ちくわのひと
「あずさー、そろそろ帰るよー」
娘を呼んだが、河原にしゃがんだまま首を振る。
「もう……わがまま言わないの。早く帰らないと暗くなっちゃうからねー」
「もうすこししたら、たからものがでるの」
「宝物? 誰がそんなこと言ったの?」
「ちくわのひと」
始まった。娘が時々言う、ちくわの人。
娘にしか見えないイマジナリーフレンドのようなのだけど、この河原に来たときしか出てこない名前……あっ。
もしかして、千曲川の河川敷に住んでいる人?
「ねぇ、あずさ。この川の名前はわかる?」
「ちくまがわ!」
「千曲川に住んでいるから千曲の人なの?」
「ちがうよ。ちくまのひとじゃなく、ち、く、わ、の、ひと!」
娘はしばらく眉間にシワを寄せていたが、口をすぼめて小さな声でこう言った。
「ままとあずさだけのひみつだよ」
そしてポシェットの中から小さな茶色いものを取り出し、私に手渡してくれた。
短い円筒状の石?
「ちくわいし」
土でできた竹輪を親指の第一関節くらいの長さで切った、自然にできたとは思えない形の……これ、土器じゃない?
「ちくわのひとがゆびさしたところにおちてたの」
なるほど。それでちくわの人か……ってイマジナリーじゃなくてもしかして本物の……急に背筋が寒くなる。
川を渡る風も幾分か温度が下がったように感じる。
見上げた空はもう暮れかけていて……夕焼けが始まっていた。
「ちくわのひとがゆびさすとこね、ちくわいしとか、きれいないしとか、おそらとか、たからものがあるの」
ああ確かに、この刻一刻と変化する夕焼けと、夕焼けが映り込む川面とは、宝物と呼ぶに相応しい景色かも。
「そうね、宝物だね」
「うん!」
燃えるような赤を眺めていたせいか、いつの間にか寒気はどこかへなくなっていた。
この景色はきっと、竹輪みたいな土器がある頃からずっとずっとここにあって……この先もずっとずっと宝物として残っていくといいな。
私は娘をぎゅっと抱きしめた。
<終>
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