第6話 集めて再び形となっていく
「こんにちは。サフィアンおばあさま」
「ごきげんよう、クリード」
殿下はわたしとサフィアン様が座るテラスの前で、一礼した。
白く金色の縁取りがされた服装と片側から流れる赤いマント、胸元にいくつか光る勲章は王族の公的な行事で着る衣装だったと覚えている。
非公式の場には少し畏まりすぎる恰好に見えるから、何かの参列後にそのままこちらに来たのだろうか。
「っ…………こんにちは、メイシィ」
たっぷりの間をとってクリード殿下はわたしに挨拶される。
わたしは立ち上がって一礼した。
間が空いたのは、殿下がこちらを見て目をカッと見開いていたからだった。
そんなにわたしのワンピース姿が気に入ったのか、なんて……
あああもう!恥ずかしい!やめよう。
「メイシィさんのお迎えかしら?」
「ええ」
「まあ即答!そんなにわたしの元に置いておきたくなかったのかしら?」
「そ、そういうわけではありませんが……」
気まずそうに頬をかくクリード殿下。
いつもの自信満々で爽やかな様子と違って新鮮だ。
かわいい、と思ってしまった。
くうう、顔がいいから威力が抜群。
「ともかく、メイシィを連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます」
その言葉を待っていたように、クリード殿下は軽い足取りでテラスに入るとわたしに手を伸ばす。
真っ白な手袋でわたしの手を求めた。
「薬師院まで送ろう。おいで、メイシィ」
「はい。サフィアン様、お時間をいただき誠にありがとうございました」
サフィアン様に一礼すれば、『妖精使い』様は優しい表情でひとつ頷いた。
「あなたの周りにいる花の妖精に害はないけれど、どうしてもお仕事に支障が出る様な事があれば、また声をかけて頂戴ね」
「はい、ありがとうございます」
殿下がぎゅっとわたしの手を掴む。
庭に続く数段の階段でさえも一段一段丁寧にエスコートされて、
わたしはサフィアン様と共にしたテラスを後にした。
――――――――――――
「メイシィ、サフィアン様とのお茶会はどうだった?」
緑豊かな庭を歩きながら、クリード殿下は待ち切れないとばかりに聞いてきた。
大人っぽいと思いきや少年のような言動が意外と多くて、ついつい可愛いと思ってしまう。
……はっ、だめだめ、絆されるわけには……!
わたしは緩みそうになった表情を引き締めた。
「とても楽しかったです。わたしのような薬師にも優しく接していただける方なんですね」
「ああ、皇后陛下であった時も穏やかで分け隔てない方だったからね。国民からも先代の国王からも愛されていた。
……私のことは、産まれた時から今も支えてくださっている。あの方がいなかったらどうなっていたことか」
クリード殿下は眉尻を下げて微笑んだ。
「サフィアン様がおっしゃっていました。『泣くたびに物が落ちたり壊れたりするから、ずっと傍にいて妖精たちをなだめていたのよ、本当に大変だったわ』と」
「おばあ様……、まったく、恥ずかしい話を……」
「ふふ、そうですか?」
君はそうは思わないのかい?
その声に彼の顔を見上げれば、傾き始めた日差しを後ろに浴びて影になっている。
なのにどうしてだろう、穏やかな表情をしていると気づいてしまった。
心にほわりと暖かい熱が広がっていく。
だからなんだ、
「わたしは小さい頃から体が弱く、家族に心配ばかりかけていました」
わたしの口が花びらのように軽くなってしまうのは。
「わたしにも母に言われたことがあります。
『熱が上がるたびに怖くて泣いてしまうから、ずっと傍にいて落ち着かせないといけなかったのが一番大変だったのよ』と」
「へえ、君もそうだったのか。ふふ、なんだか嬉しいな」
「ふふふ」
はらり。
2人で笑っていると、青い花びらが落ちてきた。
ああああ!
わたしの感情のせいだ。
クリード殿下も気づいたらしい。
2人で同じ花びらを見つめたあと、もう一度笑いあってしまった。
「クレアから聞いているよ。わたしの周りにいた花の妖精が君の『喜び』に反応するようになったと。不便はしていないかい?」
「薬を作っているときは少々気をつけなければなりませんが、サフィアン様は『身体に大きな影響はないだろう』とおっしゃっておりました。
魔法を使って工夫すれば、問題ないと思います」
「そうか。もし不便なことがあればすぐにわたしに言ってほしい。私からおばあ様に事情を話して面会を調整しよう」
「い、いいえ、お忙しい殿下のお手を煩わせるわけには」
「お願いだ、メイシィ」
ゆっくり歩いていた足が止まる。
正しくは、握られていた手が引っ張られて止まった。
振り向けば、先に歩みを止めた殿下が真剣な顔でこちらを見ている。
「私の周りにいた妖精が原因である以上、わたしにも責任がある」
「殿下、そのようなことはおっしゃらないでください」
「……すまない、違うんだ。こういうのは建前で……」
手を握る力が強まった。
跳ねだした心臓の音が血管を通って殿下に届かないか緊張が走る。
「嬉しいんだ。それにもっと頼ってほしくて。
こんなこと、言うべきじゃないとわかっている。
でも、僕と同じ妖精に愛されて、共に生き、ときどき困ってしまう、そんな存在が……、
ああもう、うまく言葉ができない……なんて愛らしい格好をしてるんだ……かわいい……いつもの寝癖もいいけれど軽く巻いてる髪もふわふわしてかわいい触ってみたい淡い赤色の服装も瞳に合っている最高に似合っているなんだこの小動物はかわいい撫でたい」
はらり。
落ちてきた黄色の花びらは、果たしてわたしかあなたか。
真っ赤なクリード殿下の顔にあまりに映えていて、妖精たちにからかわれているようだった。
後半は早口すぎて何を言っているかわからなかった。
「……つまり、僕と思いを分かち合える存在がいて嬉しいんだ。何よりも、君がその存在であることが。
はあ……僕は、こんなにも妖精に愛されていることがよかったと思ったことはないよ」
「ふふ、大げさですよ、殿下。
わたしは殿下と同じくらい妖精に好かれてはおりません、花の妖精だけですよ?」
「そんなことは、ええと、ああもうどう言ったら伝わるんだ……!」
社交界でも公務でも発揮される爽やかな笑顔と誰もが好きになる魅力的な言動。
多くの人々にも愛されているはずの殿下は今、目の前でわたしのような一般国民を褒める言葉が見つからず、手を握ったまま右往左往。
ああもう!
そう言いたいのはこっちだ!
「ともかく殿下、日が暮れる前に戻りましょう。ほら、花びらが頭についてますよ」
「ん?どこに?」
くしゃりと癖のある髪に触るが、青い花びらはそこにはいない。
思わずくすくす笑ったまま、わたしは指をさした。
「逆です、反対側の上の方に」
「とってくれるかい?」
「え?」
クリード殿下は突然わたしの前に腰を落とした。
片手は握ったままだから、届かないのだろう。
髪、ふわふわだろうな……はっ!触れないように、触れないように!
恐る恐る手を伸ばして花びらを取ると―――――手を掴まれた。
「なっ」
いつの間にか空いていた殿下の手がわたしを捕らえていた。
狙い通りとでも言いたげににこりと笑った殿下は――――なんと自分の頬にそれを当てた。
「でで、殿下!?おやめください!?」
しかもそのままスリ、と触ってくる!
うわあああ殿下のほっぺたもちもち……すべすべ……どうやってお手入れしたらこうなるんだ。
じゃなくて!
「うーん、もうちょっと」
「いいいいや、いやいや、だめです!」
「だめ?」
至近距離で小首をかしげないでー!!
どきりとしちゃうでしょうが!!
叫びたいが叫べない。
恥ずかしさが喜びを塗り替えていったのは、花びらの様子を見れば一目瞭然だった。
「ふふふ、ふふふふ……」
「殿下!からかわないでください……!」
「ごめんごめん、可愛いくてつい」
「ぐっ」
病めば落ち着けるのに奔走し、
病まなければ甘すぎる空気に胃もたれしそう。
とんでもない人に好かれてしまった。
改めて事の重大さに気づく。
その絶望の皮の下にあるものには、気づかないようにした。
――――――――――――
「ええ、そうね」
『—―――』
「わたしもそう思うわ。ふふ、本当にあなたによく似た、可愛らしい子に育って……」
『—―――!』
「あらあらそんなこと言って、もっと気弱だったけれどあなたもあんな感じだったわよ。リズだって同じことを言うわ」
『—―――』
「ええ、きっとあの子は、クリードを救ってくれるわ。
だってあの子は、」
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