楽園戦線
びどろ
プロローグ
少年は倒れ伏していた。
重い体の、何とか頭だけを持ち上げて、五メートルほど離れて立つ男を睨む。暗い中、ぐらぐらと回る視界でよく見えないが、その青い目だけは嫌味なほど光って見えた。
あの男が自分に何かをしたに違いない。そうでなければ、コンビニからの帰り道、夜の公園なんかで地べたに這い蹲る理由がない。
「そんな怖い顔しないでよ。取って食ったりしないから」
……信用できるものか。信用できる人間などこの世には存在しない。少ないながらも確かにいた友人、自分を気にかけてくれていた教師。優しかった母でさえも、あの日から化け物でも見るような目を向けてきたのだ。
「僕は君と友達になりたいだけなんだ」
ただでさえこの男は突然現れて、突然声をかけてきた。そんな赤の他人、警戒して当然である。だから、自分を消そうとして、上手くいかなかった。男は気にも留めず話しかけてきた。この一年、そう願って叶わなかったことはなかった。焦りか不安か、目の奥がずきずきと痛む。
一歩、また一歩と歩いてくる男。あの男の視界から消えたい。見るな。砂を握る指先の感覚がない。それでも恐ろしくて、当てにならない目でも逸らさずにいた。逸らせずにいた。
「やあ、そんなに見つめられると照れちゃうなあ」
ぼやけた輪郭でも、これだけ近ければこのふざけた男の口角が上がっているのが見える。見たくもないが、何をされるか分からない以上仕方ない。自分は、殺されるのだろうか。今ここで殺されるにしても、こんな気の狂った奴には怨みのひとつも投げてやらねば気が済まない。背後から通り魔に刺されたほうが、まだましだ。
「ねえ、」
来るなと念じるが、手応えはない。男が近づく。意識が、遠退く。
「友達になろうよ、美鶴くん」
笑顔で差し出された手を払い除ける力も、これ以上頭を持ち上げ続ける気力すらも、もう残っていなかった。
少年は、意識を手放した。
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