サヴァイヴ・アライブ ―殺戮人形の矜持―

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Interlude

Interlude『革命後-Aftermath-』~時系列『未来』~

 イギリス・ロンドン。巨大な時計台ビッグベン が鎮座する都市の漆黒の空に三機の武装ヘリが出現した。


 出現した、というのは何もない空間から突如として現れたのではなく、ヘリコプターに塗られた光学塗装のステルスモードが解除されただけだ。

「ご覧ください! SASのステルスヘリがロンドン上空を駆けてゆきます! 今、まさに『第二次大革命』を引き起こした戦犯『キング』の逮捕に乗り出そうとしています! 現場から中継です!」

 空を指差しニュースキャスターがカメラに向かって叫んでいる。




 ヘリの中では英陸軍特殊部隊、通称SASの隊員たちが短機関銃を従え座っていた。

 黒塗りのガスマスクに同じ色の戦闘服、ベルトのホルダーにはフラッシュバンが、脚部ホルスターにはグロック拳銃が収まっている。

 昆虫の顔のようなガスマスクで表情はわからないが、全員がそわそわしていて落ち着かない様子だった。


 そんな中で一人、肩の力を抜き足を地面に投げ出した状態でいる少女がいた。

 年齢は十代後半くらい、赤色に染めた髪にあどけなさが残る風貌。マスクの下は強面な中年ばかりのSASのメンツにしては異色を放っていた。


「おい、おまえ」


 ガスマスクの一人が言う。リラックスした状態の少女はめんどうくさそうな視線を男に投げた。


「そろそろ作戦時間だぞ。いいかげん、マスクを被れ」


 彼女は口端を釣り上げ、


「あたしはおじさん達のプロパガンダキャンペーンに参加するつもりはないよ。この服を着ることだって悩んだくらいでさ」

 マスクをつけていない少女。しかしその首から下の衣類は他のSASと同じ、黒ずくめのバトルスーツが着せられている。

 冷戦が終結した頃から軍に志願する女は増えたのだが、それにしても目前の少女はこの空間には異質だ。その戦闘服だって少女の顔からは様になってなかった。幼児がぶかぶかの服を着せられるのと似たミスマッチぶりである。


 SASとガスマスクの繋がりは長い。駐英イラン大使館占拠事件以来、ガスマスクに黒塗りのスーツというSASの典型的なビジュアルが民間にも行き渡った。

 今回のこの任務で総司令官がこの服を装備させたのは、隊員たちの家族を守るためというのももちろんあるが、プロパガンダ的な意味合いもあったのだ。


「粋のいいガキめ。デザイナー・チャイルドだかドールだか知らないが、足を引っ張るなよ」


 それでも少女、ミラ・クラークは静かな微笑を消さずにただガスマスクの男を見据えていた。




 SASのカートマン大尉には二つの目標が与えられていた。

 一つは高層ビル内にいる人質の救助。人質の数は十二人。人質には『ナノ』と呼ばれるナノマシンが注射されており、建物外に出ようとすると自動的に体内から爆発するとの声明が出ていた。


 もう一つは立て籠もった第二次大革命の首謀者『キング』の捕獲、不可能ならば抹殺だ。


「行くぞ、おまえら。『挑戦者に勝利あり』!」


カートマンがSASの標語モットーを掲げると、ロープとカラビナフックを使ったラペリング降下でビルの屋上に着地する。他の隊員達もあとに続き、最後にミラがすとんと着地した。

 カートマンは無線の指向性音声で他の隊員たちに命ずる。


「チャップリンとダーネイはここで待機。ブロンド、ハント、クラークは俺と来い」


 アルファチームのうちの二人を待機させると小娘と隊長である自分を含む四人を屋上の勝手口に向かわせる。

 小娘の身のこなしは一から十まで完璧で、仕草から何まで軍に所属していたものなら体に叩き込まれる移動のそれだった。それを見て、この少女を信用していいのかどうかますますカートマンにはわからなくなる。

それもそのはずだ。今回の目標の『キング』なる人物は連合国リ・アメリカから派遣された彼女の元仲間らしい。今回彼女がアメリカの使者として送られてきたのはキングの行動パターンを熟知しているからだと。


 我が国の部隊とは全く無関係の外野がチームに急遽加わり重要任務に同行する……これ以上きな臭いことはなかった。


「武器、装備の点検を」

 カートマンの号令でミラを含む他の隊員が手にした個人護身火器PDWの簡単な作動チェックをする。ミラは馴れた手つきで銃をすばやく点検する。


「なるほど、使い方はわかるみたいだ」

 思わず冷やかしを入れるカートマン。ミラは少しむっとした様子で、


「あたしは五つの頃からシミュレーションで色んな銃を握ってるの。たぶんおじさんが持ったことのないやつも撃ってる。バカにしないで」


「わかったよ、お嬢さん」

 むきになる少女を手で制し、無線を送信する。


「本部、こちらハンテッド〇〇一。これより『ヘイメルタワー』へ突入する」


〈統合本部、了解。一九階に熱源反応多数、警戒を〉


 一九階……このヘイメルタワーは二一階建てだ。二階下に人質とキングが待っているとすると、嫌でも隊の緊張は高まる。

 そんな中で汗一つかいてないミラが飄々とした態度を崩さずに無線通信の中で言う。


「誘い込まれている感じがするのは気のせい? 普通侵入ルートに近い階に人質を置いたりする?」


「試されているかもしれないな」

 と同部隊のハントが言う。大柄な体格と鍛え上げられた筋肉に反してインテリで神経質な黒人青年だ。


「普通に考えてありえない手段だ。なにか目的があるのか……あるいは――」


「このガキが目的か……」

 ヘリ内でミラに突っかかっていたブロンドが続かせる。爽やかな見た目に反して荒っぽい言動が目立つ三十路の男。

 ミラは顔を顰めながら、

「あたし? テロリストの要求は二億5000万ドルでしょ? だいたい突入経路を屋上から指定するのも怪しくない? なにを考えているのかわからない……」

「私語はそこまでにしておけ、お二方」

 ミラの言うことには同感だったが、くだらない争いが勃発しそうな空気をカートマンが静める。


 突入用の散弾を二つの蝶番に放ち、ドアを蹴り破る。

 暗闇の空間がそこには待っていた。

 ガスマスクを暗視ナイトヴィジョンモードに設定する。

 ミラもどこからか持ってきた暗視ゴーグルを着用していた。


「エレベータはどこも機能していないの?」


「階段を使いますか? 隊長」


「うむ、やむを得ん。階段を下っていく」


 粉塵が舞う階段を下っていく四人。


 そこで動きがあった。


「助けて! 助けてくれ!」


 両手にガムテープと目隠しをした中年男性が出てきた。キングの人質か?


「撃つな! SASの者だ、君を助けに来た」

 カートマンが駆け寄って男を抱き止める。


「そうだろうな、放送を見た。助けに来てくれるって信じてたぞ」

 ガムテープと目隠しを外されたスーツ姿の男が言う。


「助かりたい気持ちはわかるが今は落ち着け。なにか怪しげな注射は打たされなかったか?」

起爆性物質ナノのことを男に問う。


「あぁ、テロリストグループがストレス緩和の精神安定剤? とかいうやつを打たされた。おかげでトイレに籠もることになってねぇ」

 カートマンとブロンドは顔を見合わせた。

 やはり起爆性ナノマシンを彼らは投与されていたのだろうか?

 今はこの男を建物外に出す訳にはいかない。

 カートマンはできるだけ穏やかな物腰で男を階段に座らせた。


「君はここでこのオッサンと待っていろ」

 ブロンドを顎でしゃくってカートマンは言う。


「おい、オッサンは酷いな! 三〇歳で童貞チェリー だけどよ」


「それは初耳だな」

 せせら笑ってそう続かせたかと思えばカートマンは、ハントとミラを引き連れて先へ急いだ。


「なんで俺はココから出られないんだ?」

「わけわかんねぇナノマスン? ってやつを注射されててね。出ようと思ったらあんたの体内からドカーン! だぜ」

「それは恐ろしいな」

「だろ? 死にたくなかったらおとなしくしておけ。ってこれどっちがテロリストかこれはもうわかんねぇな」

 冗談めかして男を制するブロンドを背後に三人は前進した。


 人質がいると思われるフロアに一同は到着した。

 元々はオフィスとして使われていたフロアだったらしいが。

 伏せ姿勢で地面に寝そべっている人質の先に一人の男が回転椅子の背を向け、座っていた。


「『キング』だな!」

 カートマンはPDWの銃口を構え直し叫ぶ。

 男がゆっくりと立ち、こちらの方を向く。


「あぁ、そうだとも。こうなることはわかっていたさ」

 意外にも二十歳かそこらの青年はこっちの方を向いた。あどけない、まだ世の中の残酷さや醜さを知らない純粋むくな目をしていた。


「お前を逮捕する。サイコテロ野郎め」


「断固として抵抗しよう」


 ミラが暗視ゴーグルを外し一歩踏み出た。

「キング、今は……そう呼ばてるんだよね?」

 キングの目が遠くにいるミラを視認するように、そしてどこか懐かしむようにすっと細められる。

「ミラ、よく来たね……ずいぶん、たくましくなったようだ」


 カートマンの銃口が火を噴いた。

 ミラはぎょっとしてこちらを見る気配が伝わったが、今はそんなことはどうでも良かった。

 眼の前の男は米国を恐怖と混沌に陥れたテロリストだ。そういう認識しかカートマンは持ってなかった。

 床にいる人質がぶるぶると震えている。若い女性の人質は怖さのあまり失禁をしていた。

 キングは無傷だった。いつの間に銃弾を防いだのだろう。金属のような音は聞こえたが……。


「この距離で一発の銃弾を防ぐ……やはり普通のテロリストではないな……」

 カートマンは不敵に笑っていた。目をミラの方に泳がし、

「そしてこの小娘……クラークもな」


「そう、俺たちはイカれた研究によって生み出された『普通ではない』兵士……」


 キングはゆっくりと人質を器用に跨いでこちらに向かってきた。


「第二次大革命の件は俺個人としても興味深い点があるんだ。洗いざらい、吐いてもらおう」


 キングの目がゆっくりとミラの方を向いた。


 ミラはこくっと肯首する。


 キングはカートマンに向き直って、両手首を差し出した。

「いいだろう、すべてを話す。しょせんは、ただの独りよがりの男の話だ。愛おしいほどくだらなくて、愚かなほど美しい一人の男の野望のね」



 その手首に手錠が科せられた。

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