第5話 見えなくとも想いは生きる
ミリシア様の死の真相が、メイシィの魂を身体に戻すカギとなる。
ミカルガ様の願いを受け取ったローレンス様とユーファステア侯爵家の人々は、更なる調査のため役割を分担することになった。
ミリシア様の死の調査と、テラー魔法薬師が残した記録を元に、その薬の再現するための素材収集の2つ。
ミリシア様の服薬記録は侯爵家ですぐに見つかった。けれど、その中に記載されていた数十項目にあたる希少な素材たちは巨城にすら保管されておらず、自分たちで集める必要があった。
侯爵夫妻とサーシャ様は商人にあたり、セロエ様はギルドを通して調達、必要あれば自ら採取しに向かわれるという。
ナタリー様に関しては、
『ドラゴンのウロコの粉末?それが必要なの?』
『はい。後ろ脚の付け根の裏側、人間でいう股関節と腹の境目当たりのものが必要でございます』
『ミカルガ薬師、ピンポイントすぎませんこと?』
『固すぎず柔らかすぎずちょうどよいものが必要なのです』
『わかったわ、一度レヴェラント家に戻って剥い……もらってきましょう』
一度レヴェラント辺境伯家に戻られることになった。
護衛としていらした竜人族の騎士に乗せてもらうことにしたとおっしゃっていたけれど、どう考えても騎士は乗るものじゃない。
当の騎士が背後で冷汗をかいていらっしゃったのは記憶に新しい。
どうかご無事でありますように、騎士様。
「そうか」
私の役目は変わらずクリード殿下とメイシィのお世話と見守り。
メイシィが妖精になってしまう可能性が発覚してからというもの、クリード殿下のお心は曇り始めているようで、調査の状況を聞かれることが多くなった。
今もこうしてお答えしたところである。
「私にも何かできることはないだろうか?」
「そうですね……今のところは特にないかと思います。私も応援を頼まれない限り待機と言われておりますので」
「そうか……」
「殿下はメイシィ様のお傍にいらっしゃるのがよろしいかと。メイシィの魂が独りでいらっしゃるのはお可哀想です」
「そうではあるんだが……」
もどかしいのだろう。ぶつぶつ呟いて思案されている。
「殿下、ひとつよろしいでしょうか」
「構わない」
私の言葉を聞いて、殿下は文字を書いていた手を止め羽ペンを置いた。
目線は合わないけれど、前かがみで肘をつき、頬に手を当てている。
態度は微妙だけれどこの方なりの話を聞く体勢だ。
「最近、メイシィ様へのアピールを怠っておりませんか?」
「なっ」
「いくら魂が別物とはいえ、同じ空間にメイシィ様ご本人がいらっしゃるのに、毎日とりとめのないお話をされては朝と夜にご挨拶するのみではございませんか」
「それは……そうだが……」
「まるで、殿下がお好きなのはメイシィ様の魂であって身体ではないようではございます」
「なっ!?」
がたっと椅子が悲鳴を上げる音がした。
ちらりを顔を上げてみれば、こちらを驚いた表情で見つめる殿下がいらっしゃる。
「そんなわけはないだろう!?僕は彼女の身体も大好きだ!!
ふわふわの髪にやわらかい頬に、抱きしめるとちょうどいい大きさ……。
恥ずかしそうな顔をされるたびに今まで何度彼女にキスをしたい衝動に駆られ……って、僕に何を言わせるんだ!?」
殿下の顔が真っ赤に染まっている。さすが初恋、歳など関係ない
久しぶりに目をあわせたけれど、今度は私が逸らして言葉を続けた。
「逆に考えるのです、殿下。魂とお身体が離れている今、メイシィ様のすべてを大切にされているとアピールできるチャンスではございませんか?」
「なるほど……!メイシィは話せないだけで見てくれている、彼女がどの状態だったとしても変わらぬ愛を注ぐ姿を見せれば、魂が戻ったときも一緒にいてくれるかもしれないな!?
すでにもう、顔も見たくないほど嫌われているかも……しれないが……」
「……大丈夫です。今はできることをやりきりましょう。後悔してからでは遅いですから」
そうだな!行動あるのみだ。さっそくメイシィのところへ行ってくる。
そうおっしゃってクリード殿下は制止も聞かず部屋を出て行ってしまわれた。
王族のお住まいのエリアに戻られるのだろう。
ちょうど休憩のおやつを準備しようと思っていたので、そのまま後を追うようにティーカートを押して部屋を出ることにした。
きっと、殿下の不安は杞憂だ。
でも、伝えてはあげない。
想い人から直接言われない限り、心のトゲが解けて消えていくことはないだろうから。
今までのやり取りによって棚から飛び出して行った本たちと、なぜか天井に張りついているソファのクッションは……そうね、戻ってきてから片付けるわ。
―――――――――――――――――――――
その後、私はメイシィと歓談を終え研究室に籠ったクリード殿下を見送り、その足でローレンス様の執務室に向かった。
おふたりで交わした言葉はやっぱりとりとめのない話だったものの、手にはお菓子と紅茶があり、いつぞやのお茶会とそっくりな状況だった。
これからは休憩時間も共にすることになるだろう。
メイシィにとっても嫌な時間ではないはずだと、そう信じている。
ローレンス様のお部屋に入ると、ソファにはご家族ではなくラジアン殿下がいらっしゃった。
「ラジアン殿下、お話し中に大変失礼いたしました。急ぎではございませんので、またあとでお伺いいたします」
「いーや、気にしないでくれ、こちらも大した用ではないのでね~」
ひらひらと片手を上げるこのお姿を見るのは久しぶりだ。
カロリーナ王妃にこってりと絞られた王太子は、今後の一級魔法薬師の試験に手出ししないという条件を飲んだという。
思えばローレンス様はラジアン殿下の側近でいらっしゃるから、この部屋にいらっしゃっても不思議はない。
「クレア、いつも顔を出してもらって感謝する」
「いえ、とんでもございません。
さきほどクリード殿下から、ミリシア様の当時のご様子を伺ってきたのですが、ご報告してよろしいでしょうか」
その話を聞いたのはついさっき、メイシィの部屋から研究室へ向かう道すがらだった。
本来はお部屋で伺おうと思っていたのだけれど、偶然通り過ぎた中庭でその時を迎えたようで、クリード殿下は自らお話しくださった。
「ああ、頼む」
ミリシア様は晩年クリード殿下による妖精の暴走の収拾、および暴走自体の発生頻度を下げるべく尽力なさっていた方。
亡くなる3日前、お倒れになったのはこの巨城の中庭だったという。
メリアーシェ様の症状が酷く命が危ぶまれる時期を重なっていたため、過労によるものと診断されていたが――――そのまま人生の幕を閉じることになった。
「お倒れになった際、クリード殿下は散歩にご一緒されていたそうです。
慌てて駆け寄ったときは今にも眠ってしまいそうなご様子で、『これでふたりとも救える』と、寝言のようにおっしゃっていたそうでございます」
「『ふたりとも救える』?クリードとメリアーシェのふたりのことか」
「ああ、それなら僕も話せることがあるかもしれない」
ラジアン殿下はにこりといつもの表情を浮かべて口を開いた。
けれど、いつものひょうひょうとした語り口ではなく、硬くて冷静そのものだ。
カロリーナ王妃の説教がよほど効いたのか、かなり自省されたのか。
「その日の午前中、僕がユリリアンナにちょっかいかけてボコボコにされたときに仲裁してくれたのがミリシアだったんだけど。
『こんなおいぼれの身体を酷使させるものじゃありませんよ』って言ってたんだ。
いつも見た目の若さを自慢する人にしては意外な言葉だったのを覚えているよ」
こうやって、白くて細い耳をピーンとさせてさ!と殿下が両手を頭の上に立てて笑う。
その前にとても気になる話が出てきたような……立場上聞けないのでぐっと我慢する。
「ありがとうございます。ラジアン殿下。
この話をふまえ、ひとつ仮説を立てたのですが――――ローレンス様?」
なんだか反応がない。ラジアン殿下もそれに気づいて私から視線を移動させた。
黒い縁取りの眼鏡の奥でかっと見開いていらっしゃる。何か気づいたのだろうか。
「……メリアーシェは、生まれた時から臓器の成長が身体の成長に追いつけない珍しい病だった。10歳まで生きることができれば成長が追いついて自然治癒するが、ほとんどの子供は死んでいく。
薬や外科治療の限界に気づいたミリシアおばあさまは、リズ・テラー魔法薬師と協力して『妖精』による治療を行っていた。
そのころ、クリードも感情による妖精の暴走が酷く、発生するたびに巨城へ赴き事態の収拾をしていた。
どちらも『妖精』という共通点がある……!」
「……その時、ミリシア様は倒れられ、その直前に飲んだ薬は『離別薬』でございました」
私が言葉を続けると、ローレンス様はソファから勢いよく立ち上がり、ご自身の机の上にある紙束を漁り始める。
「ああそうだ!その薬の効能は『身体から魂の扉を開かせて、仮の魂を入れ込む』、体液を入れた相手がイメージする人格に入れ替えることで、操ることができる。
もし、これに何も体液を入れなかったら、ただ魂を分離させるだけの効能になるな?」
「はい、先日のミカルガ様の仮説ではそうおっしゃっておりました」
「僕も聞いたことがある。間違いないだろうね……」
ラジアン殿下はそう言うと立ち上がりローレンス様の元へ歩み寄ると、興味深そうに手中の紙を覗き込んだ。
「サフィアン様は、分離した魂に妖精たちの力を注ぎこめば、自身も妖精になるとおっしゃっていた」
「……!ミリシアが亡くなったのは本当に薬が原因だったのか。いや、亡くなったというよりも……」
殿下は驚いた表情でローレンス様から紙を引き抜くと、私に手渡してくださった。
不思議な紙質に書かれた文字、見たことのない筆跡の手紙。
最後の一文には『ユリリアンナ・緑青妃・極国』が刻まれている。
「ユリリアンナ姉上の仮説は本当だったんだ、クレア」
『あなただけに伝えておきます。
ミリシアおばあさまが亡くなったのは、クリードの妖精の暴走、メリアーシェの病、その両方を救うために身体を捨て、妖精になった可能性が高い。
あなた、メリアーシェにとって大切な人を奪われたこと、ずっと心の中で引っかかっていたのでしょう?
どうかクリードを責めないで』
「クレア、治療薬の目途が立った。ユーファステアの者たちとクリードをここへ呼んでくれ」
「……っ、かしこまりました!」
巨城の廊下を走るのはマナーに違反するけれど、そんなことを言ってはいられなかった。
伝達の魔法を四方八方にかけながら、私は廊下を駆けていった。
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