第5話 閑話 消えない

「サーシャ妃が面会の返事を出しただって?」



ミリステア魔王国 巨大城の執務室エリア。

王族たちが公務を行う書斎や会議室があるエリアの中央に、ラジアン殿下の執務室が用意されている。


薬師院から速足で戻ると、ラジアン殿下は机に視線を向けたまま開口一番がそれだった。

俺ですら今聞いたばかりの情報だぞ。いったいどうやって手に入れたんだ。

城中にこの方の耳が付いているんじゃないかと疑ってしまう。



「はい。詳しい話はクリード殿下の執務室で確認いたします。もうしばらく席を外してもよろしいでしょうか」

「もちろんだよ。メイシィ嬢を優先してくれ」



にこりと王太子は笑う。貴族へのけん制でも国王へのわがままでもアーリア王太子妃へのからかいでもない、純粋な笑顔を見るのは久しぶりだ。



この方は近しい者にとってはやんちゃで自由で親しい印象を持つが、一国の王太子としては時に冷酷で時に平和主義、後の国王にあまりにも適した厳格な人物といわれている。


家族愛が強く、かつて兄弟が謀反の罪をなすりつけられたときは、首謀者の侯爵を捕らえ一家総処刑の代わりに自ら侯爵の片腕を切り落とし、宰相に据えたことがあった。


確かに宰相として最も適した人物ではあったが……『そんなに権力がほしいならやってみろ』なんて言うか?

わざと重役に据えて『今後少しでも粗相したらどうなるかわかってるだろうな?』の間違いじゃないか?



それに王太子妃の選定は更に苦労されることになった。

国中の女性を巨城に招待して行われたが、水面下で渦巻いていた貴族たちの争いが女性たちを巻き込み表面化。

最終的にラジアン殿下ご自身でアーリア様を選び、事態を収束され、貴族たちへ厳正な処罰を下して統治体制の浄化をなさった。


アーリア様をお選びになった理由は公言されていない。誰もが疑問符を浮かべる中、王太子妃のお立場を確立した才能と努力たるや。


魔法で殴り合う喧嘩がコミュニケーションのひとつになっていなければ完璧だった。

うっ、頭が痛い。



そうやって人々の陰謀に巻き込まれながら苦心して生きてきたお方。

……たまには、娯楽があっても良いだろう。

クリードには悪いけどな。



「ありがとうございます。それでは失礼します」







廊下ですれ違う秘書に片手を上げて応える。

傾き始めた日差しを追っていけば、赤い花が咲き誇る中庭が見えた。



『ユーファステア侯爵家の五女はどのような方なのですか?』



あのとき、彼女がそう聞いてきそうな雰囲気を感じ取った俺は、思わず話題をすり替えてしまった。



「メリアーシェ」



久々に口に出した名前だった。

俺の人生で一番呼んだ女性の名でもある。きっとこれからも変わらないのだろう。


それだけ俺の、いや俺たちユーファステア侯爵家の心核にいる人物だ。



彼女はユーファステア侯爵家の末の娘。

難産の末に生まれたのと、四女セロエと5つ離れているからか、誰よりも蝶よ花よと育てられた彼女。

稀代の大妖精使いと言われた祖母、ミリシアが溺愛した孫娘。

俺には見えないが常に妖精に埋もれていたんじゃないかと思う。

溺愛の対象が俺じゃなくてよかった。

本当に。


そんなに愛された彼女の半生は壮絶だった。

俺たち家族が何度涙し、苦しみ、愛おしく想い続けてきたことか。



あの薬師とクリードはいずれ我々家族の触れたくない部分に触れることになるのだろう。

彼女も知らない、大切な宝物。



「まずはサーシャ姉上か」



俺が最も尊敬の念を抱く姉妹である彼女は、昔、絶望に囚われ未来へ歩むことをやめてしまった。

深い深い闇の底で微笑む彼女の願いは何だろうか。

どのように叶えるのだろうか。



クリードの執務室の前に立つ。

しばらく通うことになる扉はまだ重い。

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