第7話 刺さったトゲは鋭く
「クリード・ファン・ミステリア、久々に見たぞあのいけ好かない野郎」
セロエの筋肉質な腕でしばらく引っ張られること数十分、わたしたちは日が暮れた空の下で焚き火を囲っていた。
近くには簡易テントがいくつか張られており、少し遠くで鎧や軽装の人々がまとまりなく動き回っているのがぼんやりと見える。
「騎士団の方々がいるね、応援に来てくれたの?」
先ほどのとんでもない暴言をしっかりとスルーして、わたしは火に木の枝を投げつけるセロエに声をかけた。
「ああ、ギルドが騎士団に救援依頼を出したってよ。おかげで死人はゼロ。明日は合同で残党の討滅だ」
「よかった。わたしも怪我人の救援に行ってくるよ」
「いや、もう治療は済んでるからいい」
そっか……と言いながら浮かせた腰を老木に預けると、セロエは盛大にため息をついた。
「明日、あたしとお前はここで待機だからな」
「え、討滅に参加しないの?」
「いらねーもん」
「いらない?」
今度は近くにあった枯葉を投げつけ始めた。
地面に落ちる前に引火して黒く消えていくそれを眺めながら、わたしはセロエに続きを促す。
「あたしたちがはぐれる前、ものすごい光に当たっただろ?」
「そうだね」
「あれで魔物のほとんどが吹き飛んだ」
「え?」
「クリード・ファン・ミステリアだよ。あいつ、妖精の力でここら一帯の魔物を一掃しやがった」
「は?!」
「あいつ、光に飲まれる前に何て言ってた?」
「ええと……『君を傷つける魔物なんて、消えてしまえばいい』みたいなことだったと思う」
「ハッ!ちょっと願うだけでブッ飛ばせるなんて便利なヤツ!」
魔物は基本的に光魔法が弱点だ。ヒトの身体には細胞の活性化、つまり健康体なら治癒程度の効果しかない。
クリード殿下はすべての妖精の加護と影響力を持っているので、身を守るために光の妖精が反応したのだろう。
いつもは物を動かしたりちょっとした落雷暴風雨程度だけれど、彼の測定不能な膨大の魔力をもってすれば広範囲に光魔法を展開することはできるかもしれない。
実際に暴発という形でできてしまったようだけれど。
「だから、残党処理に人が足りてるってことであたしたちの出番はなし、これから出る怪我人の救護だけってこと」
「そうだったんだ……」
「……ユーファステアを出る前に何度かヤツと会ったことがある。あれから随分雰囲気が変わったけど化け物なのは変わりねーな」
「セロエ、その言葉はちょっと……」
「なんだ、メイシィは知らねーのか?あいつの『化け物』呼ばわりは他国じゃ普通だろ」
「え!?」
投げる葉もなくなったらしい。セロエは手持ち無沙汰になったてのひらから土を払った。
「あいつ、生まれる前から妖精に愛されすぎて危うく腹を破って王妃を殺すところだったんだ。妖精使いのミリシアばーちゃんが取り上げたから無事に済んだけど、そのあとすぐに妖精が暴走しやすい体質だってのがわかってさ。
たくさんの国の王から連名で『処分』の嘆願書が届いたんだよ」
……生まれたばかりの赤子を処分?
絶句しているわたしにセロエは目をあわせず、焚き火の光に照らされている。
「ま、結局それもミリシアばーちゃんが各国を回って黙らせて、王妃とばーちゃん共同で苦難の子育てが始まったってわけ」
知らなかった。クリード殿下は国内で好意的な意味で別格の扱いをされているけれど、他国の話はひとつも耳に入ってこなかった。
現王と王妃の愛ゆえの情報操作、黙ってれば無害なハイスペックイケメン王子野郎だし。
とセロエは言う。
黙ってればの部分は間違っていない。
「……でも、クリード殿下はどんな経緯があったって人であることは変わらないよ」
「王族の連中も、そう信じて庇い倒してるんだろうさ。実際はこの通り、ちょっと願えば国ひとつブッ飛びそうなことをしでかす野郎だけど」
「そう……だけど、人をそういう言い方は良くないよ」
「わーってるよ。別にあたしは本気で思っちゃいねえ。むしろ本心でそういうことを言うやつらは大っ嫌いだ。
ただ、客観的に見て戦争の時代に生まれていたらとんでもねー兵器だっただろうよ。ミリステアがさっさと世界統一しててもおかしくない。
周りの国々はこんな兵器を持った国とビビりながら交友してるのさ」
あの日、ミリステアの国王はわたしに『世界を彼から守ってほしい』と言った。
ようやく真の意味が分かった気がする。
自国のため、他国のため、総じて世界のため。
そして大切な息子が人として初めて得た想いのためだったんだ。
……わたしはどうすべきか、いや、どうしたいのか。考えなければいけない。
「さてと、なーんもやることねぇあたしたちは寝るぞー。見張り番は騎士連中がやってくれるってよ」
「あ、うん」
クリード殿下とローレンス様の会話はもう終わっただろうか。
暗闇で見えないけれど、歩いてきた方向に顔を向けるとクロエはすぐさま気づいて声を出した。
「今日あの貴族男どもと喋るのはやめておけ、やらかしちまった後処理に追われてる」
「……そう、」
その後、簡易テントの中で薄い布に包まれてもすぐに寝られるわけがなかった。
生まれた時から死を願われながらも、両親やミリシア・ユーファステアをはじめとた人々に愛され守られてきたクリード殿下。
物心がついたころにはもう、自分の感情が大切な人々に迷惑をかけてしまうと気づいていたんだろう。
ラジアン王太子殿下はおっしゃっていた。
『実はね、多くの専門家がクリードに対していろんな方法で妖精の暴走を防げないか試してきたんだ。
その中には、妖精を封印したり殺すことだって入っていた』
出会った時から心身共に強いお方ではないと思っていた。
パーティの場で見た殿下の表情、人に迷惑をかけずに生きていくために塗り固めた仮面を思い出す。
精神的にも肉体的にも苦痛の多い半生、むしろ今まで耐え抜いてきたと思えば、その強靭さは人並外れた兄すら越えるかもしれない。
サーシャ様の言葉を思い出す。
『あなた、本当に変わったわね。義姉としてとても嬉しいわ』
サーシャ様は幼少期からカリナス殿下の婚約者だった。だからこそ長くクリード殿下を近くで見てきたのだろう。
あの言葉が出るほどに、クリード殿下の人生にとってわたしの存在は。
『君はね、メイシィ。僕が初めて心から好きだと思った人なんだよ』
重い!想いが重い!!
長い長い夜を過ごすことになった。
――――――――――――――――――
「おはよーメイシィ」
「ケン、おはよう」
日が昇るころ、ようやく得た浅い眠りから目覚めたわたしは、セロエがいなくなっていることに気がついた。
すぐにテントを出れば、消える寸前の焚き火をつつくケンがいる。
彼は別の場所で休んでいたのだろう、少なくとも昨夜近くのテントにはいないようだった。
「セロエは?テントにいないの」
「ああ、少し前に出てったよ。メイシィに伝言を頼まれた」
「え?」
「『貴族どもに事情聴取されてくるから先戻ってる』って!」
「わ、わかった……」
貴族ども、ということはきっと兄のローレンス様あたりだろう。
ということはセロエは今日の討伐に参加しないのかな。
ケンにそのまま聞いてみれば、だな、と短く返された。
昨日までは一緒に参加するって言ってたはずなのに、いったいどうしたのだろう。
ケンも討伐隊の方に行ってしまってひとりぼっちになったわたしは、騎士団の治療部隊に合流し手伝うことにしよう。
と、思っていたそのお手伝いも午前中で終わってしまった。
怪我人がいないどころか調査部隊が『魔物1匹すらいない』という結論を早々に出してしまったからだ。
地上にいた魔物はおろか、森や洞窟にいたはずの魔物もすっかりいなくなってしまったという。
……なんて恐ろしいことをしたんだ、殿下。
今度はケンとふたりぼっちになったわたしたちは、他のメンバーに続いてギルドに帰還して解散。
急いで薬師院に帰ると、ミカルガさんが困った顔で出迎えてくれた。
「ミカルガさん!今回は本当に申し訳ありませんでした」
「いや、いい。それよりメイシィ、クレア殿が君の自室で待っているから至急向かうんだ」
「え?クレアがですか?」
ミカルガさん、様子がおかしい。
顔色こそいつも通りだけれど、なんだか猫背で状況に困惑しているように見える。
「カロリーナ王妃がメイシィを呼んでいる」
……はい!?
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