第5話 なったはいいものの旗は折れず
一抹の不安を感じつつ、わたしは今日もギルドを訪れた。
今日は受付にマーリックさんはいない、つい先日知り合った別の人が立っていた。
『ひとりで依頼を受けるの禁止だからな、あたしが声かけない限りは上の階で待機、いいな?』
セロエに言われた通り、受付に声をかけて上階に向かう。
いつもの果実汁を頼んで受け取り、末席の目立たないイスに腰を掛けた。
ギルドは今日も騒がしい。身体を資本とした仕事ではあるものの、出入りする人々は種族どころか老若男女さまだまだ。
国や貴族が所有する騎士団は大規模な魔物討伐や他国に対する警備が主な仕事。
大小さまざまなモンスターの討伐から、街中の荷運びや害虫駆除など、騎士団が踏み入れない細かな依頼を吸収するのがギルドの役目。
ギルドメンバーの人々をこうして眺めていると、ふと気づく。
戦闘能力が高いことだけが重要ではなく、要領の良さや愛想の良さも大切らしい。
明るくよく喋る、マーリックさんのような人が多いようだ。
「おかえり―――あら、どうしたの?」
今日も今日とて服や武器を着込んだ人々が返ってくる。
その中で女性が珍しい声を上げていて、思わず受付の方を見た。
「もしかして、怪我?先に治癒院にいってきなさい?」
「いや、怪我っていうか……なんか肩がうまく上がらないんだよ。前もこうだったからしばらくすれば治るって!」
「そう、それならいいけど……さっさと報酬もらって休みなさいよ」
「おう!」
だらりと力なく下がった右腕を庇う男性がいる。体躯はヒトだけど腕の一部の皮膚はごつごつとしていて、爬虫類系の民族の血が入ってるのがわかる。
ぱっと見では確かに脱臼、でも自然に脱臼するような体格に見えないし別の原因かな。
「おいケン、お前もしかしてまた肉しか食ってねえのか?」
受付の奥から人が現れた。とても低い声だけれど遠いわたしにも届く圧のある声の主は、スキンヘッドの男性。
ガタイが良いだけでなく黒い肌と黒い瞳は歴戦の戦士そのものだ。
彼は前に一度だけ挨拶したギルドマスター。Sランクを持っており、自己再生能力の高いゾンビドラゴンを倒したことがあるとか。
ケンと呼ばれた男性はびくりと反応して、小さい声で何か返事をしたようだった。
「またか、お前、医者にミルク飲めって言われなかったか?」
「……あ!」
「はあ、まったく」
ああ。
「あいにく今日はミルクを切らしてるんだ。代わりの薬があればいいんだが……」
そう言うと、ギルドマスターは急にわたしを見つめてきた。
彼もわたしの試験の話を把握しているので、薬師だとわかっているからだろう。
わたしはひとつ頷いて、果実汁を放ってすぐに下の階に降りた。
「すみません、先ほどのお話を伺いました。魔法薬師のメイシィといいます」
「ん?お嬢さんが何か?」
「ミルクの代わりになる薬を持っています。よければ受け取っていただけませんか?」
総合栄養薬だけど十分に効果が見込める。
薬と言う言葉をきいて男性―――ケンさんはちょっと嫌そうな顔をするが、ギルドマスターのひと睨みと渡された水に押し切られ、受け取ってくれた。
「飲んだら10分ほど休憩してから動いてくださいね。ちょうど上に座ってたのでご一緒します」
「あ、ありがとう」
「すまないなメイシィ。ケン、彼女は凄腕の薬師だから信頼するといい」
「マスターがそこまで言うなら……悪いけど付き合ってくれる?」
「ええ、もちろん」
仕事は違えど症状はよく診る騎士団と一緒だ。
いつも通り笑いかければ、ケンさんはまごまごしつつも頷いてくれた。
―――――――――――――――――
「メイシィ、依頼もってきたぞー……ってああ?」
それからちょうど10分ほど経ったときだった。
薬を飲んで徐々に肩が動けるようになってきたというケンさんと話していると、セロエが声をかけてきた。
「せ、セロエさん!?君、知り合いだったの!?」
ケンさんはわたしより3つ年上の遺跡冒険家だった。趣味も兼ねているらしく探索資金をギルドで稼いでは、遺跡で一攫千金を狙っているらしい。
まだ5年くらいだから新人なんだと言いながら、遺跡の冒険譚を聞いているところだった。
「はい、セロエの妹なんです」
「妹!?うそ、マジか」
「といっても数年ぶりに再会したばかりなんですけどね」
「ケンじゃん、その肩、またやったろ?」
「な、なんでセロエさん知ってんの!?」
「昔あたしが治療したからだろーが!」
セロエはそう言ってケンの右肩に掌を当てる。
以前クリード殿下がわたしにしてくれたように淡い光が包み、治癒魔法を使っているのだとすぐにわかった。
「そうだったんスか……俺知らなかったッス」
「だろうな気絶してたし。1年目のひよっこ野郎のころだったなあ」
「うげ」
思い出したくもない記憶だと言わんばかりに、ケンは舌を出して嫌がるそぶりを見せた。
その舌はヒトよりも細く、思ったよりも蜥蜴人族に近いのだとわかる。
「ありがとうッス、セロエさん」
「おう、これでしばらくは問題ないだろ、ミルク飲めばな」
「ヒッ気をつけますってば!今度こそ!」
わかりやすい力関係に、わたしは思わず笑みがこぼれる。
セロエは侯爵令嬢として生まれたものの、こうして気さくな仲間たちと過ごすことに生きる価値を見出したんだろう。
わたしがリズ・テラー魔法薬師に憧れて道を選んだのと何ら変わりない。
暴力が伴う仕事は好きではないから魔術師になるのは避けたけれど、セロエを見ていると、案外悪いものではなかったのかもと思ってしまう。
きっとユーファステア侯爵家の人々が彼女の生き方を真っ向から否定しなかったのは、こういう彼女の姿を見たからかもしれない。
「ま、ちょうどお前にも声かけようと思ってたんだよ。いっしょにいてちょうどよかった」
「俺ッスか?」
「まあまあな規模の魔物討伐が来たんだよ」
「へえ!?」
ケンが珍しいとばかりに大声で反応した。
どういうことだろうとふたりの顔を見比べていると、セロエが気づいて口を開く。
「前にマーリックが言ってたろ、あと10人くらい募集してるっつー依頼だよ。事前調査が終わったとかで正式に連絡が来てさ、ケンとメイシィも参加しようぜ」
「もちろんッスよ!く~!久々の大規模依頼!腕が鳴る~!!」
「メイシィは当日までに
「わかった」
わたしの素早い返事にセロエは満足そうに頷く。
けれど、その表情はすぐに思案顔になり、暗くなる。
「ポーション……薬の調合、か」
「どうかした?」
わたしの声に反応した途端、その表情は元に戻ってしまった。
何事もなかったかのように、ニヤリとわらう。
「報酬は山分けすっから、よろしくな!」
彼女の手からカサリと固い音を立てて羊皮紙が舞う。
そこには、とある地名と確認されている魔物の名前が連なっていた。
―――――――――――――――――――
魔物の唸り声が辺りに響く。
ズリズリと巨大な球根のようなものを引きずって歩き去る花型の魔物が、崖の下、岩陰で息を殺すわたしたちに気づくことなく去っていく。
空を見上げれば赤い煙がまっすぐに空へ伸びているのが見えた。
森の木々の隙間からだけでも3本、これは緊急の救難信号の狼煙だった。
「行ったか……?」
「行ったね」
気配が遠ざかってから、わたしたちはようやく大きく息を吸った。
治療したばかりのわたしの腕の傷を気にしながら、ケンは何度目かわからない安堵のため息をつく。
セロエも聞き慣れてしまうほど舌打ちをして、蔦が巻かれたような白い杖でぽんぽんと自分の肩を叩いている。
「あんなに救援信号出されても行けるかってーの」
「俺、どれが一番近いか見てくるッス」
「おう」
ケンはひとつ頷くと、わたしたちの背後にある岩壁に両手両足をかけた。
掴むところもないようなツルツルした表面にもかかわらず、あっというまに上っていく。
先ほどの魔物と戦った際にわたしはケンを庇って負傷していた。
すぐに完治した傷だったけれど、彼は後ろめたいのか張り切っている。
「とりあえず一番近い救難信号のところへ向かうぞ、メイシィ」
「わかった。
「そうしてくれ。チッ、お前ほんと運が悪いよな」
「そうなの?」
「そうだよ。数年に1度あるかないかの
最悪、死人が出るぞ」
ギルドに持ち寄られる依頼は、専門部隊が事前調査をした後に貼りだされる。先へ現地へ赴き規模や危険度を把握しないと、どのランクの人間で対処できるか判断できないからだ。
今回で言うならば、事前調査結果に比べて魔物があまりにも多すぎて、パニック状態に陥っている。
20人ほどで各地の魔物を掃討し合流するはずだったのだけれど、救難信号はすでに3つ。
つまり半数のギルドメンバーが危険な状態ということになる。
「戻ったッス!ここから北東200mくらいのところに1つ、南西の1㎞先に2つッス」
「北東の方に行くぞ。もともと南に行った奴らの方が多いはずだしな」
「了解!」
ケンの明るい声にセロエのやれやれという言葉。
ふたりの顔を見てわたしも頷くと、北東へ続く小道に顔を向けた。
岩陰から小道の間には少しだけ開けた空間がある。
セロエの探知魔法で上空から狙う魔物がいないことを確認し、わたしたちは小走りで駆け抜けようと地面を蹴り――――わたしは思わず歩みを止めた。
「あれ?」
「おい、メイシィ、変なところで止まるなよ」
セロエが苛立ちながら声をかけてくる。
魔物が多く
わかっているのだけれど、この身体に感じる違和感はなんだろう?
強い魔法が発動する瞬間のような鳥肌。
大気が揺れ、大地が鳴動するような逆らえない大きな力の予兆。
でもあのセロエが無反応ということはきっと魔法ではない。
「何か感じない?魔法じゃなくて、もっと自然的な」
そう、まるで震える本や、舞う花びらに宿るような。
そうか、
これは、
魔法じゃなくて妖精の、まさか。
「ようやく見つけた」
ふわりと背中に感じる体温。身体を包まれる感覚。
耳元に聞き覚えのある声。
動けない。ただただぞくりと震えるだけ。
「服に血がついているね」
セロエとケンが目を見開いてわたしの向こうを見ている。
その相手が誰か、振り返る余裕などない。
わたしは強い光で彼らの姿が消えていくのを眺めるしかなかった。
「君を傷つける魔物なんて、消えてしまえばいい。
そう思わないかい?メイシィ」
意識が飛んでいく。全身が光に包まれていく。
それでもひとつだけ理解できた。
おそらく、最悪なタイミングでわたしは彼に――――――――
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