第28話


 記録的な大雨の日に土砂崩れをギリギリのところで回避した中学校の話は、全国的なニュースになった。修学旅行を強行した学校側への非難と、死者が出なかった幸運への感嘆が各所で語られる。

 たった1日で強制終了した修学旅行から戻った生徒たちは、校舎前の駐車場で解散を命じられた。ニュースを見て心配した保護者の迎えの車で、駐車場はごった返していた。

 荒家の3兄妹は到着したら電話するように両親から言われていた。瞬が父に、逸希が母に電話をかける。


「父さん、1時間くらいしたら仕事場から迎えに来てくれるって」


 先に通話を終えた瞬が言う。一拍あって逸希も電話を切る。


「母さんが今すぐ迎えに来るって言ってきかないんだけど」


有加里ゆかりさんが運転するの? 予定日近いのに、危なくない?」


「だからやめてって言ったんだけど、とにかく行くって。相当心配してたみたいで」


「お母さん一回決めると聞かないからねぇ」


 真耶の言葉には皮肉なところがなかった。母に心配されていることが嬉しい様子だ。

 母は本当にすぐ来た。そもそも歩いて登校できる距離である。母の運転する薄い水色の自動車は、混雑する駐車場をうまくすり抜けて、3人の前で停止した。真耶が助手席に、瞬と逸希が荷物と一緒に後部座席に乗った。


「おかえりなさい。よかったぁ、なんともないじゃない。安心した」


 運転席から首を曲げ、母が全員の顔を見る。


「昨日電話でなんともないって言ったじゃん」


 逸希があきれる。


 真耶がくちゅんとかわいらしいくしゃみをした。


「風邪でも引いた?」


 母が少しぎこちない声で真耶に尋ねた。


「へいき」


 真耶もまだ気まずい様子で、そっけなく答えた。


「ニュース見た時は気が気がじゃなかったわ、ほんと」


 ふぅ、と疲労感の滲むため息を吐く。張り出した腹を見て、真耶は心配になった。


「お母さん、身体大丈夫?」


 真耶がこんなふうに母をいたわったのは、妊娠の報告をしてから初めてのことだった。母の表情が束の間の驚きから笑顔に変わる。


「平気平気! お母さんは意外とたくましいんだから!」


 車を走らせながら明るく言う。


 直後。


 道路の脇から飛び出してきたサッカーボール。


 追いかける子どもの影。


「あ」


 咄嗟に動いたのは真耶だった。


 助手席から身を乗り出し、ハンドルを思い切り自分側に引いた。

 ブレーキがアスファルトをこする嫌な音。

 眼前にガードレールと電柱が迫る。


 フロントガラスが割れる派手な音が聞こえたあと、車は止まった。

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