第6話

 すみやかに通夜の準備が整えられた。

 田舎町において子どもは宝も同然だ。真耶の同級生、両親の関係者、多くの人が通夜に集った。その日真耶の担任になったばかりの若い男の教師も参列していた。

 ただ泣くばかりの中学生の傍らで、大人たちは密やかに噂話をした。


「奥さん、気の毒にねえ」


「前の旦那さんも10年くらい前に亡くされたでしょう?」


「荒家先生と再婚して、これからっていう時に」


「聞いた話だけど、お腹に赤ちゃんいるみたい」


「えっ。そんな。本当? 尾ひれがついてるだけじゃあ」


「産婦人科で見た人がいるって」


 通夜は厳かに進行した。

 瞬は始終ぼんやりしていた。なにも考えることができなかった。

 気づくと参列者がまばらになっている。終わったらしい。

 瞬はずっと隣に座っていた逸希に話しかけた。


「俺、タイムリープする」


 逸希は気だるそうに顔をあげた。こんな時になにを言っているんだという顔をしている。


「俺は、本当にタイムリープできるんだ。やり直す。真耶を助けに行く」


「冗談やめろよ」


「本気だよ」


「そうか。とりあえずやめろ。やめとけ」


 気が動転していると思われている。それはそれで確かだが、タイムリープできることもまた確かだ。瞬は食い下がった。


「信じてよ。できるんだ。俺なら助けられる。本当の話なんだ。こんな時に作り話しない」


 参列者の席を見渡すと、結子がいた。まだ泣いている。隣で千世太も悔しそうに唇を噛んでいた。瞬は立ち上がった。


「そうだ。千世太は信じてくれたんだ」


 ふらふらと、そこに惹きつけられるように歩いていく。


「おい、瞬!」


 逸希が後ろをついてきた。


「瞬ちゃん」

 結子が震える声で呼ぶ。涙は絶え間なくぼろぼろと両目から零れ落ちていた。


「なぁ、俺がタイムリープできるって話、前にしたよな」


 タイムリープ。その言葉を出した途端、結子の嗚咽が止まった。千世太も眉をひそめた。


「そういえば、そんな話してたな」


 千世太は腫物はれものに触れる時の優しい声音で話を合わせてくれた。


「真耶を、た、助けられるの?」


 結子は非現実的だと思いつつ、瞬の話に逃避しようとしていた。

 逸希が瞬と結子の間に入る。瞬の肩をきつくつかんで、鋭い視線で睨んだ。


「やめろって、本当に。冷静になれ、瞬」


「お前は真耶を助けたくないのか?」


「助けるってなんだよ。もう死んでるんだぞあいつは」


「だから死なせないようにするんだよ」


「死んだ人間は生き返らない。人生は一度きりだ。誰も抗えない」


 瞬は怒りを覚えた。話が通じない逸希に対してもそうだが、それ以上に真耶が死んだ不条理さに腹が立った。だがそれをぶつけられる相手は目の前の逸希しかいない。


「お前が俺の話を信じたくないのはわかったよ。もしもの話で考えてくれたらいい。もし、真耶が死ななくてすむ方法があるなら、なんとかしたいって思わないか」


「落ち着け」


 逸希は徹底して瞬の話を真剣に聞かなかった。相手にされていないことに増々苛立ちがつのる。


「確かに俺はどうかしてるかもな。でも、逆に、お前はなんでそんな冷静なんだよ。真耶は、お前の双子の妹だろ。生まれた時から一緒にいる妹!」


 瞬と出会った時、真耶は西田にしだ真耶という名で、逸希は西田逸希という名だった。町内でも評判の、仲の良い双子だった。瞬の父と西田家の母が再婚して、瞬と真耶と逸希は兄妹になった。

 瞬はずっと、ただの友だちでいる間からずっと、逸希が羨ましかった。明るく自由でなんでも言い合える妹は、瞬にとってかけがえのないものに思えた。義理の兄妹になってからは、もっと羨ましくなった。瞬は真耶を意識せずにいられなかった。自分のその気持ちを不潔なものだと感じた。血が繋がってさえいれば、こんな思いはしなくてすむだろうにと思った。

 瞬は逸希をさらに責めた。


「真耶はまだ、まだ14にもなってなかった。お前は俺と違って血も、ちゃんと、繋がってるのに。血が繋がった妹が死んで、なんでそんなに落ち着いていられる」


 逸希はため息をついた。瞬の肩から手をはなす。


「俺はお前ほどシスコンじゃない。人は、死ぬときは死ぬよ。死んだらそこで終わり。それを覆すのは、できたとしても駄目だ」


「なんでだよ。できるなら試すだろ。実際に俺は1度真耶を助けたんだ。助けられる可能性はあるんだ」


「お前は人の命をなんだと思ってる」


 逸希の声が低く怒気を帯びた。離れた位置にいた両親までもがギョッとこちらを見る。


「真耶を助けられても、お前は、俺の父さんまでは助けられないんだろ。どうせ」


 答えられなかった。

 逸希と真耶の実父は、瞬が2人に知り合う前に事故で亡くなっていた。もう10年近く前の話になる。その頃まで遡ってやり直すことは、きっとできない。第六感がそれを自覚していた。タイムリープの力は真耶を救うためにしか使えない。逸希が言うように、双子の実父までは助けてあげられない。特定の誰かだけを助けたいと思うのは、やはりただのエゴなのか。わがままなのか。禁忌なのか。

 瞬はようやく悩み始めた。逸希が瞬の話を聞き入れない理由もわかる気がした。

 逸希は自分を落ち着かせるように深く呼吸した。


「いいよ、それは。助けろって言ってるんじゃない。助けなくていいんだ。人が死ぬってそういうことだろ。ああしとけばよかったとか、助けられたかもしれないとか、思うだけにしとけ。口に出すな。なにもするな」


「やめてよ!」


 争う2人の兄を見て、今まで黙っていた結子が悲痛な声を出した。

 瞬も逸希も、なにも言えなくなった。意見は決裂した。もういくら話しても無駄だ。


「もういい」


 瞬は逸希に背を向けた。たくさんの白い花に囲われた真耶の遺影を眺める。


「誰がなんと言おうと、俺はやり直す。絶対、真耶を救う」


 瞬はゆっくりと目を閉じた。

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