍基地に垂直離着陸機VTOLを手配するわ。ステルスモードのあるやつね」


 了解、とジョンは短く返事を出す。


「明後日に備えて十分な休養をとっておくように。あの島では生き残ったものが勝者となるのよ」


「『勝利か、さもなくば死しかない』……と言った感じだね」ミラが何気ないように言った。


 その言葉を聞いた司令官が再びミラを見る。しかし今度は不思議そうな顔ではなく、頭を引き目を見開いていた。畏怖しているように見えるのは気のせいであろうか?


「……? チェ・ゲバラの言葉だよ、母さん。知らない?」


 ミラがわけがわからないと言った感じで手を上げる。


「……あなた」


 ややあって彼女は自分の娘を見た。

 ジョンもこの親子の間に介入しようかどうか迷っていたし、隣のカイルも彼女らを交互に見て黙っている。


「あなた、…………」


 ミセス・クラークが言った。

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