顔のない日記

 1918年9月21日

今日から日記をつける。

 祖国より海を渡ってこの地に足を踏む。


 この国は、私の祖国より技術発展が進んでいる。

 町には最新式の車が走り、街灯が街中に設置され夜中でも明るい。

 確かに、周りの国から注目されるぐらいの発展だ。この国で私は新生活を始める。


 ──1918年10月1日

 国の中心にある劇場で、私は舞台の裏方として活動を開始した。

 決して目立たず、裏方として徹する。


 ──1919年11月21日

 「海外に新しい知見を求めて」

 私は、劇団員に渡来理由を聞かれると、決まってそう答えるようにした。

 理由としてこう答えたあと「まぁ上手くいってる」と付け加えて会話を終わらせる。

 給料はいいし、待遇もいい。仕事も目立たず、私にはうってつけだ。

 

──1920年12月25日

 私が勤め続けるこの舞台は、、政治家や貴族も足を運んでくる。

 舞台の裏方である私は彼らとは直接離さないが、パーティーが催されると、私たちもスーツを着て食事会などに参加できた。


その日私はベランダにて、一人で酒を飲んでいた。

 「お一人?」

舞台の女優が、私に話しかけてきた。

特筆すべき会話は特にしなかった。何気ない雑談を交わしただけだ。


「あなたって、自分から目立たないようにしてるよね」

この会話だけが、私にとって書き記さなければならないことであった。

「役者してるから分かるわ、『あまり波風立てない渡来人』を演じてるって」

彼女はそう言って笑いながら、悪戯っぽく私の鼻先をつついた。 

私の表情は、一体どんなものだったろうか


 ──1938年8月15日

私は妻子と共に農園畑へ出かけた。

 妻の実家であり、毎年ここで休暇を取っている。

 

 地主である義父達に挨拶を済ませ、私は庭で息子の遊び付き合った。

 都会から離れ、息子の顔は久しぶりに明るい笑顔となっていた。

 危うい情勢下で物資が制限され、貧富の差が目につくようになった。


 「この国は大丈夫なの?」

 空を見上げ、不安がる息子の頭を掌で撫でて、私は息子を安心がらせようとする。

 その直後、空で編隊を組んだ戦闘機が、空を一閃した。

 

  1939年9月18日

国の情勢が悪化した。

諸外国に狙われてるだけでなく、情報統制により外の情報を何も拾えなくなった。


 その日も劇団ごとパーティーに出席した。凱旋記念らしく、様々な上層部が集まっていた。


 今まで約束していた相手が、その日は来なかった。

 この国がどうなるか、私には分からなくなった。


  戦争を止めるにはどうすればいいのか


  1939年9月21日

私はスパイだった。

 この国の情勢を陰から調べ、情報を流す任務を21年果たしてきた。


 この状況下で、私は捨てられたのだと判断した。

 もはや他国の介入は出来ない。国を変えるには、中心を変えるしかなかった。


 祖国に戻れなくなる覚悟をし、拳銃を握る。

 家を出る前に、妻子の顔を見ようとするのを止めた。

 私の情報は、これからの任務によって死亡とされるだろう。

 この記述が、私の人として生きた最後のものとなる。

 

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