第3話 ひと悶着はふた悶着に

パスカ龍王国。世界最強といわれる竜人族がおこした国だ。

ドラゴンと人という2つの姿を持つ彼らは、強靭な肉体と精神を持ち、長命であることを活かして1300年以上も安定した統治を続けている。



「レヴェラント領はミリステアとの国境地帯で、交易都市カーライルと闇流ヤミルの森、カーライル山の3つを領地としているところまでは調べたかな?」

「はい」



馬車の中でクリード殿下とわたしは訪問先について話をしていた。

わたしが殿下の豪華な馬車に乗せられているのは、侍従のクレアの代わりを務めているから。

といっても役割は公務外の所用の対応のみ。公務は後ろの馬車にいる側近のパラノさんが担当してくれる。


クレアが来れなかったのは、竜人族の特性のせいだった。


完璧に見える彼らにも欠点がふたつある。

ひとつは、食物連鎖の頂点であるドラゴン故に、圧が強すぎて他国と良い関係が築きにくいこと。

下位にあたる小動物たちにはその場にいられないほどの重圧がかかるらしく、兎人とびと族のクレアは同行することを禁止された。

食物連鎖に対して独自の立場にいるヒューランや、舞踏会のような集団の空間であればさほど影響はないらしい。

わたしも兎人族の血は混じっているけれど、あのリアム王太子に対して何ともなかったので問題はない。


ふたつめは繁殖力の低さ。めったに子どもが生まれないことだ。

だからこそ、レヴェラント辺境伯家は今回の出産に頭を悩ませているという。



「ナタリー夫人が最初にダグラス辺境伯のウロコでリンゴをすり下ろしたのは闇流ヤミルの森だね。はは」

「ああ……では殿下がドラゴンゾンビを還したのはカーライル山ですか?」

「そうだよ……」



クリード殿下の元気が急速に失っていった。ドラゴンゾンビの件はあまり触れない方がよさそうだ。

よほど嫌な記憶があるように見える。



「メイシィ、あの屋敷が見える?」



ふいに殿下がカーテンの隙間からどこかを指した。

窓は殿下の向こうにあるので立ち上がろうとしたけれど、隣からしっかりと腰を抑えられたのでしかたなく殿下の前に身を乗り出してみる。


赤レンガの大きな屋敷が見えた。今までの街並みとは雰囲気が違い、大きな塔が隣にあるようだ。

塔の先にはミリステアとパスカの旗が順に並んでたなびいている。

歓迎を示す自国の旗を見ながら、改めて殿下の公務に同行していると実感した。



「到着したら私の後ろについてレヴェラント辺境伯家に挨拶、その後は昼食会が行われるからパラノの指示を待って現地の医師たちに合流し、ナタリー夫人の容体と必要な薬について打ち合わせ。

夕食までに私の部屋の確認と荷物の搬入、終了後は君が部屋まで連れて行ってくれるんだったね」



どうしてわたしの予定を熟知されているのですか……。

と思ったけれど、殿下のことだから聞いてしまったら最後、『君がどこで何をしているかなんて把握していて当然だ、ミリステアにいても同じだろう?』と言ってきそうなので喉で押しとどめた。


かなり前から殿下がわたしの動向を把握しているのは知っている。そしてその情報と予想が外れた時は心配と不安と自身を責めてとても病む。

出会ったころ、アヒドの実を処理していた時にそんなことがあったっけ。



「そうです。クレアには遠く及びませんが、ご不便をおかけしないよう務めさせていただきます」

「メイシィが侍従か……ふふ……ふふふ……」



馬車に乗ってから、殿下はずっとこの調子だ。

わたしの部屋に忍び込んでようやくだった朝晩にも面と向かって会えるようになるのだから、殿下からしたら奇跡に近いのだろう。



「あ、申し訳ございません、殿下。念のため1点確認させていただけませんでしょうか?」

「もちろんだ!」

「ご起床とご就寝の際は紅茶をお飲みになると伺いました。特に決まった種類はないとのことでしたが、お好みのものはございますか?」



クレアとは入念に打ち合わせをしていた。はずなのだけれど。

一部はわざと教えてくれないというとんでもないイタズラをされた。

お互いに職務怠慢もはなはだしいのだけれど、クレアはわたしがクリード殿下に聞くように仕向けているのだ。そのほうが喜ぶからと。


全くその通りである。輝きを放ち始めた表情をみて大いに察した。



「ふふ……メイシィが僕の個人的な質問をしてくれるなんて……私は素晴らしい侍従を持った」

「殿下……?」

「すまない。そうだな……こだわりはないが、毎回茶葉を変えてほしいな」

「毎回ですか?」



茶葉ごとに抽出も蒸らす時間も異なるのに毎回とは。薬草作りのためになるかと思って紅茶を淹れられるようにしておいてよかった。



「どんな紅茶なのか、教えてくれる君の声で眠り、目覚めたいからね」



……そういうことか!

殿下を甘やかさないよう最低限の会話に留めようとしていた作戦が崩壊した。

試練はなんとかうまくいっているのに、殿下の方はさっぱりだ……。




―――――――――――――――――




「ようこそおいでくださりました。ミリステア魔王国 第二王子 クリード・ファン・ミリステア殿下」



レヴェラント領領主、あの舞台の主人公のモデルと名高いダグラス・レヴェラント辺境伯が丁重な挨拶を行った。

細身で背が低く、ヒューランと何ら見た目は変わらない。穏やかで優しい雰囲気は花が飛んでいるように――そう、ほわほわふわふわしている。竜人族っぽくない。


隣で一礼をしたのはナタリー夫人だった。

ユーファステア侯爵家の三女で黒髪に青い瞳を持つナタリー夫人は、ローレンス様の性別を変えたような精悍せいかんな顔つきをなさっていた。

お腹はさほど大きくなっていないが、腰の細さを主張しないゆったりした服装をしている。最も安全な卵型と聞いているけれど念には念を重ねているのだろう。

暖かい恰好からも察するに、とても大切にされているみたいだ。


ナタリー夫人の隣にいるのはダグラス様の弟、ガルム・レヴェラント様だ。

交易都市カーライルの統治、主に商業の管理を請け負っているらしく、貴族ではあるものの商いの知識経験は国随一だという。

同じ髪色と瞳の色を持つ兄とは反対に、巨漢だ。この両国の人々と比べて小さなわたしは押しつぶされてしまいそう。

じろりとわたしたちを見る目は、なぜか歓迎一色ではなさそうだった。



「お出迎えいただき感謝いたします。ダグラス・レヴェラント辺境伯。この度は視察のご協力を快諾いただき、とても嬉しく思います」

「こちらこそです、殿下!10年前に我々パスカの憂慮を排していただいただけでなく、今もこうしてお気遣いいただけるとは思わず、大変有り難く存じます」



ダグラス様は感激と言った様子で殿下を厚く歓迎しているようだった。弟のガルム様とは全く違う。

一方、ナタリー夫人はちらりをわたしを見て、嬉しそうな表情で目を細めた。

ローレンス様はめったに笑わない――鼻で笑ったりするけれど――ので、見慣れない妖艶ようえんな表情にドキッとしてしまった。



「お久しぶりでございます。クリード殿下」

「お久しぶりです。結婚式以来ですね、ナタリー夫人」

「夫人だなんて、少しむず痒いですわね」



ああ、そういえばナタリー夫人はクリード殿下とローレンス様のひとつ年下、幼いころは遊び相手としてふたりを連れまわして城中を駆け回っていたとか。

今は夫人らしく上品な雰囲気を纏っているけれど、騎士時代は槍術において実力者だという。

想像ができない。



「パラノもお久しぶり。そしてこんにちは、メイシィ、可愛らしい薬師さん」



わたしの隣で壮年の男性――パラノさんに倣って礼をする。



「お久しゅうございます、ナタリー様。ダグラス様、ガルム様、お初にお目にかかります。パラノと申します」

「同じく魔法薬師のメイシィと申します」

「こんにちは、おふたりとも。今回は視察と妻の出産に助力いただき感謝します」



顔を上げるとダグラス様が花を咲かせるような笑顔を向けた。かわいらしい方だ。

その姿を見てナタリー夫人も笑みを深くしている。



「ナタリー様が安心してご出産いただけますよう尽力いたします」

「ああ。私たち竜人族は身体が強すぎて薬の知識には疎くてね、本当に助かるよ。

さあ殿下、パラノ殿、メイシィ殿、どうぞ中へ」



それから、わたしたちはクリード殿下がおっしゃったとおりの予定でレヴェラント辺境伯家に滞在することになった。



――――――――――――――――



ナタリー様のご体調は、思った以上に良い状態だった。

滞在されている医師と助産師様はとても穏やかで、ダグラス様に指名されて滞在していると聞いた時には妙に納得してしまった。

なんだか領主と雰囲気が似ている。

竜人族は猛々たけだけしい方ばかりと思っていたけれど、全員がそうではないみたい。


ナタリー様は今、お腹にヒューランの子供と同じ大きさの卵を抱えている。

衝撃で殻さえ割れなければ問題なく出産に挑める状態で、もう数日で陣痛がくる見込みだという。



「お腹は大きく見えないものの、張りによって皮膚の乾燥や腰の違和感が気になるようです。

今日は侍従のお仕事もあるでしょうから、明日以降、このリストの薬をお作りいただけますか?」

「かしこまりました。しばらくよろしくお願いいたします」

「こちらこそです!よければぜひ、ヒューマンの薬の作り方、治療の考え方などお教えくださいね」




その後、クリード殿下がおやすみになる部屋に入ると、すでに荷物が端に積まれていた。

パラノさんが先にいて、重いものの荷解きを始めている。


実はパラノさん、クリード殿下に出会う以前から知り合いだった。

殿下の秘書として長く勤めていらっしゃるベテランの政務官の彼は、無口だけど温厚で不思議と親しみやすいからか、とても顔が広い。

いつの間にか薬師院にも出入りしていて、わたしとも顔見知りになっていた。



「パラノさん、殿下のお召し物の扱い、慣れてますね」

「ええ、殿下のお顔……美貌に耐えうる侍従はごく少数ですからね、私もお世話のお手伝いをしているのですよ」

「ああ……そうなんですね……」

「はは、気持ちはわかりますよ。君は殿下の研究用の機材を机にまとめておいてくれませんか?」

「はい、わかりました」



殿下はどこかに滞在するときは、植物の採集ができる機材を持っていくらしい。

わたしの前にはあまり見せないけれど、花の研究者としての顔はちゃんとある。

お世話になれたパラノさんでも精密機器を触るのははばかられるのだろう。わたしも専門家ではないので不安に感じつつも、壊さないよう慎重に荷解きを始めた。




1時間ほど格闘した。肩が痛いし背中も痛い。

研究機材と薬師の道具は精密さが違う。なんとなく何に使うかわかるけれど、どれも明らかに高級品で解けば解くほどとんでもないものが出てくる出てくる。



「うぅ」

「はは、ふふふ、メイシィ、ご苦労さま」



パラノさんが楽しそうだ。手早く自分の仕事を終えてわたしを眺めて休憩しているのは早々に気づいていた。

途中でふたりで食べたサンドウィッチは夜ご飯だったらしい。

外はもうとっくに暗くなっていた。



「そろそろ時間だから、殿下を迎えに行ってくれますか?」

「はい、わかりました」



今日のわたしの最後から2番目の仕事、殿下をこのお部屋までご案内すること。

会食の場は1階中央にあったなあ。早く行って待っていよう。



そう思っていたのに。

わたしが到着した瞬間に大部屋の扉が開かれた。

あ、危ない。間に合わないところだった。


慌てて初めからいたことを装って冷静に頭を下げ、上げてみると。



「……!?」



クリード殿下が別れた時と同じ爽やかな笑顔でこちらを見ていた。

それはいい。けれど。


殿下の周りには、鎧の兵士が囲うように立っていた。

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