第5話 すり替え成功の同僚薬師
「思い出すだけで……っ、化粧の話は……っぐうううう」
「殿下……最っ高……!!」
すべて話し終えた頃、マリウスはもう耐えられないとばかりに腹を抱えて騒いでいた。
確かにツッコミどころは満載だけど、一応わたしはどれも必死だったから笑い話にはできそうもない。
何せ背後には常に、国のそして世界の危機がいる。
反して、ミカルガさんの口元は笑っている。
さすが元薬師院 院長だ、長年を生き抜いてきた男の余裕だ……よね?
「やっぱり好きだなあ、殿下。メイシィの返しも面白すぎるだろ!よくクレアさんもアンダンさんも笑わずにいられたな!」
「そりゃあ殿下の近くにいる方々だもん。その時は我慢してたけど、あとでちゃんと笑ってたよ」
「あはは、そりゃそーだよなー!」
「失礼するよ」
そうやって話していると、噂の張本人が部屋を訪ねてきた。
わたしとマルクスは同時に立ち上がって出迎えると、クリード殿下は少し元気がなさそうに微笑んできた。
「お昼休みの最中だったかな?随分と大きな笑い声が外に漏れていたよ」
「あっ申し訳ございません。殿下」
「いや、いいんだマルクス。楽しいことはいいことだ」
でも、と続ける殿下の目は明らかにいつものアレ《病み》だった。
「メイシィと楽しくお話していたとはね……ああ手……楽しいことはいいことだよね……」
「「!」」
「わたしと話すときはこんなに笑い声を出すことなんてないのに……メイシィは君とならそんなに楽しそうにおしゃべりをするんだね……」
一瞬マルクスと目が合った。
あ、やべ、と言っている。
自分が招いた事態でしょなんとかしてよ、という思いを込めて目線を返すと、あ!とマルクスは声を上げて鞄を取り出した。
「丁度よかったです!殿下にお渡ししたいものがありまして……」
「……わたしに?」
ガリガリ、ゴンッ、プシュ
手持ちのバッグの中から謎の音が聞こえてくる。
一体何を出すんだろう、変なものじゃないよね?
何となく身構えていると、あった!とマルクスが勢いよく何かを取り出した。
「どうぞお納めください!殿下!」
「これは……種?」
それは透明な小袋で密閉された、種だった。
茶色くて栗を半分に割ったような大ぶりの形、どんな植物なのか見当もつかない。
けれど、だんだんと目を大きく開くクリード殿下には、何かわかったようだった。
「……これは……まさか……」
「はい!『カーバンクルの花』の種です!」
ん、カーバンクル?
赤い宝石の?またはその宝石を身につけた珍しい生物と言われる、あれ?
「随分と珍しいものを見つけたね、マルクス!」
「ええ!丁度花が枯れた跡があったんで探してみたんですよ!
薬草としては使えないんで、ぜひ、殿下がもらってください」
「マルクス……君は……!」
突然がっちりと握手する2人。
男同士の友情が芽生えた、のか?
わたしがぽかんとしていることに気づいたのか、クリード殿下はわたしの隣に座って種を改めて見せてくれた。
近い、太ももが触れそう。
王子、それはいけない。
わたしは殿下が腰を落とす直前に距離を置くことで回避した。
「『カーバンクルの花』はね、雌しべと雄しべの部分が深紅で、花弁が薄緑色の希少な花なんだ。
養殖に成功していなくてね、試したい栽培方法があったんだが……なかなか種が採取できなくて研究が滞っていたんだ」
「そうなんですか。マルクス、すごいね」
「ええ、俺自身もまさか見つけられるとは思いませんでしたよ。絶対に殿下にお渡ししないと!って大事に持って帰ってきました!」
「どうして『カーバンクルの花』の種に気づけたんだい?君の言った通り、薬師にとってはあまり価値のない植物だから、知られていないはずだが……」
殿下とわたしは目の前で得意げに座るマルクスを見つめる。
彼は両手を組んで鼻の前に置き、ふふふふ……と声を漏らす。
その態度は王子にするもんじゃないけど……まあ、マルクスだからいいか。
「俺、実は殿下が薬師院にいらっしゃるようになったのがきっかけで……植物研究所の研究員さんと仲良くなりまして……」
……それって、まさかこの前無理やり参加させられた合コンの。
っと、これは、今絶対に口に出して言ってはいけないやつだ。
「遠征の時にチャンスがあれば採取できるよう、希少種を勉強していたんですよ!」
「君は何て素晴らしいんだ!」
珍しく大きな声を出す殿下。
完全に王子を捨てて1人の研究者となったその顔は、真剣で、楽しそうで、なにより顔の出来とは関係のない輝きを放っていた。
それからひたすらにマルクスを褒めたたえるクリード殿下と、鼻の先を伸ばすマルクスの会話は続いていく。
だんだん専門的になりわたしも楽しく話に聞き入ってしまっていた。
「……ん?」
「どうしたんだい、メイシィ?」
「あ、いえ、」
そういえば殿下、さっきの『病み』はどこへ…。
なんて、今さら掘り返すのも嫌だったので、わたしは話の流れを遮らないように言葉を続ける。
そして思うのだ。
マルクス、やるな。
こうしてまた1日が過ぎていく。
その日常となった特別な日々は、こんな些細なきっかけで更に鮮やかな色変わっていくことになるとは、つゆ知らず。
「……ん?これは」
ひらりと、視界の端に色が踊った。
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