時を止める“棘”
「それでさ、俺が事を済ませたあと、用事があるんで早々に付き合いを済ませようとしたんだよ」
俺の世間話を、彼女は境内の手すりに頬杖をつき、微笑みを浮かべて聞いていた。
「そしたらさ、いきなり女が抱きついてきたんだよ。遊んでるときはつまらなそうだってのに、帰るときになっていきなり背中から抱きついてきやがった」
俺は自分の話す内容のクズさにため息をついた。
「まぁあれだ、俺と付き合うことが目的であって、遊ぶ内容はどうでも良かったんだ。いや、それでいいかっての……」
俺は彼女と目線があった。「彼女」と言っても、見た目は小学校低学年ぐらいだ。
外見はそうだが、「彼女」──串繋(かんなぎ)は俺の幼なじみだ
──俺の地元は、どうやら疫病神が根付いているらしい。
ここに住むことを決めた先祖達は、それに気づかず村を築いたらしい。
ある程度富が積み重なったところで、疫病神はそれを崩そうとしてきた。
疫病神の怨念を祓ったのは、“古の巫女”なる少女らしい。
彼女がこの神社に“棘”として、その身を贄にし俺達の村を守っているらしい。
いるらしいというのは、今俺の目の前にいる串繋が、その巫女そのものだというからだ。
そんなハズはない。そう思っても、実際に串繋は俺が近寄ったあの頃から、俺が村を出て大学生になった今日までに、一切外見年齢を重ねていない。
串繋は、一度も境内から出たことがない。中で何があって、串繋がどうして歳を取らないか、俺は分からない。
俺が串繋にしたことといえば、他愛ない俺の持ってる話題を教えることだけだった。
村の暗い雰囲気が嫌いな俺は、隠れて何度も串繋に会い、今日はこんな果物を食べた、今日はこんな虫を捕まえた、今日はあの通りを歩いたなど、何とか話題を作っては境内の手すり越しに話した。
串繋はいつも、微笑みを浮かべたままだ。
──
「最近話せるモノっつったら今日はこんぐらいだ。前のセルフアイスコーヒーよりかは、つまらない話で悪かったな まぁ、大人なんてこんなモンだよ」
俺は頭をかき、俯いた。目線は串繋から離れなかった。「彼女」は歩笑んだまま、微動だにしない。
中学に上がってからは、会う機会は減った。彼女に話せる話題も、いつしか思春期特有のつまらない話へと変わっていった。
彼女はいつも、それを微笑んで聞いていて、その顔に甘えて俺はついつい自分は話ばかりしてしまう。
「……なぁ串繋」
俺の呼び掛けに、串繋は頬杖から顔を上げた。
「ずっと境内にいて、つまらなくないのか?」
俺は境内に入ったことがない。しかし、串繋が憔悴しきった様子になってるのは今まで何度も見たことがある。
「俺が暮らしてる世界ってのも、そう面白くはないし甘くないけどさ。お前がここでずっと大変な思いするっていうなら、たまには息抜きも必要じゃん」
俺は串繋に手を伸ばす。
「ちょっとばかり外に出ようぜ、串繋」
この時俺は、串繋が初めて怯える表情を一瞬だけしたのを見た。
そして串繋は、両手を俺に伸ばした。
「──アナタの世界が知りたい」
そう言って伸ばした彼女の手を、俺は思わず掴んで引っ張った。
境内から出た瞬間、彼女の身体は今まで止まっていた時が進んだかのようにして成長した。
串繋は俺と同年代になり、そして俺より歳上となり、そして塵となって消えた。
──あれから何時間だろう。俺は膝を折って地面につき、夜空を見上げたまま微動だにしない。
串繋へ話したことが頭を駆け巡る。小学校時代の他愛ない世間話、中学時代の愚痴、高校から彼女を微笑まそうと励んだギターや歌詞作りの趣味、それらが一つ一つ涙の粒と共に思い出され、そして彼女の楽しそうな笑顔が脳から離れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます